二次創作【鬼燈街事件帖】『鬼ノ骸』⑮

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【用語集】
退魔師――人に害を成す妖(あやかし)を鎮圧する人達
退魔寮――各地の退魔師達を統制する管理局
式鬼――各退魔師が使役する獣

【登場人物】
楠 いろは(くすのき いろは)
葛木 政善(かつらぎ まさよし)
いろはの式鬼 雪丸(ゆきまる)
律鳴(りつなり)
律鳴の式鬼 醤油(しょうゆ)
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第十五話『許す』
文字数約4400
<いろは視点>


「あの人を止める」

 青い顔をしながらも、政くんはハッキリとそう言った。『嬉しい』……わたしには無性に、腹の奥から『嬉しさ』がこみ上げてきた。

 そう……! そうだよね!

 わたし達は退魔師。
 滅するのではない。
 縁を正しく結び直すのが使命。

 そうだ、考えろ……。

 鬼の子は、人の魂は食べていないと言った。

 そして上空には、呪いで取り込まれた無数の魂がある。

 ということは。

「政くん」
「あぁ……」

 上を向くわたしの目を追って、政くんも空を仰いだ。そして、どうやら政くんも気づいたらしい。
 律鳴さんに繋がったえにしが。彼女から伸びる細くて赤い糸・・・・・・が、星々のように輝く魂のどれかと繋がっていることを。
 それを見つけ出すには……今は漂う周りの魂が邪魔だ。

「最後の霊薬だ」

 苦しそうに体を動かした政くんが、道具袋から黄色の試験管を取り出す。

「俺が道を作る……いろはちゃん、どうにか手繰り寄せてくれ」
「任せて」

 キュポッと試験管のコルクを抜くと、金色の霊薬は気体に変わり、一筋の輝きとなって空へ伸びる。
 それから目を閉じ、意識を集中すると。わたしの意識も金色の輝きに沿って上へと昇った。

 あれだ。もう少し。

 両手を伸ばして、無数の魂をかき分ける。そして……律鳴さんと繋がる赤い糸の行く先で。ひとつの眩い光がそこにあった。

 この人だ……!

「捕まえたっ」

 ハッと我に返ったわたしが言うと、政くんが叫ぶ。

「律鳴さん!――」

 彼女は答えない。

「律鳴さん! 待って!」

 彼女は、答えない。

「律鳴さん!!……くそ!」

 駄目だ。圧が足りない。
 わたしは政くんの手をぎゅっと握りしめて、声を張った。

「お願い! 心を、開いて!」

 ピクリ、とした律鳴さんは……少し困った顔をして後ろを振り向いた。ようやく届いてくれた……!

 輝く光を彼女に差し出しながら、わたしが言う。

「この人は、あなたの……」
「嘘……」

 律鳴さんは、鋭利な刀をその場に落とした。
 わたし達の目の前で輝きは大きくなり、人型に形成されてゆく。そしてそれは、ひとりの男性へと姿を変えた。

「あなた……ここにいたの」
「綾子(あやこ)」

 怯えた様子で律鳴さんが問う。
 男性は……たぶん、律鳴さんの名前だろう……彼女の名を呼んだ。
 この方は、きっと。彼女の旦那さんだ。

「これ以上業を背負わなくていい」

 男性が言と、律鳴さんは必死に叫ぶ。

「でも、これで全てが終わるのよ! あなたの死も無駄にならない!」
「俺は天命を全うした。悔いはない。そして君はまだ生きている。輝かしい未来がある。それを不意にするな」
「うっ……で、でも。呪い殺された人達だって、これじゃ、浮かばれない……!」
「ひとりで何でも背負い過ぎるな。綾子」

 半透明の旦那さんは、律鳴さんを抱きしめながら言う。

「もういいんだ」
「だって……だって……」

 抱きすくめられた律鳴さんは……大粒の涙を湛えて、それらがぽろぽろと溢れ出していた。

「よく頑張ったな」
「うん」
「偉いぞ」
「うん」
「もう大丈夫だ」
「うん」
「俺も傍にいるから」
「うん……」

 お、大人しくなってくれた……あの律鳴さんが……よかった……。

「ねぇ、あなた」
「ん?」
「本当に、また一緒に、いてくれる?」
「あぁ――」

 と、そこでこちらに顔を向けた旦那さん。

「俺を見つけてくれた、若い退魔師達に。感謝すればな」

「…………」

 ドキリ。まるでしおらしくなった律鳴さんがこちらを向いた。

「あ、ありがとう……繋いでくれて」

 恥ずかしそうに律鳴さんが言う。ホッ、よかった……。
 安心したからかだろうか。政くんの体が、すんっ、と力を弱めた。

「だ、大丈夫?」わたしが問う。
「多少は」と、政くん。多少はって何よ。大丈夫そうには見えないけど!?

 律鳴さんの旦那さんが言う。

「この鬼の少女を、手にかけなくて正解だった。感謝する、退魔師」
「この子は、いったいなんなんです?」

 政くんが問うと、彼は答えてくれた。

「気脈の関係上、この場が古来から鬼達の墓場となり、魂が集約した、というのが俺の推理だ。そしてそれは一つの個体となり……この幻鬼骸が一個体だとすれば。外郭は陰、この子は陽となる。俺はずっと見てきたが、この子の欲求に作用して、外郭は呪いを振りまき続けるようだ」
「どうしたらいいの?」

 律鳴さんが問う。

「だからさ。お前が手にかけなくて本当に良かった。陰陽は表裏一体。幻鬼骸はいわば天然の時限爆弾だ。どちらかが欠ければ、もう片方は盛大に吹っ飛んでいた事だろう。呪いの力をたっぷり含んだ邪気を、県を跨いで振りまいて……もちろん、長い年月を経て、十分に成長したその子が。もっと魂を喰らいたいと願い初め、自発的に殻を破り、外へ出たりでもしたら……」
「じゃあ、今の時点では。この子を生かすことが正解だったの?」
「察しが早いな」
「そんな! どうしてそれを早く言ってくれなかったの!? そしたら私は!」
「あの時言ってもどうせ聞かないだろう? お前は」
「うぅっ……」

 だから大人しくさせる必要があったのか。さすが旦那さんだ。律鳴さんの手綱をしっかりと握っている。

「でも……でも。呪いで殺された人達の恨みは、消えない。私だって……」

 そういう律鳴さん。旦那さんは少し間をおいて、言葉を綴った。

「人の恨みつらみは消えない。消えないだろう、今は。綾子。でもな。時間が経てば、遺恨は消える。時間と、ちょっとした好ましいきっかけ・・・・・・・・・・・・・・があれば……そういうモノだ。退魔師だったお前になら、分かるだろう?……お前だけじゃない。誰にだって、許すことが。出来るはずだ」
「許す……」

 旦那さんは、律鳴さんの湛えた涙を指で払う仕草をする。のだが、彼は霊体であるため、彼女の涙をぬぐえない。

遺恨いこん穿うがたれた魂は、永遠に苦しみ苛まれる。だから神主がいる。だからありがたいお経がある。だから。退魔師がいる。あの二人のような……綾子。俺はお前を救いたい。だからその遺恨いこんを、どうか手放してはくれないか」

 涙ですっかりお化粧が汚れてしまった律鳴さん。下を向き、子供のようにグズッていた彼女はしばらく黙っていたが、短くうんうんと何度も頷いた。

 あぁ、良かった……良かった!

 律鳴さんは立ち上がり、鬼の子へと近寄って行く。先程のような殺気には満ちておらず、落ち着き払った様子だ。

「あなたが私のお母さん?」

 鬼の子が問う。

「な、なんだって? ハハ、違うよ。でも、似たような者にはなれるかも」

 しゃがんだ律鳴さんは苦笑しながら続ける。

「お嬢ちゃん、お名前は?」
「ない。付けて!」
「そうかい。それじゃ、結子(ゆいこ)だ。結子にしよう」

 すんなりと名付けをした律鳴さん。もしかしてそれって、流産した赤ちゃんに、付けるはずだった名前……?

「ゆいこ!」
「そうだ。偉いね。ただ……あんまし時間がない。この暗いところから、出ようか」
「外へ行くの?」
「そうだよ。明るいところへ。さぁ、おいで」

 手を差し出すと鬼の子は、手ではなく、その腕にギュッとしがみ付いた。そうして振り返った律鳴さんは、こちらを見て恥ずかしそうに言う。

「そのぉ。悪いことをしたな、退魔師」
「いいですよ。これが仕事ですから」

 ちょっと政くんなんてこと言うの!?
 でも律鳴さんは笑ってくれた。これくらいビジネスライクなやり取りのほうが、この人には性に合うのだろう。

「出るための門を開く。ただこの門は、誰かのえにしを辿らなければ、外に出られない」

 指を伸ばして文字をしたため、空間を裂く律鳴さん。

「強く想って、念じろ。行くぞ」

 そうして亀裂の中に入ってゆく。相変わらず説明半分だなぁ……。

「行こう、政くん」
「うっぐ!……あ、あぁ。そうしよう」

 もう立ち上がる力のない政くんに肩を貸し、わたしは中に入った。早く……早く病院に連れて行かなければ。

 門の中に飛び込んだわたしは、立っているのか浮いているのか分からなかった。
 黒、白、紫のマーブリングされた世界の中で、繋がる縁をわたしは辿る。
 思い描く相手は簡単に想像がついた。
 この厳しい状況の中で、一生懸命頑張ってくれた功労者。

「いろはー! こっちだよー!」

 その声が伝わってくる。

「雪丸ーー!」

 グワッと視界が収縮し、現実世界へと戻ってきた。雪丸……お前が居なかったら、今頃どうなっていた事か。君は本当に最高の式鬼だ!

 無事に外へ出たわたし達。潰れた車の傍で、ダム湖を見つめた。

「見ろ! 幻鬼骸が……」

 巨大な肉塊の天辺に、バックリと深い裂け目が出来ていた。そこからフワフワと昇ってゆくのは、輝く無数の光達。

「爆発してない」わたしが言う。
「飼い主は生きてるんだ。でも、欲求は消えた。だから口を開けたまま、眠っているんだろう」

 神秘的な現象を見上げながら、律鳴さん。

「あの人の言う通り、もしこの子が。貪欲な魂喰らいとして外に出ようとしていたら……いや、もうそんな考察はよすか。結論は出たんだ。『幻鬼骸は眠った』。それでいい」

 そして、目を細めながら鬼の子の髪を梳く。
 もしかしたら、わたし達も軽率だったかもしれない。もし鬼の子の力で外へ出ようとしていたら……律鳴さんの旦那さんが居てくれて本当に良かった。

 もう見えなくなったけれど。わたしは旦那さんの気配を感じていた。
 その出どころは……きっと、律鳴さんがいつも使っている、独鈷杵とっこしょからだ。きっとそこに魂が宿ったのだろう。一緒にいるって、そういう事だったんだね。

 わたしが眺めていると、気づいた律鳴さんも自分の独鈷杵とっこしょを手に取る。

「あらためて……アンタらは、本当に優秀な退魔師だ」

 そしてぎこちなく私達へ向いた。

「恐れ入ったよ。滅するのではなく、正しく結ぶか……私の縁も正してくれて、その。本当にありがとう」

 よかったね律鳴さん。こちらとしても、退魔師冥利に尽きるというものだ。わたしは彼女に笑みを返した。

「……昇らせて、上げないと」

 そんな時だった。
 もはや上の空の政くんが、目で光を追いながら言う。
 すると政くんの腕から力が抜ける。
 わたしはその体重を支えられず、ズルズルと地面に倒してしまった。
 これはまずい。多分失血だ。

「うわっ! やばいな、傷口は塞げるけど、血までは増やせねぇ。車もオシャカだ! 政くんしっかりしろ! おい醤油! 政くんを病院まで乗っけてけ!」
「いやそれが。雪丸氏と共に銃後を守っていたため、私もすっかり疲れ果ててしまいまして」
「なに~根性ねぇ野郎だなあ! 黒毛和牛にして結子に喰われてぇか!?」
「おっと、それはご容赦!」

 律鳴さんは、私に政くんのスマホロックを解除させて、部隊にやかましい一報を入れる。なんともタフな人だ。もうわたしも疲れて動けない。

 でも。

 意識を失う直前まで見ていた、政くんの景色。それはまるで灯篭流しのような、空に登る魂達の列だった。

 彼の見ていた景色をわたしも眺め、そしてわたしは彼を見る。

 なんという使命感だろう……。

「おいで雪丸」

 わたしは雪丸を傍に寄せて、眠る政くんをぎゅっと抱きしめていた。
 政くん……最後まで、あなたって人は。

 
 
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一話 https://note.com/saikiyosino/n/n93344f041af6
二話 https://note.com/saikiyosino/n/nb1a44379bee2
三話 https://note.com/saikiyosino/n/n6deed4f6d0dc
四話 https://note.com/saikiyosino/n/n5bf48265c048
五話 https://note.com/saikiyosino/n/n6f162570eef1
六①話 https://note.com/saikiyosino/n/nb58c7bfb100b
六②話 https://note.com/saikiyosino/n/nece67c2df5e8
七話 https://note.com/saikiyosino/n/nfc54b9d1b2d7
八話 https://note.com/saikiyosino/n/n7c4ad9e93547
九話 https://note.com/saikiyosino/n/n24cc71db129d
十話 https://note.com/saikiyosino/n/n357641d759b4
十一話 https://note.com/saikiyosino/n/nc3a48a125c9f
十二話 https://note.com/saikiyosino/n/nf81badb3865d
十三話 https://note.com/saikiyosino/n/nb45a2520e70f
十四話 https://note.com/saikiyosino/n/n286e80ddb1ec
十五話 いまここ
十六話 https://note.com/saikiyosino/n/n4708543c76a6

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