親愛なる後輩へ

ある日僕は「倉原百恵」(くらはらもも)という後輩と恋に落ちることになるが、そう長くは続かなかった。
高校生の甘酸っぱい恋愛と悲しい結末が混ぜ合わさった恋愛ストーリー。

ある晴れた日、僕はとある人のお墓参りをしていた。
僕は今21歳。新社会人として働いている。
今日は大切だったあの人の命日。
たまたま会社が休みでお墓参りにくることができた。
僕は墓石に冷たい水をかけながら当時のことを
軽く振り返ってみることにした。

あれは僕が高校3年生の時。
担任の先生に頼まれて職員室から教室へ
少し多めの荷物を運んでいたときのことだった。
「重いなぁ…次の授業に使う書類、大量だなぁ…。」
なんて思いながら少し足をふらつかせていた。
そして曲がり角にさしかかったとき。
ドンッ!
僕は誰かにぶつかってしまったのだ。
「うわぁっ!」
僕はそう叫びながら尻もちをついて倒れた。
運んでいた書類は辺りに散らばってしまった。
「あいたたた、不注意でぶつかってしまった。」
僕は久しぶりにやらかしてしまった気持ちになった。
「あの、、大丈夫ですか?」
聞こえてきたのは、女子の声だった。

「あ、大丈夫です、こちらこそ怪我はないかな?」と
声が聞こえた方に顔をやると、そこには
ショートヘアで爽やかな女子の姿があった。
お互い心配そうな顔で見つめ合っていた。
「あの、すいません、大丈夫ですか?」
ぼーっと見とれていた僕に女子が話しかけてきた。
「あ!ごめんごめん!僕なら大丈夫だよ!」
「ならよかったです。」
「いやいや、僕の方こそ、荷物が多くてね。」
「いえいえ、私だって、ぼーっと歩いてましたから。」
会話からするに、大人しく静かな子だった。
「あぁ、拾いますよ。」
「あ、え、ありがとう…。」
その子は散らばった資料を拾うのを手伝ってくれた。
「これで全部ですか?」
「あ、うん!迷惑かけたね、ありがとう。」
「いえいえ。」
辺りに散らばっていた資料は全て片付いた。
お互い怪我はなかった。
「それじゃあ、私はこれで。」
その子が去ろうとした瞬間、僕はふと思った。
僕は今まで恋愛経験がなく、青春もできてなかった。
これはきっと、運命かもしれないと感じた。
「あ、あの!ちょっといいかな?」
僕は去ろうとしたその子を止めた。
「はい?なんでしょうか?」
「君、何組の子なの?」
「私ですか?2-Dの倉原百恵くらはらももです」
「そ、そうなんだ。」
2年生、まさかの自分より年下だった。
「そちらこそ、何組なんですか?」
「あ、僕?僕は、3-Aの田原和喜たはらかずよしだよ。」
「3年…先輩だったんですね…。」
「ま、まぁそういうことになるね。」
ふたりの出会いはここから始まった。

学校には授業開始5分前のチャイムが鳴り響いた。
「あ、じゃあ私はもう行きますね。」
「あ、うん、ありがとう!」
倉原さんはそういうと走っていってしまった。
そして、僕も教室に戻り授業が始まった。
僕は授業中、ずっとこんなことを考えていた。
(倉原さん、資料を拾ってくれたお礼、どうしたらいいのかな…?)
そんなことを考えている間に授業が終わった。
そしてその日は全て授業を終え、放課後になったが
再び倉原さんに遭遇することもなく家に帰った。
「ただいまー。」
「おかえり!お兄ちゃん!」
僕には当時高校1年生だった弟の和真かずまさがいた。
「兄ちゃんなんか考えてるような顔してるね。なんかあったの?」
「え!?いやっ、なんでもないよ。」
「ふーん、そうなんだ」
僕は考えごととか、すぐ顔に出る人だった。
(倉原さんに、なんでお礼をしたら…)
結局寝るまでそのことを考えていた。

翌朝、学校のお昼の休み時間。
僕はいつもより早く昼食を食べ終わっていた。
「喉乾いたな、自動販売機にでも行くかな。」
そして、食堂にある自動販売機に向かった。
「うーん悩むなぁ、いつも飲んでるソーダか。期間限定のフルーツミックスサイダーかぁ。迷うなぁ。」
僕はこの2つのどちらを飲もうか迷っていたのだ。
「私は期間限定がいいかと思いますけど。」
「…え?」
後ろから、聞いたことがある声が聞こえてきた。
急いで後ろを振り返ると、そこには倉原さんがいた。
「く、倉原さん!」
「先輩、昨日ぶりですよね。」
「そ、そうだね。」
僕はさっそくずっと考えていたお礼の話をした。
「そ、そういえばさ、昨日資料をたくさん拾ってくれたじゃない?そのお礼がしたくてさ。」
「え?いや、そんなことくらい大丈夫ですよ。」
「いやいや、そう言わずにさ、お礼させてよ。」
「うーんじゃあ、今先輩ジュース迷ってましたよね。」
「え?あ、そうだね、迷ってたけど。」
「じゃあ一緒に期間限定のフルーツミックスサイダーを飲みませんか?」
「え、一緒に?」
「それがお礼ってことでいいですよ。」
「あ、そういうことね!わかったよ!」
こうして、期間限定フルーツミックスサイダーを
2つ買った。
「あそこのベンチにでも座って飲みましょう。」
「そ、そうだね。」
この時、僕は倉原さんの辛い過去を知らなかった。

「ぷはーっ。美味しいね!」
「美味しいですね先輩。」
「弟にも買ってやろうっと。同じ学校だけど、あいつ鈍感だからこんなのが自販機にあるなんて知らないだろうなぁ。」
「え、先輩、弟さんがいるんですか?」
「うん、この高校の1年に和真って弟がいるよ。」
「そうなん、、ですね…」
倉原さんは、急に下を向いて黙ってしまった。
「倉原さん?どうかしたのかな?」
「いや、なんでも、、」
僕は倉原さんの瞳が少し潤っているのがわかった。
「悩み事…とか?なんでも話してよ。」
僕は倉原さんのことが心配だった。
「実は…その、悩み事とかではなくて、、。」
僕は息を呑み、真剣な顔で倉原さんを見つめた。
「私、実は、弟を亡くしているんです、。」

突然の衝撃的な内容に僕は驚きを隠せなかった。
「あぁ、そ、それは、、、。」
「あぁ、ごめんなさい、、。」
「いいんだよ、謝ることはない、、。」
…。
ふたりの間にしばらく沈黙が流れていた。
そして、倉原さんが口を開き話始めた。
「あの日、私はまだ中学3年生で、弟は小学4年生でした。いつも通り学校が終わって、いつも通りの日常がまた来ると思っていたんです。そしたら母から電話があって、弟が交差点で大型トラックにはねられたって。そ、そして、その日のうちに弟は、、。」
倉原さんは震えた声で、涙をこらえながら話した。
「そ、そうだったんだね、、。ごめんね、、。」
「いえ、大丈夫です、私、決めてますから。」
「き、決めてる?」
「はい、交通事故で亡くなった弟の分まで頑張って生きるって、そう決めているんです。」
「そうなんだ…。素晴らしいことじゃないか。」
「え、?」
「そう言う強いお姉ちゃんがいて、弟も天国で喜んでいると思うよ。」
「そ、それならいいんですけどね。」
倉原さんに少し笑顔が戻った。
するとまた授業開始前のチャイムが鳴った。
「あ、急がないと。先輩、ジュースごちそうさまでした!」
「あ、うん、こちらこそ!」
こうして倉原さんにお礼ができた。
それにしても、あんな辛い過去があるとは、、。
僕も弟がいるから、辛さがよくわかった。

その日の放課後、僕はなんとなく校庭を見つめながら
歩いていた。
するとそこにはストップウォッチを持った女子と
一生懸命に校庭を走っている女子がいた。
「あれって陸上部だよな、ひとりとても部活に熱心な子がいるな。きっと他の部員は帰ったはずなのに。頑張ってる子だなぁ。」
そしてよく見ていると、その一生懸命に走っている
女子に見覚えがあったのだ。
「あれは、く、倉原さんじゃないか!」
そう、校庭を一生懸命に走っていた子は倉原さんだったのだ。
「少し近づいて見に行ってみるか。」
僕は練習を近くで見てみることにした。
近づくとやはり、倉原さんが走っていた。
ストップウォッチを持っている子は陸上部の部長の
須田菜奈子すだななこさんだった。
「はい!ゴール!!」
そういうと菜奈子さんはストップウォッチのボタンを
押した。
「はぁはぁ、先輩記録はどうですか?」
そう倉原さんが言うと菜奈子さんは言った。
「うーん、やっぱりタイムが落ちてるね。」
「そ、そうですか、。」
「うん、それでね今度の大会の話なんだけどさ。」
「は、はい…。」
話は近々行われる冬の陸上大会の話になった。
「250M走の選出なんだけどね、倉原さんとても頑張っているのはもちろん伝わるんだけど、タイム的にちょっと選出は厳しいかなって、だから今回の大会の250M走には、残念だけど…。」
「……。」
倉原さんは涙をこらえながら黙り込んでいた。

しばらく沈黙が続いた。
「じゃあさすがに今日の練習はここまでにしましょう。気をつけて帰ってね。それじゃあ。」
「あ、はい…ありがとうございました。」
涙をこらえながら倉原さんは菜奈子さんにそう言った。
そして、倉原さんの瞳から涙が垂れてきた。
その一粒の涙はやがて増えていった。
倉原さんは本格的に泣き始めてしまった。
まだ僕には気づいていないのか、こんなことを言いながら泣いていたのだ。
「なんで、、なんでなの、、こんなに汗水垂らして練習しているのに、、なん、なんでなの、、。」
選出されなかった悔しい思いと涙が止まらない倉原さん。
その光景を見て、僕はただ立ち尽くすしかなかった。
なんて声をかけようかもわからなかった。
すると、倉原さんが涙をぬぐったとき僕と目が合った。
倉原さんは急いで顔を背けて僕から目をそらした。
声をかけるなら今しかないと思った。
「く、倉原さん、だ、大丈夫かな?」
倉原さんは少し泣きながら答えた。
「大丈夫…です多分、というか先輩、いつからいたんですか?」
「いや実は、今の流れを全て見ていてさ…。」
「そうだったんですか、、まぁその通り、今度の大会の時の250M走に選ばれなくなっちゃいましてね…。」
「そ、そうだったんだよね…。」
僕はかける言葉を必死に探していた。
すると、倉原さんがこんなことを言ってきた。
「先輩…」
「ん?どうしたのかな?」
「なんで、私の努力は報われないんでしょうか?」
急な質問に、僕はものすごく戸惑っていた。

僕はそんな急な質問の答えを必死に探してこう言った。
「僕が考えるには、報われる努力って、小さな努力が大きくなって、ひとつの努力になって報われていくと思うんだよね。」
「ひとつの努力…どういうことですか?」
「つまり、報われなかった小さな努力がどんどんくっついていって、1つの大きな努力になるのさ。」
「なるほど…」
「だから今、報われなかった小さな努力があるじゃない?けれどこの努力は絶対いつか大きな努力となって絶対報われる時が来るさ。倉原さんまだ2年生でしょ?来年だって引退までたくさん大会あるんだから。大丈夫、僕を今は信じて。」
僕は自分の中の言葉を探してそう言った。
すると、倉原さんはまた泣き出しながら
「せ、先輩…。せ、先輩ーーーーー!!!」
「…!?」
倉原さんは泣きながら僕に抱きつき、いつのまにか
僕は倉原さんに唇を奪われていた。
(嘘だろ…?倉原さん、何を考えているんだ!泣きながら抱きついて、口と口を重ねるなんて…!)
口付けは15秒ほど続いた。
そして倉原さんが口を離した。
お互いなんだか照れていてよくわからなかった。
「す、すいません先輩急に…!」
「あぁ、い、いやぁ、大丈夫だよ…!」
「先輩に泣き顔を見られるのが嫌で、つい…」
「あ、そういうことだったのね、なるほど…」
「はい…先輩すいません…。」
「いや、大丈夫だよ。」
しばらく沈黙が流れた。

「それじゃあ僕はこれで失礼するよ。」
これ以上よくわからない感情のままではいられず
僕はとりあえずこの場を去ろうとしていた。
「先輩…!あのっ!」
急に倉原さんが大きな声で言った。
「ん?どうしたんだい?」
「あのっ…!」
倉原さんの目はきりっと真剣になった。
「私、、、。」
「…。」
「先輩のことが好きです。」
「…え!?」
「あのとき、廊下でぶつかって顔を見たとき、とても優しく爽やかな顔立ちだったのと、性格も優しくて。自動販売機で急に話したのにも関わらず、対応してくださったり、お礼にジュースをごちそうしてもらったり。今さっきの部活のことも、きっと私を心配してくれていたんですよね…?」
「え!?あ、まぁ、すごく心配だったよ。」
「…。そんな優しい先輩が大好きなんです…。」
しばらく沈黙だけが続いた。
「…。あの実はさ、、。」
「はい…。」
「僕も倉原さんのことが好きなんだ。」
「…!?」
「倉原さんのその爽やかさというか、女子なのにイケメン、カッコよさがあったりして好きなんだ。性格も優しいし、僕の扱いというかも上手いし、僕も倉原さんのことが好きだ!」
「…。」
「…。」
またもや沈黙が続く。
「あの…先輩」
「な、なんだい?」
「名前で…呼んでください。」
「な、名前で?」
「はい…だって私たち今日から恋人じゃないですか」
「あぁ、そうだったね!じ、じゃあ…。百恵。」
「はい…!先輩!!」
そうするとふたりはまた口を重ね合った。
冬の冷たい風だけがふたりを包み込んだ。

そしてふたりは学校生活を楽しんだ。
食堂で優柔不断な僕がメニューを悩んでるとき
「じゃあ一緒にこっちを食べましょうよ。」って
言ってくれて助けてくれたりもしたし。
「社会の補習の対象になってしまいまして、先輩社会詳しくないんですか?」
「好都合だね、社会は得意だよ!」
「じゃあ、教えてくれますか?」
「もちろん!」
「やった!ありがとうございます!」
と、社会を教えたり逆に倉原さんから数学を
教わったり、勉強のし合いもしたりした。
そして遊園地デートの約束もすることができた。
だが、遊園地デートの前日あたりから倉原さんは
体調不良で学校を休むようになってしまった。
(大丈夫かな…風邪かな?早く治ってほしいな)
と思いながら授業を受けていくしかなかった。
結局遊園地デートは中止になってしまったが
僕は倉原さんの体調の方が心配だった。
そして倉原さんが学校に来なくなり3週間。
もう12月になっており、大会も終わっていた。
心配になった僕は定期的に倉原さんにメッセージを
スマホで送るが、既読すらつきやしない。
あまりに心配になった僕は倉原さんの自宅に電話した。
「もしもし、倉原ですが。」
「あ、あの、僕、倉原百恵さんのお友達…で。」
「あ、百恵の友達ですか…?」
「あ、はい…」
倉原さんのお母さんと話したのが初めてだったので
さすがに彼氏とまでは言えなかった。
倉原さんも彼氏ができたとは言ってないみたいだし
僕も実はまだ家族には誰にも言ってないけど弟に
「兄ちゃん彼女できた?なんか良い顔だねぇ!」
と言われるようになった。
やっぱ僕は顔に出やすいんだな。
「あの…もしもし?」
「あぁ…すいません」
「百恵に用事ですか?」
「用事というか、まぁ、はい…最近学校休んでますから…その、心配というか…。」
「そう…。」
「はい…。」
…。
沈黙が流れた。
「ちょっと、覚悟して聞いてくださる?」
「覚悟?は、はい、わかりました…。」
「あのね、百恵ね…。癌でおととい亡くなったのよ。」

僕は全ての時が止まったように思えた。
「そ、そんな、が、癌で…おととい…。」
もはや驚きが勝ち、泣くことすらできなかった。
呆然としてる僕に倉原さんのお母さんがこう言った。
「明日、百恵のお通夜なの。来てくださる?」
「あ…はい…行きます。」
「そう…ありがとね…それじゃあ明日ね。」
「あ…はい…」
ガチャッ。
こうして電話が切れた。
僕はようやく、倉原さんが癌で亡くなった事実を
体で感じ、涙が溢れてきた。
僕は枕がびしょびしょになるまで泣いた。

泣き疲れていつの間にか寝てしまっていた。
また新しい朝が来た。
いつもは晴れ晴れとしていた明るい世界が今日から
なんだか重く暗く感じていた。
無気力、そして気づいたら泣いていた。
優柔不断を助けられた食堂。
勉強し合った図書室。
好きとお互い言い合った校庭。
遊園地のデートを約束した、そして偶然出会った廊下。
そんなところを通るたびに僕は泣いた。
もうこの学校に倉原さんが来ることはない。
なぜならもう、この世界にいないからだ。
その夜僕はお通夜に行った。
倉原さんは優しい顔で眠っているようだった。
今にでも目を開けて「先輩」と言ってきそうだった。
倉原さんのお母さんが立ち上がり言った。
「生前、百恵と仲良くしていただきありがとうございます。百恵との別れをよろしくお願いします。」
僕は泣きながら、眠っている倉原さんの
冷たい手を握りこう言った。
「百恵、、、一生、、好きだからな…。」
これが僕と倉原さんの別れだった。
僕はしばらく、泣き疲れて寝る日々を送った。

あれから3年があっという間に経ち
僕は卒業し、21歳で新社会人として暮らしている。
たまたま会社が休みの日が倉原さんの命日だった。
僕はもちろん倉原さんのお墓参りに毎年来ている。
弟さんと、なんだかんだ再開できたかなとか。
幻となった遊園地デートの話だとかをお墓に向かって
語りかけているのだ。
お墓参りを終えて、今これを読んでいる人がいるなら
僕は簡潔にこれだけは伝えたい。
【出会いは大切に。】と。

僕はこの恋愛を絶対に忘れるわけにはいかない。
そのためもう好きな人は作らないと決めている。
もし、あのまま恋が発展していたら結婚とかも
もしかしたらしていたかもしれない。
そんなことも考えつつ、僕は毎日働いている。

(百恵…今日も愛しているよ。)

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