二次創作【鬼燈街事件帖】『鬼ノ骸』⑭

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【用語集】
退魔師――人に害を成す妖(あやかし)を鎮圧する人達
退魔寮――各地の退魔師達を統制する管理局
式鬼――各退魔師が使役する獣

【登場人物】
楠 いろは(くすのき いろは)
葛木 政善(かつらぎ まさよし)
いろはの式鬼 雪丸(ゆきまる)
律鳴(りつなり)
律鳴の式鬼 醤油(しょうゆ)
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第十四話『鬼の子』
文字数約4200
<いろは視点>


 中は真っ暗闇だった。
 私は死んだの?
 それにしては痛みがある。胸の鼓動も。

 足元は真っ赤な液体が。それ以外は真っ暗だ。どうしてわかったかというと、肌身離さず持っていたツクヨミが、輝きを持っていたからだ。

 だが光源はこれ以外に、奥の方で赤い光を灯す何かがある。

 近づくと、そこには透明な赤いチューブの中に入る、一糸纏わぬ女の子がいた。小学生くらいだ。

 これは……依り代? いや違う。人じゃない、額には二本の角がある。

 これは鬼の子だ。
 そこで私は悟った。

 鬼の魂を呼び寄せて喰らっていたのはこれだ。これが元凶。
 言うなれば、幻鬼骸とは、鬼の卵のようなものだったのだろう。

 これを殺せば、もしかして。

 しかし……妙だった。外の禍々しさとは一変し、この子からは邪気を感じない。
 むしろ生まれたばかりの赤子のような、純真無垢な感覚がする。

 ツクヨミを鞘に納めた私はチューブに近づいて、指先で触れると……ぴしっと表面にひびが入った。
 そしてガッシャーと割れたチューブと、流れ出た鬼の少女。

 まずいことをしてしまっただろうか……ドキリと胸が鳴る。

 自身の身長よりも伸びた髪の毛の間から、大きな瞳がをぱちりと開くのが見えた。そして少女は、上半身を上げて私に問う。

「もしかしてお母さん?」

 え? この子は何を。

「お母さんなの?」
「わたしは違うよ。わたしは……」

 貴方を殺しに来た退魔師だ。
 今なら確実にやれる。

 相手はきょとんとしながら、わたしを見つめるばかりだ。
 今なら。この街に長らく続いた因果を断ち切ることができる……。

 左手に握る刀の鞘に力が入った。
 でも。
 柄を握ろうとする右手を、わたしは止めた。

 もし政くんなら、どう思うだろう?

「助けてあげたかった」と言うに違いない。絶対そうだ。

 だから。
 私は右手を柄から遠ざけた。

 もう間違えないぞ。いつも軽率なのは私だ……政くん、そうだよね?

「わたしは貴方のお友達」
「お友達? お友達になってくれるの?」
「そのために来たの。貴方はいつからここに居たの?」
「わかんない。ずっと前から」

 退魔刀であるツクヨミが、鬼の子には全く反応を示さない。それはつまり、悪意を持たぬ証拠。
 わたしが霊視しても、鬼の子には強い力を感じない。
 鬼本来の独特な霊波は確かに感じる。だが、それに由来する強力な力など、ちっとも感じないのだ……角があるだけで、わたしにはこの子は普通の人と変わらないように思える。子供だからだろうか?

「貴方は、鬼の魂を集めてるの?」
「私じゃなくて、周りの殻が集めてくるの。濃くて美味しい」

 周りの殻。やっぱり卵みたいな物だったのか。

「それ以外に、人間の魂も。集めているようだけど」
「ひとりだと寂しかったから。でも集めてもらった子達は、誰も遊んでくれないの。ずっと泣いててつまんない」

 なるほど。事件の被害者と合致する。

 するとこの子は……この子の望むものを、この殻とやらが集めていることになる。これを作ったのは誰? 仮定するなら、きっと太古の鬼だろう。それか別の側面で考えるならば。本当にここは墓場で、集約した魂が、新しい命を作ったのか……。

「名前はある?」
「ない」
「わたしは、いろはっていうの」
「いろは」
「そう」
「お友達のいろはだ。えへへ」

 う、うむむ……。
 どうしよう、困ったな。
 鬼の子なんて扱ったことがない。
 それでいて、この子には悪意がない。
 まるで公園で遊ぶ子供のようだ。昆虫を捕まえては虫かごに入れる。この子の場合、それが人であり、老齢の鬼なのだろう。
 どうしようかな……。

 そんな時である。
 ぱしゃぱしゃと水の上を走る音がした。

「あの人は?」と、鬼の子。
「えっ」

 振り向けば、そこには政くんがいた。

「政くん!?」
「いろはちゃん! 大丈夫かい」

 いや、大丈夫かいって。政くんのほうが服もボロボロで、血みどろじゃないか!

「政くんこそ、大丈夫なの!?」

 ふら付く彼の腕を取り、私は肩に回してあげた。

「なんてことないって、言いたいところだけど。結構きつい……でも、その子は?」

 鬼の子は私達を見上げるばかりだ。

「たぶん、幻鬼骸は卵みたいなもの。この子は、卵の中身」
「なんだって、それじゃ……」

 きょとんとしている鬼の子。

「この子には悪気がないの。だから、助けてあげたい」
「でも……幻鬼骸から産まれた鬼の子を外に出すなんて」
「そう。この子はまだ赤ん坊。いい事も、悪いことも分からない。だから」

 顎に指を置く政くん。よかった。こんな時でもこのポーズは健在だ。

「外ってなに?」

 政くんが歩を進めたので、私も一緒に前へ出る。そして彼は、鬼の子の前でしゃがみ、目線を同じ高さにした。

「ここよりも明るくて、綺麗なところだよ」
「行ってみたい」
「いいよ。でも、約束して欲しい。人も鬼も。勝手に食べちゃ駄目だ」
「人は食べないよ。味が薄いから」
「絶対に?」
「うん。だってほら。上にいっぱいいるよ」

 そう言われて、わたし達は上を向く。
 するとそこには……無数の輝きがあった。数える事すら難しいであろうそれらは、明らかに人の魂だった。

「これは……」

 頭上一面に輝くそれは、まるでプラネタリウムだ。
 眼鏡を乗せ直しながら政くんが言う。

「呪いで引っ張られた人達の魂か。この数は……いったい、いつ頃からのものだろう。ねぇ君。本当にちょっとしか食べてないんだね?」
「薄味嫌い。遊んでくれない子なんていらない」

 子供らしい言い分だ。

「外壁があって、外に出れないんだわ」
「だろうね……上手くやれば、全部昇らせてあげられそうだ……問題はこの子じゃなく、外側の殻が原因って訳か……これを律鳴さんに知らせないと」
「そうだね……ねぇ。外側の殻は、自分で動かせるの?」
「よくわかんない。勝手に動いてるの」
「出たいと思ったら、出れそう?」
「わかんない。したことない」
「試す価値はあるな」

 政くんが言う。確かにその通りだ。どうやって出ていいかすら、わたし自身分からないんだから。

 と、その時である。
 
 突然、何もない空間に亀裂が生じた。それは楕円形に広がると、中から霊刀を手にした律鳴さんが現れた。

「うおおおお大丈夫かァァーー二人とも!」
「律鳴さん!? どうして」と政くん。
「若い二人を見殺しになんてできっかよ! それで……そいつは……」

 額に二本の角を持つ鬼の子を見た、律鳴さんの目つきが。
 だんだんと。
 変わった。

「……そいつが?」

 と、一言。

 嫌な予感がする。
 彼女の表情は鋭くなっていた。

 おもむろに霊刀を抜いた律鳴さんは、ゆっくりとこちらに……いや、鬼の子に向かって歩み寄る。

 そして。ばしゃん、と。鞘を放り投げる。

「待って下さい! 律鳴さん!」

 嫌な予感がしたのは政くんもだった。
 彼はわたしから腕を放し、駆け出して、律鳴さんの前に立ちふさがる。
 すると、彼女はすかさず怒鳴った。

「そいつが大元の元凶だ! そいつを殺せば幻鬼骸は消える! 私の役目も終わるんだ」
「そうかもしれませんが、話を聞いて下さい律鳴さん!」
「うるせぇ黙れ。邪魔すんな……!」

 まずい。非常にまずい状況だ。

 良くも悪くも、律鳴さんは意思を曲げない。
 今までは味方でいてくれたけれど、敵になった途端、こんなにもやりづらい相手になるだなんて……。

 歩を進める律鳴さんは、いよいよ政くんの目の前まで迫った。
 凄まじい剣幕だ。
 でも、政くんは一歩も引かない。

「律鳴さん……お願いです」
「どきやがれ退魔師。退魔寮がやらない・・・・・・・・ってんなら、そうじゃない私が変わる・・・・・・・・・・・
「退魔師は滅するのではなく、救うこと。縁を正すのが生業です。違いますか?」
「違わないね。大正論だ。政くんは間違ってない。間違ってるのは私かもしれねぇ」

 顔を向けず、横切ろうとした律鳴さん。

「くっ――」

 それでも食い下がり、政くんは彼女の腕を掴む。

「だったら! 律鳴さんも、思い留まって下さい!」
「私の夫もコイツから殺されたんだ。悪いけど政くん。それは無理だ」
「うっ、それは……で、でも。手を下す前に。もっとできることがあるでしょう!? 貴方になら分かるはずだ!」
「思いつかないね。何ひとつ」

 恨みだ。積年の……そして執念……政くんの言葉は、今の律鳴さんには届かない。

 しゅるり、と。

 律鳴さんを掴む政くんの腕に、白い蛇が巻き付いた。

「えっ!?」

 それはスルスルと彼の体を這い上がり、治りかけていた喉首の傷口に噛み付く。唸り声を上げた政くんは、身を引かざるを得なかった。

 これって、白蛇の……使い魔!? いや違う、これは……!

「私は霊媒体質でね。依り代なんだよ。昔に巫女さんをやっててさぁ」

 依り代ですって? それに、巫女さん……そうか、この人は憑依気質で、きっと神降ろしをするような方だったんだ。だから白蛇の神様とも、あんなに仲が良かったのか……それならば、彼女のずば抜けた治癒能力や法力にも合点がいく。

 ひれ伏した政くんに見向きもせず、律鳴さんは歩を進める。
 この子を守れるのは……私だけだ……でも……。

 不安を払拭するように駆け出したわたしは、眉を潜めながらも彼女と対峙する。

「ほお。さすがに賢明だな。そいつは人を斬る刀じゃあない」

 わたしが抜刀の構えを取ってないことについて、小首を傾けた律鳴さんが褒める。この人にとって、今の私はどれほど無力に映っているのだろう?

「ぐぅうっ!」

 律鳴さんの背後で、再度悲鳴を上げた政くん。また白蛇に噛まれている!?

「……行ってやれ。でないと死ぬぞ」

 彼女の目線だけがちらりと動く。
 冷たい声色。
 きっとこの人は本気だ。

「う……くっ!」

 わたしは、わたしは……この場を捨てて、政くんに駆け寄った。

「い、いろはちゃん。駄目だッ……」
「あの人は本気だった」

 駆け寄るわたしは政くんの傍でしゃがむ。
 すると、彼に巻き付いていた白蛇がするりとほどけ、律鳴さんの元へと戻ってゆく。二本の鋭い牙の後が、政くんの首にクッキリと浮かんでいた。血が溢れている。

 あのまま道を譲らなければ、政くんは白蛇から殺されていたに違いない。

 それほどの執念。
 そして、間違いなく律鳴さんはやる気だ。
 これでいいのだろうか?
 元凶である鬼の子を殺し、万事解決するのだろうか?
 いや、よくない。
 何故なら、だって……政くん……。

「政くん」困り果てたわたし。「どうしたらいい……?」

 
 
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一話 https://note.com/saikiyosino/n/n93344f041af6
二話 https://note.com/saikiyosino/n/nb1a44379bee2
三話 https://note.com/saikiyosino/n/n6deed4f6d0dc
四話 https://note.com/saikiyosino/n/n5bf48265c048
五話 https://note.com/saikiyosino/n/n6f162570eef1
六①話 https://note.com/saikiyosino/n/nb58c7bfb100b
六②話 https://note.com/saikiyosino/n/nece67c2df5e8
七話 https://note.com/saikiyosino/n/nfc54b9d1b2d7
八話 https://note.com/saikiyosino/n/n7c4ad9e93547
九話 https://note.com/saikiyosino/n/n24cc71db129d
十話 https://note.com/saikiyosino/n/n357641d759b4
十一話 https://note.com/saikiyosino/n/nc3a48a125c9f
十二話 https://note.com/saikiyosino/n/nf81badb3865d
十三話 https://note.com/saikiyosino/n/nb45a2520e70f
十四話 いまここ
十五話 https://note.com/saikiyosino/n/n49bc3e3892a0
十六話 https://note.com/saikiyosino/n/n4708543c76a6

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