
育成における留意事項#23
「バレーボーラーの一貫育成メソッド」 制作の第23回です。前章では、LTADの各成長段階に対する理解とその積極活用の重要性について解説をしました。本記事では「教える」と「教えない」を使い分けることの重要性について解説をしていきたいと思います。
「教育」と「育成」の違い
「教える」と「教えない」の使い分けについて考える前に、多くの人が混同しがちな「教育」と「育成」の違いについて考えるところから始めたいと思います。まずはそれぞれの言葉の意味を確認しましょう。
教育:
ある人間を望ましい姿に変化させるために、身心両面にわたって、意図的、計画的に働きかけること。知識の啓発、技能の教授、人間性の涵養(かんよう)などを図り、その人のもつ能力を伸ばそうと試みること。
育成:
育て上げること。育ててりっぱにすること。
上記の説明にあるように両者に違いがあることは歴然ですが、もう少し具体的に解説をしましょう。
「教育」とはまだ知識や経験が乏しいとされる人間に対して、長い時間をかけてより良い状態に成長させていくことを目的に行われる活動であるといえます。これに対して「育成」とはある特定の分野において将来的に活躍できるように人間を導いていく活動だと言えます。
つまり、この関係性を見れば分かるように「育成」とは「教育」のうちに含まれる活動であり、一般的な知識や教養の教授に終始するものではなく、ある特定の分野において将来的に活躍できる人材を育てるという明確な目的をもって行われる活動だということができるでしょう。
本メソッドが「教育メソッド」ではなく「育成メソッド」であるのも、将来的に活躍できるバレーボールプレーヤーを育んでいくという明確な目的があるためです。
「教える」と「教えない」を使い分ける
「教育」という言葉には「教(える)」という漢字が含まれており「育成」という言葉には「教(える)」という感じが含まれていません。この点だけを観て「育成」については一切「教える」ことをしないのか?という疑問を持つ人もいるかもしれません。しかし「育成」においても「教える(教授する)」という活動は必須だと言えます。但し、気をつけなければならないのは「教える」ことができることと「教える」ことができないことをしっかりと理解して、使い分けることなのではないかと思います。それでは、「教える」ことができることとは何なのでしょうか。考えていきましょう。
「教える」ことができること
「教える」ことができること。「教える」ことができないこと。
この2つの違いをコーチは明確に理解し、いつでも自覚しておくことが大切です。
まず「教える」ことができることを一言で言い換えるとすれば「形式知」と言えます。「形式知」とは図式化や言語化によって説明ができる、客観的かつ論理的な知識のことです。誰もが共通認識をもてる形式で示されているものを指します。バレーボールのコーチングにおける「形式知」の例を出すとすれば、それは競技ルールやプレーの動作原理、戦術コンセプト・用語であったりするでしょう。ここで挙げた例のようなことについては、コーチが継続的に学習していく中で、正しい知識を獲得し、プレーヤーに教えることができるというわけです。
「教える」ことができないこと
次に「教える」ことができないことを一言で言い換えるとすれば「暗黙知」と言えるでしょう。「暗黙知」とは先述した「形式知」と対をなす言葉であり、経験や勘、感覚などに基づいた知識のことです。簡単には言語化できず、もしそれを言語化したとしても、万人に対して等しく伝わらない主観的かつ感覚的な知識であると言えます。個々人が経験的に感覚として保持しているものであるため、他者に正確に言葉で「教える」ことはできないものです。バレーボールのコーチングにおける暗黙知の例を出すとすれば、各プレーヤーが持っている「このプレーはこうやってやる(どうすれば、どんな感じでやれば上手くできるか分かる)」という感覚が代表的ではないでしょうか。コーチがどれだけプレー経験豊富で、バレーボールに関する豊富な知識を有していたとしても、この感覚をプレーヤーに「教える」ことは決してできないのです。
それでは「教える」ことができないことに対して、私たちコーチは完全に無力なのでしょうか。何もできることはないのでしょうか。考えていきたいと思います。
「教えない」は「何もしない」ではない
「教える」ことができないことに対して、私たちコーチにできることはあります。むしろ、コーチがやるべき重要な仕事の一つであると言えるのかもしれません。
それは「観察」と「問いかけ」です。スポーツコーチングの究極的な目的は、プレーヤーが目指すゴールまで大切に送り届けることにあります。この目的を達成するために、まずはプレーヤーのことをよく観察し、理解するということがとても大切です。下記に観察ポイント例を示します。
【観察ポイント例】
・プレーヤーが抱えているプレーの課題は何なのか。
・プレーヤーは何を考えてプレーしているのか。
・プレーヤーが次のステップに進むために必要な要素は何なのか。
コーチの良き観察なくして、プレーヤーに対する理解度を深めていくことはできません。しかし、コーチが良い観察を通じてプレーヤーに対する解像度を高めることができれば、次にコーチが行う「問いかけ」の質を格段に上げていくことができます。よい観察はよい問いかけを生むのです。例えば、次のような問いかけができるかもしれません。
【観察ポイント例とそれに対応する問いかけ例】
・プレーヤーが抱えているプレーの課題は何なのか。
>「今、あなたのブロックにおける課題となっていることは何ですか?」
・プレーヤーは何を考えてプレーしているのか。
>「今さっきのスパイクだけど、どんな意図をもって打ったのかな?」
・プレーヤーが次のステップに進むために必要なトレーニングは何なのか。
>「今、あなたのレセプションをより安定させるために必要なことって何だろう?」
「教える」ことができないことに対するアプローチ。これこそがまさにコーチングの醍醐味、コーチの存在理由であるとも言えるのかもしれません。
それぞれの現場で、それぞれのコーチらしい良き「観察」と良き「問いかけ」が生まれるとすれば、プレーヤーは自ら考える力や問題解決能力を自然と身につけていくことになるでしょう。そして、自分自身で考えてプレーし、成功体験を重ねたプレーヤーは高い自己肯定感・効力感を持って、将来的には自律性と創造性を富んだ素晴らしいプレーヤーになるだろうと思います。

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