【一日一捨】 クライミング選手権の扇子
当時、会員だったスポーツジムに小さなボルダリングのスペースがあった。自分ではやらないけど、誰かがやっているのを見てるのは結構楽しくて、ぼんやり眺めていたらトレーナーの岡崎さんに「やってみます?」と声をかけられた。岡崎さんは日に焼けて余分な脂肪がいっさいついてない筋肉質の、いかにもスポーツジムのトレーナーという感じの女性だ。ジムに通っていて言うのもなんだけど、男女問わず体育会系の人と話すのはあまり得意ではない。「見てる分にはわりと楽しいですよね」と正直に答えたら、「ですよね。私も自分はやらないけど、見るのは大好きです」と笑った。そして、「ちょうど今週末のボルダリング大会のチケットがあるんですけど、よかったら行きます?」と言われ、これはもしや一緒に行きましょうというお誘いなのか?と一瞬思ったけど、そんなわけはなく。帰り際、岡崎さんはチケットを1枚だけ、くれた。
週末はヒマだったので、ぶらりと八王子の総合体育館まで出かけた。初めて見るボルダリングの大会は、当たり前の話だけどスポーツジムで素人がやっているのを見るのとはまったく比べものにならず、ただただ圧倒された。会場の総合体育館は空調がきいておらず暑かった。入口で渡された扇子を手に、壁をぐいぐいと登っていく選手たちを見ていると、観客席の端っこに同じ扇子を手にした岡崎さん姿がチラリと見えた。ものすごく真剣な表情で試合を見ていた。岡崎さん、ボルダリングを見るのが本当に好きなんだなと思った。声はかけなかった。扇子は持って帰ったけど、空調のきいた家では使うことはなく、その翌年の春からコロナでジムも休館となり、結局そのまま退会してしまった。捨てる。