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暴君の巻き添えには、善人も悪人も関係なかったりする?>お笑い聖書 創世記(0-11)

えー、お笑い聖書と言いながら、いつになってもちっとも聖書の説明が始まらず、前置き、前置きと言って、

ついに11回目の前置きです。
次回は12回目で、いや、だから12使徒だ、エヴァンゲリオンだって言い訳で、

その次になると、13日の金曜日だ、ゴルゴサーティーンだになって、

14回目はどうするんでしょうか?(爆)

とにかく、天道是か非か、善人が苦しみ、悪人が幸せになるなんて、天の道は間違ってるんじゃないか?

って史記にあるわけですが、

史記は、同時に「人衆くして天に勝ち、天定まりて人に勝つ」とも言っているわけでして・・・

つまり、いわゆる1つの暴君って奴の周りには、暴君の言うこと聞く奴がいっぱいいて、
まぁ、暴君は「天」の決めたことなんか、知ったコッチャない

って事なんですが、

どっかで暴君は立ち行かなくなり、打倒されてしまう・・・
やっぱり、天はどっかで見てるんだなぁ・・・

ってことなわけです。

でまぁ、例のバビロンの捕囚について、
「都を罪なき者の血で満たした」王について、
主はその罪を許そうとはなさらなかったって
旧約聖書に書かれていまして、

まぁ、聖書的にも、暴君は天だか神様だかに結局、倒される

日本でも神皇正統記には、天下の萬民は神物也って
世の中の人々は、神様のものなのよ、

でまぁ、君一人を楽しませ、萬民が苦しむは、天も許さず、神も幸いせず・・・

って、君主だけが楽しんで、世の中の人々が苦しむのは、天も許さないし、神様も見放す・・・

まぁ、新井白石さんは、源頼朝さんが天下を取れたのは、平家が驕り高ぶったからで、平家が天下を取れたのは、藤原氏が恣いままに振る舞ったからで

って、おごる平家は久しからず、

まぁ、美味しいものをおごられる分には、いいですが・・・
誠意は、焼き肉とかビフテキとかトンカツ、それも特上ロースカツにエビフライがついているような形をしているはずだ・・・(爆)

と言うわけで、万国共通、暴君は神様によって倒される、
善人が苦しんで、悪人が幸せになることはアリエナイ・・・

正義は必ず勝つ。ウルトラマンはバルタン星人に勝ち、仮面ライダーはショッカーに勝つ!

ってそうでしょうか?

「竪琴は川岸の木に掛けた。彼らが故郷の歌を歌えと言うから」

って旧約聖書の詩篇にあります。

これ、バビロンの捕囚になった人が作った歌でして・・・

オイ、捕囚、故郷の歌を歌ってみろよって
捕囚先でいじめられて、
そんなことできない、竪琴を木のところに置いておくわ

って気持ちを詠んだ詩なわけで・・・

えー、まぁ、暴君さんが、罪なき者の血で都を満たして、
その罰で滅ぼされる、

それが神様のお裁きだってのは、いいんですが、
お裁きで国が滅んで、

そこにいた人は捕囚で連れてかれて、でまぁ、
オイコラ捕囚っていじめられる

まぁ、義経さんは、平家の漕ぎ手を射殺したって平家物語に書いてありますが、

おごる平家だけが滅びるんじゃなくて、
海戦で、船を漕ぐのにかき出された漕ぎ手の人たちまで巻き添えになるわけでして・・・

つまり、オイコラ捕囚、故郷の唄を歌ってみろよと言われた人とか、
射殺されちゃった漕ぎ手の方々とかからすると、

天道是か非か、天の道は間違ってるんじゃないか?って言いたくなるわけでして。

ここに天道是か非か、と人衆くして天に勝ち、天定まりて人に勝つ・・・

暴君が滅びるのは神様のお裁きだってのと、

巻き添えになるパンピーの側からすると、
いや、なんで自分がこんな目に合わなきゃいけないんだ
天だか神だか知らないけど、間違ってる

ってのは両立しちゃうわけでして・・・

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