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動作原理シリーズ「オーバーハンドパス(セット)」①ボールを飛ばす

動作原理とは

動作習得のために指導者ができることは、試行錯誤の環境をデザインし、試行錯誤のガイドをすることです。それを実現するためには、「動作の結果として何が起きて欲しいか」を知っている必要があります。

何が起こるかは身体の仕組みによって決まります。そして、動作のやり方の感覚は言葉で表すことができませんが、結果として起きることは言葉で表すことができます。したがって、起きるべきことを物理現象として表すことになります。それが【動作原理】です。動作原理はJVAの教科書「コーチングバレーボール(基礎編)」の技術指導の軸として位置づけられています。

バレーボールの基本技術とは、上記のさまざまな場面でボールと自分の身体をコントロールするために共通して行われる普遍的な「動作原理」つまり、動作の最もシンプルな原理・メカニズムである。

日本バレーボール協会編.コーチングバレーボール基礎編「5-1基本技術の考え方」(p.123). 大修館書店

「オーバーハンドパス」の動作原理

「コーチングバレーボール(基礎編)」では「セットの動作原理」として
(1)手をバネにする
(2)床反力を利用してボールを飛ばす

が書かれています(p143)。

現在「セット(オーバーハンドパス)のバイオメカニクス」について分かっていることは、「バレーボール学会第21回研究大会報告」の「フォーラム」における縄田氏の解説がベストであり、次に紹介する2つの動画にもなっています。

(1)手をバネにする

結論から言うと、「手がバネになる」ということは、「手を適度な強さで固めて、何もしない」ということになります。以下に詳しく説明します。

オーバーハンドパスのハンドリングの本質は「手がバネになる」つまり、「手指の筋腱複合体がボールの勢いで伸ばされる」ということです。
次の図で、手のひら側の腱と筋肉(指屈筋)が筋腱複合体であり、外力(ボールの勢い)で伸ばされています。

図1.【フォーラム】セットのバイオメカニクス(前編)9:45

この「弾性エネルギー」を利用するのが「手がバネになる」ということです。手指の筋腱複合体がボールの勢いで伸ばされて手指が伸展(背屈)し、伸ばされた筋腱複合体が戻る力で手指がボールを前に押し返していくわけです。

この「反る・戻る」という指の動きも「曲がる・伸びる」という手首の動きも2方向の動きですが、手指が「反る・曲がる」のは「ボールの勢いで(ボールに押されて)受動的に起きる」もので、力を入れて能動的に「反らせよう・曲げよう」とはしていないということが重要です。つまり、力の使い方としては「伸ばそうとする」の1方向(1 way action)になるわけです。

ここまで手首の「曲がる→伸びる」と指の「反る→戻る」という動きだけで説明してきましたが、手には同時に「手のひらが顔の方を向くように動いてから目標の方に動く」という、いわゆる「キラキラ星の動き」が起きます。これは解剖学的には「前腕の回内・回外」と呼ばれるものです。「小指からボールを手に入れて、親指から放つ」というような指導もあるようですが、この「回内→回外」の動きも、ボールによる受動的動きとその反発によるものであり、能動的に行うことはマイナスになると考えています。

柔らかく吸収しようとして、ボールが触れてから「自分の力で反らせよう・曲げよう・引き込もう」とするのは「持つ」こと(パスとは違う動作)になり、それはルール上間違っています。

オーバーパスのハンドリングの原理は「適度に固めて何もしない」ということです。

「持ちパス」との違い

「持って投げる」をいくら速く・早くしても「パス」にはならないことは「コーチングバレーボール」(JVA編)にも「『もつ→投げる』を早くしていけば正しいパスになるというのは間違いである」と書かれています(p.143)。

手指のところでどんな力を入れているかは見ても分かりませんが、肘の動きでははっきりとした違いが見えてきます。

図2.バレー学会バレーボールミーティング@富山2017三村発表 資料より一部改変
図3.バレー学会バレーボールミーティング@富山2017三村発表 資料より一部改変

違いはボールタッチ後の「肘の動き」にあり、 「パス」では「伸ばす」だけの「1 way action」(図2.③→⑤)ですが、 「持ちパス」には「曲げる」(図3.③→④)と「伸ばす」(図3.④→⑤)があり、「2 way action」になります。明確に「違う種類の動作」だということです。

手指の場合は「ボールの勢いで受動的に曲がる・反る」ということが起きますが、肘の場合は起きません。それはボールが十分軽いからと考えられます。肘の動きを見れば「持っている」こと(キャッチの反則)は明らかに分かります。

また、筋腱複合体の力を弱めてバネを弱くするとボールの接触時間が長くなりますが、肘の動きは「2 way action」にはなりません。つまり、「持つ」=「接触時間が長い」ではないということです。

動きの違いは、縄田氏らの論文「ビーチバレーボールにおけるオーバーハンドパス動作の特徴」をご覧いただくと、「2 way action」のバイオメカニクスが詳細に分析されていますので、参考にしてください(ここでは十分な説明ができませんので、特に興味のない方は読み飛ばして(2)床反力を利用してボールを飛ばす へお進みください)。

「ビーチバレーボールにおけるオーバーハンドパス動作の特徴」図3より

身体重心最下時点(a:Low),ボールコンタクト時点 (b:Contact),ボール緩衝終了時点(c:Absorbed), ボールリリース時点(d:Release)

「ビーチバレーボールにおけるオーバーハンドパス動作の特徴」より

上段の「実線:Elbow」の角度変化を見ると、VB(オーバーハンドパス)では「b:Contact」(ボールタッチ)以降はほぼ数字が大きくなる、つまり伸展方向のみの動きであるのに対し、BVB(2 way actionのパス)では「b:Contact」(ボールタッチ)以降に数字が小さくなり一旦屈曲方向に動いて、ボール緩衝終了時点(c:Absorbed)で最も深く曲がってから伸びていくことが分かります。これが「2 way action」ということを示しています。

(2)床反力を利用してボールを飛ばす

ボールに効率的に力が伝わるということですが、こちらも動画【フォーラム】セットのバイオメカニクス(前編17:13~)
要素②手の“ばね”を“力”で活かす「身体の力線」
として説明されています。

図4.【フォーラム】セットのバイオメカニクス(前編)19:06

ボールの初速度は手のばねと各関節の力を掛け合わせたもので決まり、各関節の力発揮は、上肢の伸展力と下肢の床反力に分けることができます。

そして、上肢下肢の各単位で発揮する力の大きさと方向(力線)があり、直上コントロールにおいては上肢と下肢の力線が一直線上になって、身体全体の力線が1本の棒のような軸を形成してボールに速度を与えています。

つまり、オーバーハンドパスは、ビリヤードの球で球を打突するように、身体の力線という棒でボールを打突して、速度を与えようとする動作原理であると考えることができます。

よって、上肢下肢の力線が一致し、力が逃げないことが重要であり、そのためには「力が伝わりやすい位置で捉える」ことが鍵を握ると言えるでしょう。

「持ちパス」との違い

再び、縄田氏らの論文「ビーチバレーボールにおけるオーバーハンドパス動作の特徴」からの引用になります。

「ビーチバレーボールにおけるオーバーハンドパス動作の特徴」より

太い実線が両脚を合わせた床反力の変化を示していますが、そのピークが、VB(オーバーハンドパス)では「b:Contact」(ボールタッチ)の前にあり、BVB(2 way actionのパス)では「b:Contact」(ボールタッチ)の後にあって、脚の力を使うタイミングが大きく異なることが分かります。ボールタッチの後に肘を曲げて伸ばすという「2 way action」を行うと、下肢の使い方も別のものになってしまうことを明らかにしています。

まとめ

以上をまとめると、オーバーハンドパスの動作原理は、まずは手のバネ(筋腱複合体)の活用と、その手のバネを生かすために、身体の力線の形成が大きな二つの要素である。
オーバーハンドパスの動作原理:打突=[バネ×力]
と言うことができます。

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オーバーハンドパスのハンドリングについて
1/3 「持つ」=「接触時間が長い」ではない 
2/3 「キャッチ」の判定基準
3/3 「トスを溜める」の中身

小学生のオーバーハンドパスは「持つ」のを大目に見るべきなのか?
1/4 現状と「持たせるところから始める」指導の意味
2/4 持たせなくても大丈夫
3/4 どのような指導が可能なのか?
4/4 小学生のパス練習で大切なこと

オーバーハンドパス(セット)のもう一つの重要な要素:「方向転換のコントロール」については次の項で解説いたします。

▶︎布村忠弘のプロフィール


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