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エコロジカル・アプローチ@バレーボール【3/16】「変動をどのように調節するか」セッター練習の例

エコロジカル・アプローチ@バレーボール【2/16】基本技術(オーバーパス)習得における「制約主導」からの続きです。

前回はバレーボールの基本技術「オーバーハンドパス」の習得を例に
・基本的な技術も「試行錯誤」によって獲得される
・「変動が大きすぎると試行錯誤にならない」ので、変動を適切に調節する必要がある
ということについて書きました。

変動が大きすぎても試行錯誤にならないし、小さすぎても「普遍性」が獲得できないということについて、「エコロジカル・アプローチ」では次のように書かれています。

指導者にとっての課題は、質の高い観察と制約の調整です。トレーニングのバリアビリティレベルが適切か観察し、制約の調整を通じて、学習速度の高いバリアビリティを継続的に実現しなければなりません。

植田文也. エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践 (p.145). 株式会社ソル・メディア. Kindle 版.

今回は「変動(バリアビリティ)をどのように調節するか」について、「ボールの方向転換のコントロール」が鍵となる「セット練習」を例として具体的に書いていきたいと思います。

「どこでボールをとらえればどの方向に飛ぶか」をつかむための練習方法(前)-セットアップの基本を考える-(3/5)で紹介している練習方法ですが、まず「プレーのやり方」そのものを教えるのではなく、以下のような「条件」を出しています。

制約条件:
・ネットから離れた位置からセットアップ
・レフトとライトの両サイドの目標に上げる
・遠い方の目標に正対し、または背中を正対させ、近い方の目標に上げる(サイドセットを使う)
・上げる前に、しっかり足場を安定させた状態に体を止める
・捉えた位置に向かって真っすぐ腕を伸ばしボールを押す

探索課題(タスク制約)
・狙ったところにボールが飛ぶ「ボールを捉える位置」を見つける

狙い:オーバーハンドパス(セット)における「方向転換のコントロール」の普遍的感覚をつかむ

あえて「サイドセット」になるように限定するのは、「コントロールは捉える位置で決まる」ということが分かりやすいし、セットアップに必須なスキルだからです。(詳しくは【セットする(トスを上げる)ときは「ボールの下に入り、上げる方向に正対」すべきなのか?(後) -セットアップの基本を考える-(2/5)】をご覧ください)

ここで「変動」を調節するのが「球出し」「プレイヤーのスタート位置」です。

まずは「移動」の負担がない状態でできるように、プレイヤーがコート上のいろいろな位置に立ち、そこへ、「セットしやすいボール」を球出しします。簡単なものから一つずつクリアしていきます。
次に「移動」を加え「ネットに近づく」「ネットから離れる」「レフト方向に移動する」「ライト方向に移動する」の4パターン(とその組み合わせ)を少しずつつかんでいけるようにします。
さらに「方向転換の角度」を変化させるために、球出しする指導者の立ち位置を変えていきます。

イメージ通りのセットができなかった(トスが上がらなかった)場合は、もう1本同じボールを出して「プレイヤー本人が納得するセット」が上がるか確かめます。「こうすればこうなるんだな、イメージ通りのセットが上がるにはここで捉えればいいんだな」とプレイヤー自身が感じるまで、同じボールを出してみます。ここでは同じ状況を再現することが、プレイヤーの試行錯誤を助けます。それも適切な「変動」の調節の一つです。

上手くコントロールできたら球出しで「環境」を変え、対応できる範囲を少しずつ広げ、その中で使える「普遍的な感覚」をつかめように導いていきます。また、難易度を上げていき、上手くできなかったら「感覚をしっかりつかめているところまで戻って」上手くできる感覚を確かめられるようにするという、プレイヤーの状況にあった球出しが重要です。「プレイヤーができていること」をしっかり観察し、今何がつかめそうかを考えることが適切な「変動」の調節になります。

球出しは、つかんでほしいことをつかむ試行錯誤になるようにするだけですが、それがつまり「適切な変動の調節」ということですね。

移動について、さらに詳しく説明します。低いボールや遠いボールは「そこで捉えればあそこに上がる」というポイントまでの移動が間に合わないかもしれないので、まずは余裕のある状況で「空間の感覚をつかむ」ことに専念できるようにします。つかめてきたと思ったら、「そこ」へ上手く移動できるか? 移動がうまくできるようになったら「どこまで間に合うか」に挑戦していきます。

「間に合う」とは正確なコントロールのための準備ができる、つまり「適切な位置に、しっかり足場を安定させた状態に体を止めることができる」ということであり、「どこで捉えればどこに飛ぶか」を知るために欠かせないので、この制約を妥協しないようにします。最短時間で移動を完了するために「遠い方の目標に正対し、または背中を正対させ」という制約は外し、代わりに「移動を完了した時の方向に向いたまま」(止まってから向きを変えない)とします。

動き方・止まり方を知らない場合は、その探索ができるように、ステップのバリエーションを経験しておくというのはありかもしれませんが、動き方を規定するようなステップ練習はしない方がいいと考えています。実際のプレーでは、ボールへの移動の距離も角度も時間的余裕も毎回違うので、その時その場面に合ったステップを体が選ぶのに任せるべきでしょう。制約主導アプローチが重要となる点ですね。

「どこまで間に合うか」の挑戦で鍵になるのが、間に合うのか間に合わないのかの「判断」です。 間に合わないと判断してアンダーに切り替える、ネット際ならワンハンドに切り替えることが重要で、その判断もプレー中は自分でやるしかなく、「自分の判断を信じる」ことが必要です。自分の判断・選択に従って行動しない限り試行錯誤にはなりませんし、これこそが、コーチが正しい運動を規定する伝統的アプローチとは大きく異なる点です。コーチは、プレイヤーがやったこと・その結果起きたことへの「振り返りを促す」ことはしても、「判定」はしないように気をつけなければなりません。

最後に「変動(バリアビリティ)の調節」について「繰り返しのない繰り返し」という言葉を紹介したいと思います。

書籍にも次のように書かれています。

 機能的バリアビリティの存在に、すなわち良い変動性があると、最初に気がついたのは、ロシアの運動生理学者ニコライ・ベルンシュタイン(1896-1966)だとされています。ベルンシュタインの研究は、エコロジカル・アプローチを含めた現代の運動科学に、多大な影響を与えています。(p.70)
 スキルに熟練するための鍵は、厳密に同じ動作を反復することではありません。「同じ結果を出すために、違う動きをすること」です。ベルンシュタインはこれを「繰り返しのない繰り返し」と名づけました。野球でヒットを打つ、バスケットボールでフリースローを決めるなど、同じ結果を繰り返すためには、動作自体は繰り返さず、適度に変える必要があるのだと主張しています。運動結果の安定性と、それに必要な動作の変動性の逆説的な関係を「繰り返しのない繰り返し」と表現しているわけです。この「繰り返しのない繰り返し」は、機能的なバリアビリティを引き出すトレーニングの代名詞となっています。(p.71)
 指導者にとっての課題は、質の高い観察と制約の調整です。トレーニングのバリアビリティレベルが適切か、観察し、制約の調整を通じて、学習速度の高いバリアビリティを継続的に実現しなければなりません。(p.145)

植田文也. エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践. 株式会社ソル・メディア. Kindle 版(太字への変更は筆者)

「変動(バリアビリティ)をどのように調節するか」についてイメージをつかんでいただけたでしょうか?

エコロジカル・アプローチ@バレーボール【4/16】「制約」という言葉についてに続く

▶︎布村忠弘のプロフィール


バレーボールに関する記事を執筆しています。バレーボーラーにとって有益な情報を提供することをコンセプトにしています。