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『週刊 ゆきおとこ』 pilot 版 part 2

pilot 版 (無料)  2024/12/15 刊    ▲ 雪男の記事一覧



― ヘミングウェイ 『老人と海』 より


 ヤツは ものすごい速さでやって来た
 何のためらいもなく
 青い水面を割って
 太陽の下に現れた!
 

■ 連続小説 ― 髑髏の旅 (2) ―


 そのまま、かえる岩を越えて故郷の上野に戻った。父はもはや入滅した即身仏のようで、兄弟も父のあとを追う白髪の古僧と化し、母はすでに霜の人となっていた。歳月が置いていったものの重さを感じた。気づけば、それらはもう戻らない時間だった。後悔すらもが情けなく思えた。

 秋に下らんとする名張を経て、二上山ふもとの当麻寺に到る。寺には、勇み牛が隠れているという樹齢千年の松が祀られていて、風が吹いていた。思わず千年という時間と、自分の短い一生とを比べずにはおられない。神仏はなぜ別別の時間を用意したのだろう。そんな事を考えながら、祖霊に手を合わせた。

 そしていよいよ、生まれて初めてのみ吉野に入る。櫻の時候ではなかったが、金峰山修験の鐘が深山に渡ると、そこは紛れもなく霊山の言葉を発した。ありし御代の、あるいは世世の運を依り給いて、未だに天命の意思なるものを抱きかかえている場所であった。素でしかない才能の馬脚をとくとくと漕いで苔清水に到り、西行の庵に袖をぬらす。

****

 それから旧交の人の誘いもあって、二月堂、伏見へと上り、さらに近江の浜を千鳥とともに渡る。伊吹山では大猪に強迫されて、息をもつがずにいざ不破の関ケ原へと急いだ。不破では、かつての若旦那から捨てられたという老婆が卒塔婆の陰で泣いていた。霊仙の颪が、まるで頼朝の秋風のように老婆のざんばらな白髪を吹き乱しながら。一方の古戦場は、かつて四万人ともいわれる戦死者を出した関ケ原であるが、今にはその髑髏の影すらもない。たった八十余年のあいだに、人の生きた影とはかくも跡形を残さずに消え去るものか。色即是空。茫々たる夏草の夢のあとを踏み進むと、戦場で槍を持って闘っている自分の姿があった。それは秋の空を見上げる髑髏の眼窩に浮かんだ雲のように映った。

 関ケ原で勝利した私は大垣、桑名をへて再び熱田神社に参った。手には、草薙の剣であるとする戦利品の柏木の枝が握られていた。しかし熱田はいにしえの神宮の風体を残してはいなかった。屋根は星空を招き、壁は蛇・鼠に夜這いを許して、庭はどこまでも茅・蔓の自由とさせていた。かつての祠は苔むした石積みの塚に切れたしめ縄、供する榊は途絶えて久しく、その岩窟さえも今は印のみとなりき。祝詞の声は聞こえず、ただ鳥がその代理に森囀るのみや。柏木の剣を献上して、熱田をあととする。

 雪の暮れ、尾張にあいさつ回りをして上野に帰る。私が冬を越したのではなく、冬のほうが何も無い私を追い越していった正月だった。春を待たずに、実家に別れを告げて、再び二月の奈良の都、京の都を転じて復路についた。

****

 もはや惜春という頃におよんで、風羅坊と化した 百本の骨と九個の穴が空いた物体の、その中に私の夢が終点すると、
わが髑髏は目が覚めた。

 (完)


■ 短編①  ― 口紅 ―

 
この国では 女は口紅を塗る
この国では 男も口紅を塗る  そして
子供らも 生まれてすぐから口紅を塗られる
この国では 命をなくしたものには口紅を塗ってはいけない   だから
口紅が塗られていないものは 死者なのだ
しかし 人形や それからアニメの登場人物もみな 口紅を塗る ― およそ生きていると信じられているものらの すべてに口紅を

****

裸婦が ベッドに横たわっていた
白いシルクのシーツが 新しい朝の柔らかい光に包まれている  その上に
遮るものは何もない
さらに 白くて柔らかい肌色を横たえている
女は
頭を左にして ふくよかな胸につづく肉感的な太ももを ベッドの端をさがして伸ばしている  さらに
下側の腕は頭の後ろへ "く" の字にのびて その金色の髪の毛に触れている
重力に誘惑されている乳房と 朝日をさえぎる下腹の黒い影は ボクがここへ来る前からこの壁に存在していた
女は 澄んだ青い瞳をボクに向けて すでにもう何百年も前から微笑んで誘っているかのようだ

でも 女の唇には 口紅が無かった

****

ボクの家に 待ちに待った憧れのマシーンがやって来た
銀色に磨かれたフェイスにボクの顔が映る
操作方法はこっそりと隠れて読んでいたし 友達からも色んな噂話とかガセネタなんかも聞いていた
だから戸惑いはなかったが 心臓は爆発しそうにドキドキしていた

カバーを外す
小さなスリットが目に飛び込んできた
たしか ここらへんにボタンがあったはず・・・
スリットに指を差し込んで ボタンをさがす
あった
指先に見えないその形を確かめながら ゆっくりとボタンを押した

こいつが人類を救うだって?
"FOOD" と書かれた こんもりと丸い容器を持ち上げてみる
その頂上にはメモリが刻まれたダイヤルが設置されていた
ダイヤルをつまんで 1~2回ひねってみた
宇宙栄養食という 不思議な液体が 口の中に飛び込んでくる

色々と面倒くさい初期設定をして パスワードを登録して
マシーンのセットアップは完了した

そして最後に マシーンに口紅を塗る
 ― これは 儀式みたいなものだ
付属品の 安っぽい クレヨンのような口紅ではなく
ボクはこの日の為に 最高級品のルージュを用意していた

「ようこそ」

そう言って ボクはマシーンに口紅を塗ってあげた

「ありがとう」

この地球上でもっとも素敵な声で マシーンが答えた

それからボクは 銀色のマシーンを抱いて ベッドにもぐりこんだ

 

■ 短編②  ― ホテイソウ ―

 
庭に小さな池がある
池には 遊び心で買ったホテイソウが浮かんでいる
ぷっくりと膨らんだ株元は 成人病のサンプルのようなお腹をしていて
そのお腹のせいだろうか ホテイソウは風に吹かれながら 狭い水にも浮かんでいることができた

小さかったホテイソウの株は知らぬ間に増えていった
これがお金だったら と思ったが お金は増えなかった
やがて うす紫色をしたホテイの花が咲いた
特別に綺麗 という花ではなかった
どちらかというと 誰かを恨んでいるような色をしていた

増えたホテイソウの下に メダカが黄色い卵を産んだ
メダカの卵はすぐに孵化して 針子がたくさん誕生した
その瞬間は めでたい風景だった
かれらは何も知らない これから起こる運命の過酷さを

針子には卵のうがある 親からもらった栄養袋だ
しかしこれを 仲間が奪いにくる
奪われると 栄養不足で被害者は死んでしまう
こうして 大きな針子が選ばれていく 100匹が6匹に

今日もホテイソウの花が咲いた
誰かを恨んでいるような色をしていた
 

■ 詩訳   ― お信地蔵   原作 川端康成 ―


大きな栗の木の下の
村の若者という若者の
お信が地蔵
山の乙女の御守
栗の向こうに あいまい宿

乗合馬車の
全身丸々しく 力点のない
平たい顔にぽつんと黒い眼
疲れを知らない放心
素足で踏みつぶしたい滑らかな肌
良心などのない柔らかな寝床

娘の膝がしら
谷間に浮かぶ遠い富士

富士

色情という美しさ

吊り橋の 谷の 栗の木の向こう側
お信の面影

色づいた栗の毬を剥く女たち
猟銃の銃声に猟犬たちが躍り出る
毬栗の雨が降る
犬だって毬は痛い
と 青白いあの娘
もう一発
褐色の秋の雨
毬栗がお信地蔵の頭に落ちた 
 
 

■ 連続コラージュ  ― タイトルは最後に決まる ―


まずは、海に
何もかも、変わってしまった海に

金色に輝く沖で、イルカの群れが跳ねた
まるで、この繁栄の時代から逃げ出すかのよう

釣り糸を垂らす
何か、大物を ― 最後に、記念の大物を
できれば、シロナガスクジラ など

命をいただく レジャー
可哀そうか?
不道徳だろうか?
一方で、イワシが大漁にあがれば嬉しいのは、なぜ
ボクがイワシなら、
人間て、勝手だ

そして君も

****

龍の扉をおして、
緑色のキノコが光る森にもぐる

頭の上には、18の尖塔
お行儀よく、順番に鐘が鳴る

待っていたのは、
唐草の絡んだ亀か
真珠色したリムジンか

キセルからは、紫のけむり
彼は、ナポレオン
でも、渡されたのは、キャンディ・ポップ
18回目の家出だった

気が付いたら、くれない色のストリートに転がされていた
そして、そのすぐ傍を、回送の路面電車が通り過ぎていく

****

ときどき、コロラが近寄って来て、
ボクの頬をなでる

北の島の娘 ― 褐色の肌をした

もう遠い、一万年ほど昔のはなし

そして、こんどはボクが コロラの頬をなでる番

南の島のボク ― 氷の色をした

****

朝の鐘が、いくつを打つのか、ボクは知らない

目が覚めると、昼の鐘が鳴った

「起こすのは、よそう」 と、誰かが言った

カーテンに海風

「そっとしておいて、あげようよ」 と、ボクが言った

夢見の耳に心地よい、
誰かが持ってきた音楽と、
誰かが置いて行った音楽

****

新聞を読むひと
 ― 白紙のル・フィガロ

クロワッサンをかじるひと
 ― ジョルジュ・ドゥーセ の皿はカラ

仕事の電話をしてるひと
 ― CAC が大暴落したとか、何とか

船は、マンデリンの香り
 ― 昨日と変わらない香り

さっきから、ギンカモメが私の顔を、じっと見ている
どこへ逃げるつもりだ? て、目で

 
  ― update 2024.12.15   

 

■ ジジ雑庵 ― 『少年ジャンプ』 ―


いわゆる、週刊少年マンガ雑誌を、生まれて初めて買った

『少年ジャンプ』 『少年チャンピオン』 『少年マガジン』 『少年サンデー』 のたぐい ― 小学生時代、中学生時代、その後を通して、私はマンガ雑誌を読んだことがなかった。
まわりの友達は、たとえばそいつの家に遊びに行くと、熱心に少年マンガを読み始めるのだが、私は、何と言うか、興味というか、マンガに面白みを感じない子供だった。
あんまり言うと悪口になってしまう ― マンガそのものを、毛嫌いしていたわけでもない。

さて、生まれて初めての 『少年ジャンプ』 は、井上陽水のように、特別、少年の日に戻りたかったのではない。
2024年12月現在、『週刊少年ジャンプ』は、1冊 300円
で、その 300円 の対価にどれくらいの情報が詰まっているのかが知りたかった。
2025年第2号、タイトルで 21本、平均 19ページの作品に広告が1ページ付く ― 1作だけ40ページほどの長編もあった。これに、人気漫画のキャラクタ商品の広告ページやら、イベントやらの案内が多数、こっちが主目的なんだろう
そして、このボリュームで 300円という値段設定に、少々、おののいた。

ストーリーもそうだが、マンガだから絵のほうに労力が集中するわけで、それでこの濃いい内容は、よっぽど競争が激しい世界だと想像する。

内容はというと、絵の複雑さや技術はさておいて、1話 1エピソードが基本、これは短編小説や、NHK朝ドラの一日分に近い。それを、19ページに収めて、To Be Continue となるわけ  だから、欲張るとたぶん、話がはみだして、エッセンスが発散してしまう。だから、毎週その 1エピソード 19ページに、いかに読者をノメリ込ませるかが、人気作家を分けるのだろうと思う。

もとい、情報の値段という話
例えば、芥川や三島の文庫本が、今だいたい 一冊 1000円前後、1000円で得られる情報としては、十分に鍛錬された作家の文筆技術を満喫できるわけで、芸術作品に支払われる対価はもはや、個人の価値観しだいなので、高い安いは何とも言えない ― 青空文庫、なんてのもあるけれど
一方で、新聞 ― 読売新聞が 朝刊 150円 / 夕刊 50円 ― 思想のブレはあるとしても、情報のコスト・パフォーマンスでは、新聞に勝るものは今も昔もなさそう。
無料だった、ラジヲやテレヴィに、もう情報を求めなくなった時代において、じゃあ、ネットニュースかというと、ネットは、どうもまだまだ薄っぺらい ― 素人くさいのだ
そういう意味においては、芸術作品ほどジジむさくなく、かといって、作家の本気度が勝負しあっている週刊少年マンガ雑誌は、残された最後の聖域のような気がしてくる。

その 21エピソードが 300円 、1本あたり 14.2円 かぁ・・・


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