救出作戦03

異世界ディベロッパーズ!
3:55 06/05/19
文字数約2700
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03

《おいユーレイ、なんで逃げちゃったんだよ――》

 高い樹木に登り、ヘルメットの望遠で現場を観察するユーレイにワンちゃんの声が響く。

《全員殺しちゃえばよかったのに!》

「待て待てワンちゃん。そうは言うけどな。こういうのは正面から行っちゃ駄目なんだって」

《おい! 犬みたいに命令するなよ。僕は犬じゃない、狼だ!》

 別に『待て』と言ったのはそういう意味ではないのだが……ユーレイは話を続ける。

「いいかワンちゃん。こういう時はステルスミッションだ。ヌネークばりの」

《すてるす? なにそれ》

「うわマジか。あーん、えぇと……要するに、静かに殺す。見つからない様に。ひとりずつだ」

《あぁそういう事。もっと分かりやすく言ってよ! お前はすぐ難しい言葉を使いたがる》

「そりゃすまんね。とにかくだワンちゃん。アンタの憑依のおかげで、俺達はいい感じに敵の注意を引いて、しかも無音でその場を離れられた」

 数分前の事をユーレイは思い出す。

 敵の接近を事前に探知した彼は、応戦することなくその場を去った。

 その際、妙な軽さを感じる彼の体は、本当の意味で『無音』で駆け抜けることができたのだ。それはまるで、彼の周囲の音を自分のブレイズが吸い込んでしまっているような感覚である。

 結果として、ユーレイが先程述べたような状況となった。

《そんなの簡単だよ。僕にならね》

「あぁそうだろうな。まったくスゲェ奴だよアンタは」

《そうだろう? へへへ~~》

 笑い声を聞いたユーレイは、心なしか『嬉しい』という感情を心の隅で感じた。

 それは不思議な感覚だった。

 まるで腹の奥にある内蔵が微振動するような、なんともむず痒い感覚で……でも、もしかしたらこれがワンちゃんの言う『流れてくる』という奴なのかもしれない。

(すげぇ話だなこりゃあ……)

 そんな感情を察したユーレイの表情は、勝手にやんわりと口角が上がっていた。

(それで。それはそれとして、だ……どうする)

 あらためて、高木の木の葉に身を潜めながらユーレイは、ロケーションを一視する。

 人々が囚われている場所は集落やキャンプなどではなく、完全な『前哨基地』だった。

 周囲は高い石壁で覆われており、等間隔に並んだ松明の灯る高見台には、皮の鎧を着用した筋骨隆々、一本角の巨漢『ウォーガ』が目を光らせている。
 石壁の内側には幾つか倉庫のような建物があるのだが、それらは木造だった。背の高い建物は確認でない。
 中央には、赤黒く光る巨大でいびつな縦長のクリスタルが設置されている。周囲に光を放散するそれは、やけに目立つモニュメントだ。

「オイオイなんだよあれやっべぇな……明らかに壊してくれって言ってるようなもんじゃん……」

 良く観察すると、クリスタルからは触手のようにウネウネと動く光の帯が確認できる。

「あれが楔か……」

 それを見ていると……ユーレイは感じる。そして思うのだ。

(ムカつく色だ……反吐が出る。なんでだ? 初めて見るのに、あの赤い光。万華鏡みたいに綺麗な赤色って、普通なら思うはずなのに。あれを見てると、イライラして仕方がねぇ……マジで俺の体が反応てやがるって事なのか?)

《それで、どうすんだよユーレイ。ひとりずつって言っても、奴等いっぱいいるぞ》

「そうだよなぁ~この数相手にどうやんだよって普通思うよなぁ~。マジどうしよ」

《あとさお前。あの真ん中の石ころをぶっ壊したいって、そう思ってるだろ》

「うっそ、やっぱ分かっちゃう?」

《そりゃ分かるよ。一緒になってるんだもの。でもあれさ。今はやめといた方がいいぞ? やるなら、もっと大人しくさせてからじゃないと》

「大人しく? さっきの黒槍でズバズバやっちまって駄目なの?」

《駄目だよ! 中の邪気が爆発して大変なことになる!》

「マジかよ一手間必要なのか、めんどくせぇな。どうすればいい?」

《調律だよユーレイ。お前はオニカヅチなんだ。お前がアイツを大人しくさせるんだよ。やり方は知らないけど、とにかく壊すのはその後だ》

「なにぃ調律だぁ?」

 調律。それはユーレイに聞き覚えがあった。

「たしか、ネネッケ先生が言っていたな……オニカヅチは元々、なんちゃら調律師とかって」

《霊脈調律師だろ? お前ホントなんにも知らないんだな。オニカヅチなのに》

「うるせぇな。クソ、ロケランでもありゃー、あの忌々しいモニュメントをこっから吹っ飛ばせんのに」

《だからそれは駄目だって! 掴まってる人達も撒き込んじゃう! カナリアだっているんだぞ!?》

 カナリアという名前を聞いた途端、無性にソワソワする感じを覚えた。
 これはきっとワンちゃんの気持ちだろうとユーレイは思う。それでいてユーレイは……自分の尻尾を意味もなく左右に振っていた。

(うっ、マジか……!? そういう事か、動物が尻尾を振るのって!)

 いつのまにやら、自分が犬……いや、狼の感覚に近づいてしまっている事に気づいた彼は、いや違う、俺は人間だと、自分に言い聞かせる。

「その、カナリアって人は。何処に収容されてるのか分かるか」

《分かるよ。あそこの家。そこの地下だ》

 現場の詳細を知らないユーレイ。それなのに彼の目は『あそこの家』と言われただけで、ここなのだな、と、確固たる確信を持って特定の建物を注視した。
 その建物は大きな二階建てで、周囲の建物とは違い石造りの平らな造りをしている。外壁は頑丈、しかも内部構造は広そうだ。

「めんどくせぇ場所にまぁ……」

《アイツらは、みんなの魂を。毎日一人ずつ、あの石ころに喰わせてるんだ》

「なに?」

《生贄だよ。鬼神って奴への》

「マジかよ、ひでぇことしやがる」

《魂を喰われると、体が鬼神に乗っ取られちゃうんだ。そうなったらもうおしまいさ。体が腐って崩れるまで、ずっとアイツらのいいなりになっちゃうんだ》

「クソだな。確かに死んだ方がマシだ」

《だろ? そういう事なんだよ》

「ますますあの石ころをぶっ壊さなきゃならんな」

《ユーレイ落ち着けって! まずカナリア達を助けないと!》

「そうは言ってもよぉ……うん?」

 そんな時である。

 周囲を観察していたユーレイは最初、それは大きな石像か何かだと思っていた。理由は、熱源、生体いずれの反応もなかったためである。

 しかしそれが動いたもので、注意深く見てみると……。

「ワンちゃんあれ――」

 彼なら自分が見ただけで分かってくれるだろうと思い、ユーレイは目線をそれに向ける。

……それとは、五メートルくらいある人型をした寸胴の横長ロボットだった。

 汚い緑色をした迷彩塗装で、脚と腕はやたらと太いフォルムだ。

《ありゃカースドールだよユーレイ。アイツらが使うマシンゴーレムだ》

「なんですって? カースドール?」

 見た限りだと『カースドール』と呼ばれる赤いアイラインの機体は、主要な出入口や通路に数機ずつ配備してある。一番西側には、起動していない機体が二列等間隔に並べられているようだ。

「ズモゥニが言ってたのはアレか。アイツがいるから割に合わないって……なんでも、普通の人が乗ると発狂するとか」

《そうみたい。だからウォーガにしかあれは乗れないんだ……でも》

 ゾワッと。ユーレイの腕に鳥肌が立ち、尻尾がブワッと逆立つ感覚がした。

「もしかしたら」

《お前には乗れるかも? 一応オーガだし》

 きっと、ワンちゃんも似たような気持ちになったはずだ。

「もし俺が発狂したらどうする」

《そん時は僕が殺してやるよ。痛くしないからさ》

「……ははっ」

 奥歯を噛み締めながら、ユーレイは笑う。

 こちらの戦力は、強力ではあるものの、多勢を相手にいつまで持つか分からないワンちゃんの近接格闘魔法くらいしかない。
 ユーレイに至っては、本来バックアップとして使うはずのハンドガンKTSと、腰裏のスタックブレード二本だけだ。

 対するウォーガの数は、ざっと熱源を探知しただけも凄まじい『つぶつぶ』の数が伺える。軽く六十人以上はいるだろう。

「まず……あれだな。ちょっと……行ってみっか」

 ユーレイは言う。

《いいねぇ、面白そうだ》

 ウキウキなワンちゃんの声が響く。

 そして意を決し、カースドールを強奪するため、その場へ向かう事にした。
 果たしてどうなるかは分からない……これは軽率な行為だろうか?

 そう思いはするものの。

 犬耳と尻尾を揺らしながらユーレイは、後先考えずその場へと向かうのだった。
 もしかしたら、憑依したワンちゃんに感化されていたのかもしれない。

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