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大衆酒場の優しい時間

靴を脱ぎ、賑わう座敷席の踏み固められ少し毛羽立った畳の上を、邪魔にならぬようそろりそろりと歩く。「遅くなりました!」「先始めてるよー!」と声を交わすと同時に燗酒のオーダーが入る。乾杯はビールじゃなくてもいい。気心知れた仲間にはそれが通用する。枝豆の莢でいっぱいになった皿をどかして、私の居場所を作ってくれると同時にもう酒が運ばれてくる。

壁一面に貼られた手書きのお品書きと、黒板には本日のお刺身の数々。何食べたい?と聞かれるが場慣れた年上の友人に任せておけば間違いない。もっとも何を食べても美味しい。そういう先から天ぷらの盛り合わせが運ばれ、これは塩で食べるのが一番だと彼女が言う。キスとタラの芽の天ぷら。春まだ浅い頃の旬をいただく。焼き鳥にサラダと、皿が卓上を埋めていく。明太焼うどんが食べたいと誰かが言う。じゃあ頼もう、とすぐさま店員を呼ぶ。運ばれてきた明太焼うどんは、伸びてしまったかのような柔らかさに、バターがジャンクなまでにこってりと絡んでいる。バターと明太子。合わせたら不味いわけがない。ヘルシー志向の人が見たら眉を顰めるだろうし、私とてそれを口にするには些かの罪悪感がある。まあ普段は食べないし、と自分に対し要らぬ言い訳をしてそれを口に運ぶ。炒めたバターの香りと明太子の塩気が、柔らかくなったうどんのねっとりとした舌ざわりと混然一体になって、背徳すら感じる旨さになる。これを家で同じように作っても、絶対にこうならない自信はある。

ひとしきり飲んで、旬の料理を楽しんで、それほど長居をせずお開きにする。ああ美味しかった、というところで止めるのが彼女は上手い。長々と飲むのが好きではないのは私も一緒で、だから彼女とはとても気持ちよく飲める。何を食べても飲んでも美味しい、居心地の良い大衆酒場と、こざっぱりした仲の飲み友達。そんな優しい時間が少し遠いものに思えて、気持ちよく酔いの回った喧噪も今は懐かしい。またいつか。その「いつか」が少しでも早く戻ってくるように。

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南城さいき
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