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SATONOで秋の仙山線をゆく
2024.11.24
日本一の長大路線・山陰本線を強引に2時間モノの映画と例えるのなら、仙山線はショート動画だろう。所要時間、景色の移り変わる小気味よさ。そして、ダイナミックな山越え。ずばり、日本の鉄道路線のアソートパックなのである。
紀行作家の宮脇俊三は、この仙山線を「短編小説の傑作」と称した。言いえて妙である。
そうそう、主役の紹介が遅れていた。
仙山線…始発の仙台と終着の山形を一字ずつ取った路線。
約60km。約1時間半。紅葉の時期は観光客が多い。
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そんなドラマチックな路線は、仙台駅の端っこのホームから出ている。その場所だけ、唸りを上げている車両が鎮座している。
今日は特別な列車が山形へと走る日であった。
「SATONO」。JRが走らせている「のってたのしい列車」のひとつだ。
季節ごとに、この車両は会津を走ったり、仙山線を走ったりしている。もっとも、仙山線を走るのは今シーズンに関しては今日が最後の日らしい(来てから知った)。月が替わると仙台から女川までの行路になるんだとか。
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仙山線は、何年ぶりだろうか。
高校や大学の時など3か月に1回は乗っていたように思えるが、なんと2年間もご無沙汰であった。コロナやなんやらを挟んだにしても、山形には何度も行っていたのでこれは驚きだった。ちなみにその時も臨時列車に揺られて行ったのだが、これはまた別の機会に思い出して書くことにしよう。
この列車、すべての座席が指定席である。
自分が購入したのは発売初日であったのだが、最後の1席であった。通路側の席を確保したため、どうにかして窓側の席が取れないかと粘ったのだが、むなしく当日を迎えしてしまった。
発車時刻になると、汽笛を長めに鳴らして仙台駅を発車した。
放射冷却で冷え込み、風が吹くと寒い。この日、仙台は駅伝が行われ駅全体が慌ただしかったが、そんなことをどこ吹く風と言ったように列車は山形を目指す。
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仙台駅を出ると、線路は一瞬だけ東北本線と並走するが、東北本線を跨いで進路を西に変える。特急列車で鳴らされる車内チャイムが聞こえて、車掌氏による車内設備と停車駅の案内。
4車線の県道を渡る。大学時代、ここを通って仙台駅前に遊びに行ったっけなあ。最初の停車駅の北仙台を過ぎると、列車は上り坂にさしかかる。
仙山線は電化されているので、普段はすべて電車が走っているが、きょう乗っている「SATONO」は気動車である。このため、上り坂では床下からエンジンの唸りが聞こえてくる。
北山、東北福祉大前、国見…このあたりは完全に仙台の通勤圏だ。
それであるとともに大学が多いことから、通過する駅のホームには電車を待つであろう学生たちが多い。日曜の昼前、今から駅周辺へと繰り出すのだろうか。
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山岳路線である仙山線で海を見ることができる唯一の区間。
そのようにして通勤・通学圏が続く。
路線の半分くらいは仙台都市圏と言っていい。
であるのだが、路線は単線。レールが1組しかない。このため、時刻表の上では通過する駅で停車して列車のすれ違い(交換ってやつだ)を行う。
陸前落合、陸前白沢の2か所でドアが開かない行き違いのための停車(運転停車という)をしながら進むと、次第に周りにマンションや住宅が消えていき、田畑が多くなっていく。田んぼはすべて稲穂が刈り取られ、畑も数少ない葉物が残るだけだ。
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時々、柿の木がアクセントとして色のない世界にアクセントとして現れる。あえて残しているのだろうか、それとも取る人がいなくなったために放置されているのか。紅葉もすっかり終盤で、針葉樹の深緑が山を支配している。この人里でこの紅葉の進捗。これは山は雪かもしれない。
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ゴン。鈍い衝撃が後頭部に走る。
な…何が起きたんだ。車掌氏が驚いたのちに平謝りしている。どうやら、通路側に出た自分の頭が車掌氏に当たってしまったようだ。非常に気まずい空気の中で検札を受ける。
秋保への国道の分岐が左側の車窓に写り、熊ヶ根の鉄橋(第二広瀬川橋梁)を渡る。河岸段丘を跨ぐ地点に架橋したため、川底からの高さは50mに達する橋だ。橋の上では景色を見れるように徐行をする。これは紅葉がピークの時期にまた来てみたいものだ。
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温泉で名の知れた作並で停車をすると、いよいよ周囲に人家はなくなり、本格的に山越えの様相を呈する。いよいよエンジンが唸り、速度がみるみる低下する。奥新川という小駅を過ぎ、路線最長の仙山トンネルに入る。このトンネルに入る前に車内放送があり、物好きの類の人たちが運転台後方のフリースペースに群がり、スマホやらカメラやらを向ける。かくいう自分もその中の一部の人間と思われるのだろうが。
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約5kmの仙山トンネルは、昭和12年の開業直後においては、日本国内でも有数の長大規模だった。そのため、当時の地方路線としては珍しく開業当時から電化されていた。当時主力だった蒸気機関車では、煤煙によって乗客や乗務員が窒息する危険性があったためだ。このため、トンネル前後で機関車の付け替えを行っていたという、その名残として作並・山寺の両駅には転車台(蒸気機関車の向きを変える装置)が設置されていた。現在も草むらの中に転車台が残っている。
そのトンネルの山形側に「信号場」がある。信号場って、何ですの…?と思う人も多いのではないか。ざっくりというと、お客さんが乗降できない駅、と言えばいいだろう。列車の行き違いをするための地点として存在する場所で、マニアの中ではこの鉄道界の裏方さんとも言える存在を愛する人も存在するとか。
かくして、面白山信号所に停車した。列車がトンネル内で減速し、トンネル内の闇の中でポイントを渡る独特の揺れが下から響いた。直線のトンネルゆえ、まっすぐ先に山形側の出口が見える。そのうち、行き違いを行う電車が近づいてきて、轟音とともに右隣の線路を通過していった。
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トンネル内に設置されている信号機が青に変わり、出口へ向けて進み始めた。その先の世界は、もう山形である。
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日当たりもあることであろうが、線路より標高が高い場所にはもう冬が訪れているようだった。列車はひたすら立石寺の最寄り駅・山寺まで下り坂をくだる。先ほどまで唸りを上げていたエンジンはアイドリングだけの状態で、ほとんどブレーキだけで坂を転がり落ちていく。
山寺は、奥の細道で名高い立石寺の最寄り駅。
ここでは約10分停車。ホームからは立石寺が山肌にへばりついているのが遠望できる。
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風が冷たい。決して風は強くないが、山から吹き下ろす風が駅に叩きつけるようだ。仙台側の空は黒い。山の上は雪なのだろう。
指定席券がないと乗車できない旨を車掌氏がアナウンスする。持っていないが乗せてくれと車掌氏に交渉する人もいた。
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楯山でまた運転停車。左側奥の山々の頂には白く雪が被っている。
羽前千歳から横から奥羽本線が擦り寄ってくる。
通路をいく車掌氏が声をかけてきた。
「山形の旅は楽しいですか」と。いい景色が見れてよかったと返す。
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山形でも、これまた多くの社員の歓迎を受けた。
時間帯としては昼過ぎ、仙台へ折り返すSATONOまで1時間半。
しばし、昼飯を求め町を彷徨うとしよう…
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SATONOは2両編成だ。そのうち片方はグリーン車である。
自分のような乗るに値しない人間は、行きも帰りも普通車が妥当と考えたのだが、ホームでぶらついていると、行きに続いて帰りも乗るらしい車掌氏が「グリーン車でなくていいのか」と冗談を言ってきた。車内精算でもいいという。「過去に普通車からグリーン車に急に変更する客はいたのか」と問うと、そんな客はいたことがないという。やはり自分は肩の力を抜いて乗るような普通車で行こうと思った。
とはいえ、この車両のシートピッチは相当広い。
普通車として侮るなかれ…である。
ちなみに復路も予約時にラスト1席だった。
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到着の時にもまして多くのお見送りをいただき、山形を後にする。
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春には桜が絶景なのだそうです。
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すべて木の葉が落ちる季節は、まもなくやってくる。
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記念ボードが置かれていました。小道具も愛らしいな。
標高がどんどん下がっていき、東北本線と東北新幹線が近づいてきた。夕方が近い、薄闇の中に仙台駅が近づいてきた。
秋の一日のショートトリップがこうして終わった。
また、来たくなる箱庭のような世界観の路線、それが仙山線だ。
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ちなみに、自分と車掌氏は大学の同期であった。
同期が淡々と仕事をこなしているのを朝から夕方まで目の当たりにし、「自分も頑張らねば」と思いながら帰路に着いた。