
落ち武者配給会社
■第1話:落ち武者がビジネスになる時代
佐々木健太(仮名)は、ごく普通のサラリーマンだった。
仕事はそこそこできるが、特に出世欲もない。
だが、問題がひとつあった。給料が安い。
家賃、光熱費、食費……毎月の支出を計算するたびに胃が痛くなる。
「副業しようかな……」
最近は副業が解禁される会社も増えてきた。
YouTube、ブログ、せどり、ウーバーイーツ、
何でもやってみる価値はある。
そう思いながら、特に行動には移せずにいた。
そんなある日、怪談好きの友人・稲葉から誘いがあった。
「おい佐々木、今夜肝試し行かねえか?」
「いやだよ。なんでわざわざ怖い思いしなきゃいけないんだ」
「いやいや、これはビジネスチャンスだぞ」
「……どういうこと?」
稲葉はニヤリと笑って言った。
「噂の廃寺があるんだ。落ち武者の霊が出るって話でな。
お前、副業探してるんだろ?
もしかしたら幽霊と交渉して、ビジネスにできるかもしれねえぞ」
「幽霊と交渉してビジネス?」
佐々木は完全に意味不明だったが、何となく面白そうな気もした。
結局、好奇心に負けて稲葉についていくことにした。
・
夜の廃寺は、不気味だった。
周囲を囲む木々は風にざわめき、
月明かりに照らされた本堂は朽ち果てていた。
稲葉は懐中電灯を片手に、ワクワクした表情で進んでいく。
「おい、マジでいるのか?」
「まあまあ、信じろって。ほら、奥の間に行ってみようぜ」
そう言いながら、稲葉が本堂の奥へと足を踏み入れた。その瞬間──
「……無念」
低く、絞り出すような声が響いた。
佐々木は心臓が止まりそうになった。
「うわあああああ!!」
稲葉とともに飛び退くと、そこに現れたのは、一人の落ち武者だった。
鎧はボロボロで、兜の天辺には矢が突き刺さっている。
無精髭をたくわえた顔は険しいが、どこか哀愁を帯びていた。
「……ついに、見つけたか……」
「な、なんだこいつ!? 逃げるか!?」
「待て、佐々木! 話を聞いてみようぜ!」
稲葉はなぜか冷静だった。
佐々木は震える手でスマホを構えながら、
落ち武者におそるおそる問いかけた。
「あ、あなたは……?」
「拙者、名を橋本源之助という。
戦国の世に果てし者……無念のまま、ここに縛られし者なり」
「や、やっぱり幽霊なのか……」
「その通り。
しかし、拙者はただ人を脅かすためにここにいるのではない。
何かの役に立ちたいのだ」
「役に立ちたい?」
佐々木は思わず聞き返した。
幽霊が社会貢献を考えているとは、予想外だった。
「拙者の霊力、現代において活かす道はないのか?」
その言葉に、稲葉がピンときた顔をした。
「……幽霊を必要としている人もいるんじゃないか?」
「どういうことだ?」
「例えば、空き巣が怖くて防犯対策をしたい家とか、
心霊スポットでガチの演出をしたい奴とか。
落ち武者がいたら、結構需要あるんじゃね?」
佐々木は、まさかの発想に言葉を失った。
・
こうして、「落ち武者配給会社」が誕生した。
とはいえ、最初はまったく依頼がこなかった。
チラシを配っても、「ふざけてるのか」と言われるばかり。
そんな中、ようやく最初の依頼が舞い込んだ。
「うちのラーメン屋、最近空き巣被害がひどくてな……
もし本当に幽霊がいるなら、見せてくれ」
店主の田中は半信半疑だったが、
佐々木たちは源之助を厨房に配置した。
そして、その夜。
いつも狙われる時間帯に、不審者が店の裏に忍び寄った。
「よし……今度こそ金庫を……」
だが、ふと視線を感じた。
「……?」
振り向くと、そこには、
ボロボロの鎧をまとい、血塗れの刀を握った落ち武者が、
じっと立っていた。
「ひぃぃぃぃぃ!!!」
不審者は悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。
翌日、田中は大興奮で報告してきた。
「すごい! 本当に空き巣が逃げた! お前ら、本物だったんだな!」
こうして、「落ち武者配給会社」は、確かな手応えを得たのだった。
■第2話:需要と供給のバランス
落ち武者配給会社は、驚くほどの成功を収めていた。
「いやぁ、お宅の落ち武者、本当にいい仕事するねえ!」
ラーメン屋の田中が満面の笑みで言う。
「おかげで空き巣がまったく来なくなったよ!
夜中にあの武士が厨房に立ってるのを見て、腰を抜かしたらしい」
佐々木と稲葉は、確かな手応えを感じていた。
このビジネスは、ただの一発ネタでは終わらないかもしれない。
・
「肝試しスポットに落ち武者を配置したい?」
佐々木は思わず聞き返した。
「そうなんですよ。最近、若者の肝試し離れが深刻で……。
でも、本物の幽霊がいるって話になれば、話題性抜群でしょ?」
依頼主はとある地方の観光協会だった。
「なるほど……確かに、それはアリかもしれない」
こうして、落ち武者の仕事は単なる防犯にとどまらず、
エンタメ業界にも進出することになった。
お化け屋敷のバイト、ホラー映画の特殊演出、YouTuberの企画協力──。
気づけば、落ち武者たちは「売れっ子」となっていた。
しかし、問題も、あった・・・。
・
「すまぬ……拙者、動けぬ……」
そう言って座禅を組み続ける落ち武者がいた。
武士道を重んじすぎるあまり、
「主君の命なくして勝手に動くなど言語道断」として、
ただの置物と化していた。
「切腹させてくれ!」
そう言って、仕事のたびに自害しようとする落ち武者もいた。
「……あのさ、驚かせるのが下手な落ち武者って、どういうこと?」
佐々木はため息をついた。
「いやぁ、どうも演技力がないらしくてな……
ぐわああ!とか言っても、妙に棒読みで全然怖くないんだよ」
稲葉が説明する。
こうして、彼らは気づいた。
霊にも適材適所がある ということを。
・
「えー、本日より、落ち武者適性検査を行います!」
佐々木が声を張り上げる。
「まずは、動けるかどうかチェック!
ちゃんと依頼場所に出向ける者は手を挙げて!」
何人かが手を挙げたが、相変わらず座禅を組んだままの者もいた。
「次、驚かせテスト! 稲葉、合格ラインを見せてやれ!」
「おう!」
稲葉はおもむろに黒い布をかぶり、
「うらめしや~」と幽霊の真似をしてみせる。
「こんな感じで、怖がらせる努力をしてほしい!」
「なるほど……では拙者も……」
「ぐわああ!! どうだ!」
「棒読み過ぎてダメ!」
こうして、落ち武者たちの訓練は始まった。
・
ある日、一通のメールが届いた。
「弊社のセキュリティ向上のため、オフィスに落ち武者を配置したい」
まさかの、大手企業からの依頼だった。
「おいおい、これ成功したら超ビッグビジネスじゃないか!?」
稲葉は大興奮だ。
「ただ、落ち武者を企業のオフィスに配置するって……どうなるんだ?」
とりあえず、試験運用を行うことになった。
・
落ち武者が夜のオフィスに配置された初日。
警備員が巡回していたそのとき──
「……無念」
低く響く声。
「……?」
警備員が振り向くと、そこには、
ボロボロの鎧に血塗れの刀を持つ落ち武者の姿が……。
「ぎゃああああああ!!!」
警備員は腰を抜かし、会社に通報。
さらに、翌朝──
社長が出勤。
「さて、今日も会議の準備を──」
シュン……
エレベーターの扉が開くと、目の前に立つ落ち武者。
「……無念」
「ぎゃああああああ!!!!!」
社長、気絶。
・
「……すまぬ、やりすぎたか」
落ち武者が申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、これは俺たちのミスだ……。
もっと事前に説明しておくべきだった……」
こうして、落ち武者配給会社は新たな課題に直面する。
「落ち武者の配置には、クライアントの理解が不可欠である」。
佐々木たちは、ビジネスの本質を学びつつあった──。
■第3話:落ち武者が浸透する社会
落ち武者配給会社は、存続の危機に瀕していた。
「……俺たちのビジネスは、やっぱり無理があったのか?」
佐々木は、深いため息をついた。
「セキュリティ業界には向かないことが分かった。
肝試しやお化け屋敷は、季節限定の仕事だしな……」
落ち武者たちは、すっかり意気消沈していた。
「無念……」
「拙者たちは、また何もできぬ存在に戻るのか……」
そんな空気の中、稲葉が言った。
「いや、まだ終わっちゃいない。
俺たち、ずっと『怖がらせる』ことばっかり考えてきたけど、
落ち武者にしかできない別のことがあるんじゃないか?」
佐々木はハッとした。
「確かに。
幽霊だからこそ役立つ事を考えれば、まだ道はあるかもしれない」
・
「最近、ストレスが溜まっていて……」
ある日、試しに開設した「落ち武者相談室」。
最初の相談者は、働き詰めの会社員だった。
「拙者も、かつては部下の失敗の責任を取らされ、
無念のうちに討ち死にした身……。気持ちは分かる」
「そ、そうなんですか……?」
「だが、死してなお働く拙者を見よ!
そなたも今の仕事に囚われず、自由に生きる道を探せ!」
「た、確かに……!」
なぜか、落ち武者の言葉には妙な説得力があった。
「こんなに真剣に話を聞いてくれたの、初めてです……!」
こうして、「悩みを聞く落ち武者」としての新たな需要が生まれた。
・
次に、意外なところから依頼が来た。
「ウチの陸上部の選手たちを、もっと精神的に鍛えられないか?」
「……精神的に?」
「最近の若者は、すぐに諦める。
死ぬ気でやれって言っても、響かないんだ」
そこで、落ち武者を練習場に送り込むことにした。
「そなたの『死ぬ気』を拙者が見極める!」
「ヒッ……!!」
落ち武者が見守る中、選手たちは必死に走り、必死に鍛えた。
「死ぬ気でやれ」
──この言葉が、彼らにとってリアルすぎる状況になったからだ。
こうして、スポーツ界でも落ち武者が活躍することになった。
・
「まさか、落ち武者が社会にこんな形で役立つとはな……」
佐々木は感慨深く呟いた。
「幽霊だからこそ、人間にできないことができる。
これって、新しい『共存の形』なんじゃないか?」
落ち武者たちも、嬉しそうだった。
「無念を晴らし、新たな役割を得た。
拙者たちは、ようやく時代に受け入れられたのだな」
こうして、「落ち武者配給会社」は、新しい形で社会に根付き、
幽霊と人間が共存する新たなビジネスモデルとして確立された。
かつて戦場で果てた落ち武者たちは、現代においてもなお役割を持ち、
人々の生活を支える存在となったのだ。
・
佐々木たちは振り返る。最初はただの副業のつもりだった。
しかし、気がつけば、
彼らは「幽霊の社会進出」という前代未聞の改革を成し遂げていた。
人間と霊が共に働き、互いに助け合う時代が来るとは、
誰が想像しただろうか。
落ち武者たちはもう「無念」ではない。
彼らは新たな使命を得て、誇りを持って働いている。
相談者の悩みを聞き、アスリートを鍛え、
時にはただそこにいるだけで人々の支えとなる。
佐々木は空を見上げ、微笑んだ。
「まさか、こんな未来が待っているとはな……」
時代は移ろい、働き方も変わる。
しかし、どんな時代であれ、
「誰かの役に立ちたい」と願う気持ちは変わらない。
こうして、「落ち武者配給会社」は、
時を超えて人々と共に歩み続けるのだった。
【完】