【選挙徘徊記】2023年 京都府・八幡市長選 感想
11月5日告示、11月12日投開票で八幡市長選挙が行われた。
今回の選挙は、現職の堀口文昭市長が自身の体調不良や市長選を前倒ししたい意向等から辞職したことで行われるものであり(1) 、国政与野党が推す候補と維新の候補などが激突することから、維新の動向が焦点となる来年2月の京都市長選の前哨戦として注目されていた(2) 。
本稿では、私が実際に各候補者の街頭演説等を聴きに行き、その時に抱いた感想等をまとめる。
なお後述するように、この選挙は今年4月に行われ、私も見物した大阪府・吹田市長選と様々な点が共通している。本稿ではこの選挙との比較も試みたいと思う。
● 感想の前に:吹田市長選について
感想を述べる前に、前述の吹田市長選について紹介したい。
この選挙は維新が強い大阪府内にもかかわらず、非維新の現職が勝利するという劇的なものであったが、候補者を詳しく見ると
の3名が争うという、京都市長選以上に今回の選挙と構図が酷似するものであった。また拙稿でも指摘した「共産党が強めである」という吹田市の地域特性(3)も、市議会で共産党が最大会派である八幡市(4)と類似するものであろう。
そして後述の通り、八幡市長選の各候補者の訴えには吹田市長選の候補者のそれとの共通点が複数確認された。
これらの点から、私はこの八幡市長選でも吹田市長選と同じ展開が起こりうるのではないか、と予想していたのである。
● 川田 翔子氏(新・無(自/立/公/連推薦))
川田翔子氏は、京都市職員や自民党の山東昭子参院議員の私設秘書等を歴任した人物である。選挙戦には堀口市長の後継指名と、自民党、立憲民主党、公明党、連合からの推薦を受けて挑むことになった。
そして結論から述べると、彼女とその陣営は、維新の対抗馬としては最高の選挙戦を展開できていたのである。
まず彼女の陣営がしばしばアピールしていたのは、彼女が当選すれば「史上最年少の女性市長が誕生する」という点である(5) 。私としてはこの「記録更新」という話にはかなりのインパクトを感じた。
私見だが、選挙において「若い女性」の候補は注目される傾向にある。対立候補の尾形氏が43歳の男性である点、亀田氏が62歳と比較的高齢であるという点も、彼女の「33歳の女性」というアピールポイントを目立たせることにつながったであろう。
そしてここに「最年少記録の更新」という要素が加われば、それだけで彼女に投票しようと思う有権者が現れるのではないだろうか。
また川田氏が訴えた主な政策の1つに「新名神高速道路のインパクトの活用」というものがある。同高速道路は八幡京田辺JCT・ICと高槻JCT・ICの区間が2027年度に開通する予定であり(6) 、彼女はそれをきっかけに企業誘致を進め、市の経済成長に繋げることを主張していた。
このような「希望を感じさせる市の未来図」を提示できたことは、維新に対抗する川田氏にとって大きなプラスになったのではないだろうか。
他の選挙を見ると、吹田市長選では非維新の現職が、「人口の増加」や「安定した財政」を根拠に市の前途が明るいことをアピールし、維新候補に勝利している。逆に堺市長選の非維新候補は、拙稿で指摘した通り魅力的なプランを何ら提示できず、現職の維新候補に惨敗した。
この観点から川田氏を見ると、彼女は「経済成長による八幡市の発展」という魅力的な将来ビジョンを示すことで、維新が主張する「改革」の必要性に疑問符をつけ、その妥当性を弱めることができたと言えるだろう。
川田氏個人以上に興味深かったのは、彼女の陣営が効果的な選挙運動を展開できていた点である。
第一は選挙事務所の立地である。
川田氏は市役所前に事務所を構えていたが、その結果市役所に期日前投票に来た有権者にスタッフがビラを気軽に渡せるようになっていた。 また大きな道路に面していたため、通行する多くの車に対してスタッフに手を振らせることが可能であり、その点でもかなりの好立地であったことが窺える。
第二に、国政与野党等の相乗り候補のため、彼女は高い動員力を有していた。
例えば最終日のある街頭演説では開始の1時間前から2~30名のスタッフが会場に集まり、川田氏のアピールを行っていた。また、ある応援弁士が40名ほど集まった聴衆に対し「働く仲間の皆さん」と呼びかけていた場面を見る限り、連合による動員も行えていたと推測される。
そして注目すべきは大量のポスターである。私は選挙戦最終日に自転車で市内を走り回ったが、民家や個人商店、畑等の至る所に川田氏陣営の確認団体「活力京都 八幡の会」のポスターが貼られている点を確認した。これは私が見る限り亀田氏陣営のポスターがたまにしか、そして尾形氏陣営のそれがほとんど貼られていなかったこととは対照的である。
これらに加え、国政与野党の議員や西脇隆俊京都府知事らが為書きを送り応援演説を行っていた点を見ても、「主要な政治勢力による総力戦」が行われていたことは間違いないであろう。
以上の効果的な選挙運動を見て、私は「川田氏の当選は間違いない」と確信したのである。
なお川田氏個人については、33歳と若いながら力強く堂々とした演説をしていた。声の抑揚に乏しい点は残念であったが、それでも彼女の「熱さ」「必死さ」は十分伝わってきた。
どうやら演説については「選挙期間を通じて上手くなった」ようであり、今後彼女の演説が更にブラッシュアップされるのか、非常に楽しみである。
● 尾形 賢氏(新・維新)
尾形賢氏は元自民党所属の府議である。今回の出馬にあたり維新の公認を獲得した結果、自民党から除名されている。
残念ながら、彼の演説は「対立候補(=川田氏)とその陣営の問題点」と「『改革』の必要性」を漠然と訴えるという典型的な「維新の演説」であり、何ら魅力を感じられなかった。
また彼がお決まりの「身を切る改革」を除いて第一に訴えた政策は、あろうことか「市役所の改革」である。本人は「市役所改革によって、これまで市がしてこなかった政策を実行していく」と熱弁していたが、はっきり言って現行体制に不満を抱くほど市役所を利用している有権者はほとんどいないだろう。
彼がビラ等で「身を切る改革」に次いで上位に挙げていた「子育て政策」が争点として機能していなかった事情(7)があるにせよ、彼が重視したこの政策は、聴衆に対する訴求力という点では弱いものであったと言わざるを得ない。
因みに吹田市長選の維新候補も、最も訴えたい政策は「市役所改革で職員のやる気を上げること」であるとしていた。「維新に寝返った候補」は市役所改革を第一の政策としなければいけない不文律でもあるのだろうか。
維新はこの選挙戦を明らかに重視しており、党の国会議員や地方議員らが連日応援に入っていた。特に最終日には吉村洋文共同代表、藤田文武幹事長、音喜多駿政調会長らが現地入りしており、まさに維新の総力戦と化していた。
とはいえ、彼らの応援演説の内容はいずれも尾形氏と同様「相手陣営の批判」と「改革の意義」ばかりを語る、どこの選挙でも使える薄っぺらいものであった。ましてや前述の通り川田氏が「維新の改革」の必要性を疑わせるような訴えをしていた点もあり、この内容の応援演説では高い効果は見込めなかったのではないだろうか。
具体的な選挙運動については、10名以上のスタッフによる地道なビラ配りや、透明な選挙カー(通称『金魚鉢』『キラキラ号』)を用いた宣伝を行うなど、維新のセオリー通りの運動が展開されていた。
だが聴衆を見ると、知名度の高い吉村共同代表が駆けつけた演説には50名以上が集まったのはともかく、藤田幹事長や音喜多政調会長が参加した演説にはどちらも10〜20名程度しか集まっていなかった。これは他の複数の選挙で維新の首長候補の街頭演説を見物した私からするとあまり集まりが良さそうには思えなかった。
加えて、前述の「33歳女性に43歳男性が挑む構図」や「ポスターの少なさ」、そして「自民党を裏切って維新に入った」というマイナスイメージ等があることから、私には尾形氏に勢いがあるようには見えなかったのである。
● 亀田 優子氏(新・無(共産推薦))
亀田優子氏は元共産党所属の市議。今年4月に府議への鞍替えを図ったが落選している。今回は共産党系首長候補のセオリー通り党の推薦を受け、関係団体である「市民のための市政をすすめる八幡市民の会」を選挙母体とする。
亀田氏は上品で優し気な雰囲気の漂う女性に見えた。それでいて「国や府に言うべきことははっきり言う」等と訴えおり、その様子から彼女の芯の強さというものが感じられた。私はこれらの雰囲気だけで、2019年の市議選で22名中6位、共産党候補内だけでも5名中1位で当選した(8)彼女の実力に納得することすらできたのである。
演説では彼女は八幡市に41年住んでいることをアピールし、市外出身の川田氏や元々は市外選出の府議であった尾形氏を「よそ者」と批判していた。この点は地方選挙においては確かに両候補のウィークポイントではあったであろう。
また「高校生の入院費の拡充」等、20年に及ぶ市議時代の実績を強調していた点も注目される。この「実績のアピール」は吹田市長選における共産党系候補にも見られたものであり、一般にイメージされる「護憲や平和をホゲホゲと訴える共産党候補」とは一線を画していた点は特筆ものであろう。
他にも、不慣れだと言いながらもSNSでの発信を積極的に行っていた点についても強調しておきたい。
だが、肝心の主張は共産党系候補らしく、「基金の取り崩しによる財政支出拡大」という実現可能性が疑わしいものであった。また「『ガザ侵攻の中止』や『核廃絶』のアピールを行う」という「平和の党」たる共産党らしいことも主張していたが、市長選でこの訴えに魅力を感じる有権者は残念ながらなかなかいないだろう。
加えて選挙運動を見てもスタッフ、聴衆ともに明らかに高齢者がほとんどであり、運動の展開に自ずと限界が生じることは容易に推測可能であった。
まとめると、亀田氏の選挙運動は結局「いつもの共産党の選挙運動」の範疇にとどまっていた。これでは従来の(そして縮小傾向の)支持者は固められても、更に支持を広げることは難しかったであろう。
●選挙結果と総括 〜維新は敗北していない〜
今回の選挙について、まずは投票率が43.67%と前回から14.03ポイントも増加した点は素直に喜びたい。
そして結果は、川田氏が尾形氏らを破って当選し、史上最年少の女性市長となったのである。彼女が勝利したことは私の予想通りであり、その点は安堵できた。
しかし、問題は川田氏と尾形氏の得票の差である。
川田氏は得票数10,516票で得票率は約42.5%。他方尾形氏は得票数8,334票で得票率は約33.7%である。つまり両者の差は得票数は2,182票、得票率は8.8ポイントとなる。この数字は「この選挙が激戦だった」ということを如実に物語っているであろう。
実は私の現地での体感とは異なり、今回の選挙が激戦であることの伏線は張られていた。
まずJX通信社が告示前の11月3日から5日まで行った情勢調査では、「川田氏と尾形氏が激しく争い、亀田氏が追い上げている」との結果が出ていた(9) 。私もこの調査を知った上で現地入りしたが、あまりに激戦とは程遠い雰囲気を感じたことから大いに首を傾げたものである。
また最終日に吉村共同代表が八幡入りした点についても、冷静に考えれば彼が負け戦に応援に来るとは考えづらい。即ち吉村氏としても、最終日時点で尾形氏に勝算があると読んでいたのであろう。
強力な選挙運動を展開した川田氏に対し、必ずしも質の良くない候補者を立てた維新が接戦に持ち込めたのはなぜか。
例えば産経新聞が指摘する通り、八幡市は大阪と隣接しており、多くの市民が大阪に通勤・通学するなどなじみがある(10) 。そのため、八幡市にもともと維新を受け入れる土壌があった、ということは十分考えられる。
また維新の原動力が「経験値の高いボランティア、戦闘力の高いボランティアを育ててきたこと」 (11)であることを考えると、私が確認できなかった場所で彼らが活発に活動をしていたということもあり得るであろう。
無論これらは所詮、実感と異なる結果の出た今回の選挙を何とか説明せんとする、私の苦し紛れの推測に過ぎない。
だが少なくとも私が主張したいことは、維新は今回、本来の彼我の実力差を縮めるだけの力を発揮できた、ということである。そして尾形氏は落選したとはいえ、維新は自分達の力を大阪府外でもはっきりと示せたという点で、「維新は今回の選挙で勝利はできずとも、敗北はしていない」と言えるのではないだろうか。
なお、ここまで私が比較対象としてきた吹田市長選に目を向けると、こちらも非維新の現職が維新新人を約8.7ポイントの得票率の差で破っている。八幡市長選ほど共産党系候補に票が投じられなかった点は異なれど、「この選挙と同じ展開が今回も起こりうる」という私の見立てはある程度妥当であった、と結論付けたい。
さて、今回の選挙が前哨戦になるとされ、本稿執筆時点では維新が候補者擁立を模索している京都市長選だが、今回の尾形氏の落選を見て「維新は京都では勝てない」と思う有権者もいるだろう。
しかし実際は前述の通り、この八幡市長選は維新の大阪府外での底力が示された選挙である。それ故、この選挙で落選したことを根拠に維新を過小評価することは、彼らの実力を見誤ることに繋がるであろう。
したがって、我々は今後京都市長選を観察する際は、今回の当落に捉われることなく、維新の力を慎重に見極めなくてはならないのである。
※文献案内
選挙に詳しいビスタカー氏(@vistacar0924)は今回、八幡市長選を実際に取材した上で詳細なレポートを発表している。
多数の取材風景の写真と共に選挙戦についての非常に興味深い分析が記されており、今回の選挙のことを的確に理解することができる良記事である。こちらも是非参照されたい。
なおビスタカー氏は選挙期間中、Twitterを通じてこの選挙に関する有益な情報を発信し続け、私も見物においては大いに参考にさせていただいた。この場を借りてお礼申し上げたい。
※註
(1) 朝日新聞 2023年8月26日 「八幡市の堀口市長、10月末の辞職表明 3期目途中、市長選を前倒し」
https://www.asahi.com/sp/articles/ASR8T75JGR8TPLZB001.html
(2) 産経新聞 2023年11月1日 「維新vs.自立公vs.共産の八幡市長選 京都市長選の「前哨戦」は激戦必至」
https://www.sankei.com/article/20231101-64Z62PRHQRO7LKS7ZDESDR6G2M/
(3) 西村慶介 2023年6月24日 「【選挙放浪記】2023年 大阪府・吹田市議会議員選挙 感想」
https://note.com/saiiki6111/n/nefcefed7a46a
(4) 八幡市公式HP「会派の紹介 」
https://www.city.yawata.kyoto.jp/0000008585.html
(5) これまでの女性市長の最年少記録は、徳島市長の内藤佐和子氏と元大津市長の越直美氏の36歳であり、33歳の彼女が当選すれば記録が更新される予定であった。
(6) 日経クロステック 2022年2月28日 「新名神全通が2027年度に延期、枚方トンネル工事に遅れ」
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00142/01221/
(7) 例えば尾形氏は「18歳までの医療無償化・… 学校給食無償化へ」とビラに書いていたが、川田氏は同じく「・18歳までの医療費無償化 /・小中学校の給食無償化を目指す」、亀田氏は「①18歳まで子ども通院医療費無料化 / ②市独自に学校給食の無償化を推進」と書いており、これらの政策については全候補者の主張が一致していることが読み取れる。
(8) 選挙ドットコム 「八幡市議会議員選挙 - 2019年04月21日投票」
https://go2senkyo.com/local/senkyo/18460
(9) 米重克洋 2023年11月6日 「政党「三つ巴」対決の京都・八幡市長選 川田氏と尾形氏が激戦、亀田氏追い上げる=JX通信社 情勢調査」
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/5477e8cbeb6a5e037cd232604d67ccccf93396b4
(10) 産経新聞、前掲記事。
(11) AERA dot. 2023年5月23日「東京・杉並区議選の立候補者69人全員に取材 記者が「できるだけ候補者を自分の目で見る」理由」
https://dot.asahi.com/articles/-/194546
※URLは全て2023年11月16日確認。
※写真は全て筆者撮影。
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