自然保育とSDGs
木戸啓絵先生
岐阜聖徳学園短大の木戸啓絵・専任講師(幼児教育学)
文中より抜粋
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こうした事情を木戸さんは認めたうえで、「森の幼稚園だからといって、持続可能な社会に寄与する人材が育つとは言えない」と、率直に語る。看板は同じでも、保育内容は千差万別だからだ。ドイツでの研究や国内の森の幼稚園の調査などから、担い手育成に寄与するかどうかは、次の三つの点で変わると考えているという。
一つ目は「園児が自然の中にいるだけではなく、人間も自然の一部であることを感じながら日々の生活を送ることができているかどうか」。つまり、イベントや非日常体験のような自然体験だけでは、そういう園児は育たないというのだ。
二つ目は、園児が自分たちの生活を「自分ごと」として作っていくこと。別の表現をするなら、自然を含めた「他者」と対話しながら、日々の生活を作っていくことが欠かせないという。ただし、その行動を最終的に決めるのは自然であること。「たとえ川に行きたくとも、大雨で洪水だったら行けませんから」と、木戸さんは補足した。
三つ目は、園が「育ち合う」共同体としての場であること。つまり、園児が育つ場としてだけではなく、保護者が親として育ち、保育者も教育者として育ち、地域社会が持続可能な社会として育つということをめざしている。木戸さんは「こうした自然に根ざしたライフサイクルが地域に開かれていることで、持続可能な社会はできていく」と語る。
人間の生活も経済活動も、地球の生態系の中で行っている。それを無視した結果が気候変動や6回目の大量絶滅といったいまの状況を生み出している。こうした論点は筆者の実感とも合っているが、森の幼稚園の卒園者が将来、その担い手になりうるかどうかは調べないとわからない。だから、より深堀りした研究を期待して、もう少し見守って行こうと思う。
レイチェル・カーソンは『センス・オブ・ワンダー』にこう書き残している。
「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直観力をにぶらせ、あるいはまったく失ってしまいます」。カーソンは、それに必要なものが「センス・オブ・ワンダー」で、それを新鮮にもち続けるには、もうひとつ必要なものがあるとして以下のように続ける。
「わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります」。カーソンはまさに森の幼稚園のことを言っているのだ。