オーバーハンドパスのハンドリングについて(1/3)-「持つ」=「接触時間が長い」ではない-
前シリーズ「セットアップの基本を考える」1~5で「方向転換」の原理とその身に付け方について解説しましたが、それ(サイドセット)をするにはかなりの「ハンドリングの能力」が必要なのではないかとのコメントをいただきました。
実際には全く逆で、「方向転換の原理」に取り組むことで、ハンドリングのことにはほとんど触れずに、結果としてハンドリングがとてもよくなっていきます。この秘密も含めて、今回は「ハンドリングの動作原理」特に「持ちパス」との違いと、どのように取り組んでいけばいいかについて解説していきたいと思います。
初心者にオーバーハンドパスを教えるときに「持って投げる」から始めるというやり方があり、さらに、飛ばす力がないうちは「持って投げる」のは仕方がない、力がついてくれば自然に持たないパスになると考えられているようですが、これには重大な問題があります。
実際に、小中など下のカテゴリーで「持つ」ことを身につけてしまったプレイヤーが、カテゴリーが上がって「持たない(正しい)パス」に変えようと思っても非常に難しくて、指導者もプレイヤー自身もとても苦労するというのが現状です。
また、「セットアップの基本を考える」(4/5) で説明したように、持ってしまうと、とらえた位置と出す位置が違ってしまい、「ボールをどこでとらえればどの方向に飛ぶか」という大事な感覚がつかめなくなるので、マイナスはとても大きいと言わざるを得ません。
「パス」と「持ちパス」の動作原理とその違いの理解を広め、「持って投げるを速くすればパスになる」という誤解を解いていく必要があると考えています。
「パス」と「持ちパス」は別の動作:「持って投げる」を速くしても「パス」にはなりません
現在「ハンドリング」について分かっていることは、「バレーボール学会第21回研究大会報告」の「フォーラム」における縄田氏の解説がベストであり、これをもとに、JVAの教科書「コーチングバレーボール」にも「パスと『持つ→投げる』は別の動作である」と書かれています。
縄田氏の解説は動画にもなっています。
【フォーラム】セットのバイオメカニクス(前編) (後編)
オーバーハンドパスのハンドリングの本質は「手がバネになる」ということつまり、「手指の筋腱複合体がボールの勢いで伸ばされる」ということなんですね。
コーチングバレーボールには図1の「パス」の図しか載せてありませんが、出版直後のバレー学会バレーボールミーティング@富山では「持ちパス」の図(図2)も紹介しています。
違いはボールタッチ後の「肘の動き」にあり、 「パス」では「伸ばす」だけ(図1.③→⑤)ですが、 「持ちパス」には「曲げる」(図2.③→④)と「伸ばす」(図2.④→⑤)があり、これが「2 way action」の意味です。明確に「違う種類の動作」だということです。
「手首の動き」も「曲がる」と「伸びる」(「指の動き」も「反る」と「戻る」)の2方向がありますが、手指が曲がる(反る)のは「ボールの勢いで(ボールに押されて)受動的に起きる」もの(図3)で、力の使い方としては「伸ばそうとする」の1方向になります。
この「弾性エネルギー」を利用するのが「手がバネになる」ということです。手指の筋腱複合体がボールの勢いで伸ばされて手指が伸展(背屈)し、伸ばされた筋腱複合体が戻る力で手指がボールを前に押し返していくわけです。
ところが、肘を曲げてボールの勢いを吸収してしまうと「弾性エネルギー」を利用できず、
「手がバネにならない」=「持つ」
ということになります。
パスをするとき、筋腱複合体の力を弱めてバネを柔らかくするとボールの接触時間が長くなりますが、肘の動きは「2 way action」にはなりません。つまり、「持つ」=「接触時間が長い」ではないということです。
動きの違いは、縄田氏らの論文「ビーチバレーボールにおけるオーバーハンドパス動作の特徴」をご覧いただくと、「2 way action」のバイオメカニクスが詳細に分析されていますので、参考にしてください。
身体重心最下時点(a:Low),ボールコンタクト時点 (b:Contact),ボール緩衝終了時点(c:Absorbed), ボールリリース時点(d:Release)
上段の「実線:Elbow」の変化を見ると、VB(オーバーハンドパス)では「b:Contact」(ボールタッチ)以降はほぼ数字が大きくなる、つまり伸展方向のみの動きであるのに対し、BVB(2 way actionのパス)では「b:Contact」(ボールタッチ)以降に数字が小さくなり一旦屈曲方向に動いて、ボール緩衝終了時点(c:Absorbed)で最も深く曲がってから伸びていくことが分かります。これが「2 way action」のバイオメカニクスです。
「手がバネになる」ということは、「手を適度な強さで固めて、何もしない」ということになります。よって、ボールが手に入って出ていくときの手の動き(受動的に起きる動き)を意識的にやろう(能動的動き)とはしない方がいいのです。ボールがやってくれる動きを自分でやろうとすると、違う動きになってしまうわけですね。
(2022.9.4 加筆)
ここまで手首の「曲がる→伸びる」と指の「反る→戻る」という動きだけで説明してきましたが、手には同時に「手のひらが顔の方を向くように動いてから目標の方に動く」という、いわゆる「キラキラ星の動き」が起きます。「小指からボールを手に入れて、親指から放つ」というような指導もあるようですが、これもその動きを意識したものと考えられます。これは解剖学的には「前腕の回内・回外」と呼ばれるものですが、この「回内→回外」の動きも、ボールによる受動的動きとその反発によるものであり、意識的に行うことはマイナスになると考えています。
(加筆ここまで)
ハンドリングを身につけるのも教えるのも、とても難しくなっているのは、この「受動的動き」を自分の意志で、自分のイメージ通りに、自分の「能動的動き」でやろう・やらせようとしているからではないかと考えられます。様々な「微妙な感覚」をコツとして伝えようとする動画が多いのも、同じような不可能なことをやろうとしているからではないでしょうか?
難しいからこそ教えたくなる、初心者から「微妙な感覚をつかむ」ことに取り組ませたいために、「持って投げる」からオーバーパスが教えられているのかもしれませんが、間違った感覚をつかませることになっているのは非常に残念だと思います。
2022.9.5 サムネイルの画像(バレー学会バレーボールミーティング@富山2017三村発表資料より一部改変)を入れ替えました。
床反力が最大になるタイミングが「パス」と違っていたため、修正しました。
2024.10.31 縄田氏らの論文「ビーチバレーボールにおけるオーバーハンドパス動作の特徴」の図とその説明を追加しました。
オーバーハンドパスのハンドリングについて(2/3)-「キャッチ」の判定基準- に続きます。