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水鏡の空で
どれだけここにいるのだろう。
彼は静かに空を見上げる。
水面に映る空と、自分の姿だけがそこにある。
まるで、世界に彼しか存在していないかのように。
Ⅰ. 時間の檻
風は吹かず、波は立たない。
水鏡の上で、彼はただ時間の流れを見送っていた。
雲がゆっくりと形を変え、太陽が沈み、星が瞬く。
それだけが、彼に時間の存在を教えてくれる。
彼はふと、自分の指を見つめた。
手の甲に触れると、肌の感触がまだそこにある。
生きているはずなのに、死んでいるような気がした。
この場所に来たのは、いつだったのか。
昨日だったか、、、それとも何年も前のことだったか。
思い出せない。
けれど、彼の時間だけがここで止まっていることだけは分かる。
世界は進み続けているのに、彼はこの水鏡の上に取り残されていた。
Ⅱ. 誰かを待つ世界
「待っていて」と言われた気がする。
誰が言ったのかは分からない。
名前も、声も、輪郭さえもぼやけている。
それでも、彼はその言葉を信じた。
だから、ここで待ち続けることにした。
椅子に身を預け、空を見上げながら。
雲が流れるのを見送りながら。
水面に映る自分の姿を眺めながら。
誰かが迎えに来るのかもしれない。
あるいは、誰かがここへ帰ってくるのかもしれない。
その「誰か」の姿が思い出せなくても、
その日が本当に来るかどうか分からなくても、
彼はここを離れるわけにはいかなかった。
もし、自分がいなくなったあとで、
誰かが戻ってきたらどうするのか?
そう思うと、立ち去ることなどできるはずがなかった。
だから彼は今日もまた、
同じ景色を見つめ続ける。
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Ⅲ. 神に見捨てられた楽園
ここは楽園だったはずだ。
あまりにも美しく、完璧すぎる世界。
果てしなく広がる空と、
どこまでも続く水鏡。
黄金の光に包まれた雲、
空に散らばる星の瞬き。
けれど、なぜだろう。
こんなにも美しいのに、彼の心は満たされることはなかった。
楽園のはずなのに、ここには彼一人しかいない。
「神は、本当にいるのか?」
彼は問いかける。
誰にも届かない言葉を。
神がこの場所を創ったのなら、
どうしてこんなにも孤独なのか。
もし神が存在するのなら、
どうして彼をここに置き去りにしたのか。
それとも、彼はこの楽園に閉じ込められているのだろうか。
過去に犯した罪でもあるというのだろうか。
刹那のようで永遠のこの時間、彼はゆっくりと目を閉じた。
この美しい世界が、夢ならばよかったのに。
Ⅳ. 水鏡の空で
誰も来ない。
何も変わらない。
それでも、彼は今日も空を見上げる。
いつか、この世界が答えをくれると信じて――。
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あとがき
この物語を書きながら、ふと気づいた。
これは、物語ではなく、自分自身なのかもしれない。
「何かを待っている感覚」
それが何なのかは分からない。
誰かを、何かを、変化を。
あるいは、もう戻らないものを。
ただ、そこに座り、空を見上げ、時間の流れを眺めるだけ。
「絶望した自分」
動けないのではなく、動かないのかもしれない。
希望を失ったわけではなく、
どこかでまだ信じているから。
それでも、空を見上げてしまう。
美しいものを見つめながら、何かを待っている。
この物語は、フィクションではなく、
私の中にある「過去の自分」の投影だった。
そして、もしかすると、あなたの中にも
同じ感覚が眠っているのかもしれない。
――あなたは今、何を待っていますか?
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未来の自分から過去の自分へ
水鏡に閉じ込められていた時間があったからこそ
私は前に進めています
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