「マイケル・ジャクソンの研究―キングの理由」個人レポート

2010年6月、京都にて行われたセミナーの個人レポートをマイケルジャクソンファンのコミュニティサイト「Jaxity」にて載せていたのですが、今年3月末で閉鎖されたため備忘録としてここに残しておきます。
講師は当時京都学園大学准教授だった方が務めてくださいました。

マイケルが亡くなり13年がたちました。以降書物も出ていますし、ファンの方の素晴らしいブログ、当時よりネットやSNSが発展する現代、これからもっとマイケルを深く研究されていって欲しいなと思います。


『マイケル・ジャクソンの研究―キングの理由』
マイケルジャクソンが「キング・オブ・ポップ」と呼ばれる理由を探求する。
しかし、そのまえに彼に向き合う時、障壁となっている様々な問題がある。
それが
①ゴシップ(少年虐待疑惑と裁判、整形問題、肌の問題、突然の死)
②90年代以降のマイケルの過小評価(一時代の流行音楽?、死後の神格化)といったものである。
これらのものがマイケルジャクソンの「人」「家族」「社会」+「表現」に対する理解をしづらくさせている。
マイケルジャクソンの深さを理解するには時間のかかる作業であるが、彼と向き合う時の障壁をまずはクリアにし、人間として音楽家としての彼を理解するスタート地点にたっていく、というのが今回の目的である。

彼は数字のうえでもキングであり、数々の記録を打ち立てる。

「少年虐待疑惑と裁判」
講師「これ、本当に無実であったらかわいそうなことですよね?彼はどんな思いだったでしょう。世界中から疑われて」

「失われた子供時代、回帰願望の過剰」
5歳から歌手活動、ジャクソン5の仕事、父のスパルタ教育と虐待、チャイルドスターの生活。
幼いころからとにかく仕事、仕事、仕事。子供時代がなかったため、子供時代の大切さを人一倍理解していた。
ネバーランドを建設し、子供と接することで精神的に満たされた。
マイケルと同じくウォルト・ディズニーも子供時代がなかった。大人になってディズニーランドという夢の国をつくった。

「整形」
「尋常性白はん症」
講師「いい悪いは別として、ハリウッドでは整形は普通のこと。マイケルも整形してると言ってる。二回だけだよって(笑)。
マドンナも『私豊胸してるわ、男が喜ぶじゃない、何が悪いの?』そんなこと言われたら何も言えません(笑)。
松田聖子さんもなんであんな変わったんかな?って思いますけど、いいじゃないですか、綺麗でステキな歌唄って(笑)」

「急死」
84年後頭部やけど→93年頭皮再生手術、裁判と肉体的疲労で鎮痛剤依存、幻覚症状→2009年6月25日鎮静剤と麻酔薬の併用→心肺停止
*「僕はエルビスのように死ぬんだと思う」最初の妻リサ・マリー・プレスリーに夫婦時代話していた。

「キングの表象」
①マイケルの消尽/贈与
・小学二年のとき、母のブレスレットを先生にあげてしまった→持って生まれた度が過ぎた気前のよさ
・一ヶ月の生活費二億円
・ネバーランド:建設費約39億円、維持費年間約2~3億円→「ちなみに『私のしごと館』(閉館)は建設費580億円、維持費21億円である。
ネバーランドをマイケルを浪費だと非難するまえに、ネバーランドよりこれらのほうが金の税金の無駄遣い。」
・病院訪問などのチャリティ活動。寄付総額は生涯で50億円か?

②王の再分配(カール・ポラニー「大転換」)
・再分配:共同体における重要な財がいったん一箇所に集められ、儀礼などに基づく共同体の活動を通じて構成員に再度分配される行動原理。王という中心への財の集中⇒王の贈与による再分配

③王の消尽(ジョルジュ・バタイユ「至高性」)・特定の目的のためではない純粋な消費。消費のために消費する。
*マイケルの過剰な消費や法外な贈与は、王の消尽・再分配に比較しうる→「マイケルは金をためることに興味がないのではないか。金を使うために使う。
アルバムやステージやフィルムに莫大な金をかけるのもいい作品を作りたいという純粋な消費ではないか。」

「聖性と集合暴力」
①王の供犠(ジェイムズ・フレイザー「金枝篇」)
・原始、古代において、王自身がいけにえとなる供犠が行われていた
・例:ラテン諸族の原初の王は「異邦人」。
神の役割を演じた後、祝祭の際に供犠によって殺害された「人であって人でない。殺害するという儀式をして神に返す」

②集合暴力(ルネ・ジラール「暴力と聖なるもの」)
・「相互暴力」の危機→スケープゴートに対する集合暴力→共同体秩序の形成:犠牲者の聖化
・供犠=制度化された集合暴力

③モデル=ライバル(ルネ・ジラール「暴力と聖なるもの」)
・ある集団のメンバーが全員一致で崇拝する人間は「カリスマ(聖)」と呼ばれる
・「カリスマ」は集団全員のモデルであるが、同時に全員のライバルでもある。
「カリスマ」は憧れ(尊敬)と同時に嫉妬(憎しみ)の対象でもある→「それがマイケルの子供たちへの法外な愛に対し
【ノーベル平和賞候補:人々の称賛=少年性愛という動機解釈:メディアのバッシング】というふうに両義性となって出てくる。
「あの人のようになりたいなぁ、でもなれないなぁ(尊敬から嫉妬への変化)」

「MJの超越性と両義性」
①天才アーティスト:歌+踊り+作詩作曲+総合プロデュース・・・
②超越(トランス)への志向
・音楽ジャンルや人種を超えた活動への称賛=黒人アイデンティティの軽視という非難、肌の問題
「ジミ・ヘンドリックスは黒人なのになぜロックをやるのかと黒人から非難を浴びた。エルビスは道徳的非難を浴びた。黒人のように歌う白人へのバッシング。」
③非日常性の表現
・『スリラー』(狼男やゾンビに変身)
・「ムーンウォーク」「ゼロ・グラヴィティ」→反重力、コンサート→宇宙服で飛ぶなど過剰なほどの演出
・「これは素晴らしい冒険だ。ファンの望みは日常を忘れる体験だ。」(『THIS IS IT』)
・ユートピア的表現:平和の希求(「HEAL THE WORLD」「WE ARE THE WORLD」等)→「マイケルは自分が戦争のような環境にいたから、平和を自然と求めるのではないか」
④異人性・特異な生い立ち、特異な行動(バブルス君を連れる、ネバーランド)、友人ライオネル・リッチーの発言「自分は友達だったけど、天使だったんじゃないかと不思議に思う」→【身近な友人にそう思わせてしまう特異さ】

「自己神格化」
・「KING OF POP」の銅像『HIStory』
(HIStoryという言葉は聖書の中に出てくる。
「神学」は英語でTheologyと言いますが、それはギリシャ語の「神の言葉」という意味。
その神学的に歴史とは「HIStory」、つまり神の(his)言葉の歴史(story)である。要するに、聖書でもHISは神だということ。)
・私生活や素顔のみえにくさ:メディアとの軋轢、対人関係の不器用さ、完璧主義→『THIS IS IT』
*超越的な両義的存在のイメージ:無実で無垢の存在へのバッシング(集合暴力)/集合崇拝

「リズム分析」
・マイケルは音の後ろでリズムを取る⇒「タタ タタ タタ タタ」というリズムを例として、普通は前で取る(タタ タタ タタ タタ)。
マイケルの場合は後ろで取っている(タタ タタ タタ タタ)。マイケルはバラードでも同じである。これは黒人が持っているリズム感である。
~ここで「BILLIE JEAN」を聞きながら、そして例としながら~「マイケルジャクソン唱法」へ
・アフタービート:「クッ」「ダッ」「チュク」
・ダウンビート:「フー」「ヒー」「ホー」

「歌に入る前、『ダッ』などリズムを取りながら歌に入って行く」

「『SMOOTH CRIMINAL』 で『ANNIE ARE YOU OK』の繰り返しの中でシンコペーションの多用やクロスリズムが入ってくる」

*MJの独自の内的なリズム感⇒歌と踊りで同時に表現されている
「だからダンサー達からマイケルが尊敬されていることがわかる」

☆講義を聞いて当時の個人感想☆
【王の再配分について】
マイケルはよく浪費家だと非難されるが、この講義聞いてすごく納得。
マイケルはなんでも自分が使ってた物とかあげたり、プライベートの服もあんまりこだわりがなく適当なとこあるし、お金に執着しなさそう。
日本に来たときもビックカメラとか庶民的なとこ、一般人が行くようなところに出向いて、たくさん買い物(おもちゃとか家電とかCD・DVDとか)してっていうのも王の再配分にあたるのかも。
使うだけじゃなくって、版権手に入れたり、ビデオソフトを売るビジネスをやってリターンもきちんと考えてるすごさ。
ディズニーランドはお金とりますが、ネバーランドは無料。ディズニーランドは無料で子供たちに遊んでもらう日をつくるべき。
マイケルの金の使い方は無制限でいい加減だと言われますが、ひとつひとつ見てみると経済を潤おわせている側面があると思います。

☆今振り返ってみて☆
【失われた子供時代について】
昨今ヤングケアラーの問題がよく取り上げられるようになりましたが、色んな理由で子供時代を失った大人は想像以上に多い現実なのだと思います。マイケルが子供達のことを最優先に思う、ということに対して「なぜそこまで・・・」という疑念をずっと拭えない、何かこうやるせないものを沢山の人達(特に生前からマイケルを知っている人達、マイケルの音楽を好きな人達)が感じてきていたのではないでしょうか。マイケルは児童労働の苦しみを経験してきたスーパースター。「大人の視点」「男性の視点」そして今おおいに叫ばれ注目されているのが「女性の視点」や「LGBTQの視点」。どれも大事ですが、この中に「子供の視点」というのがなかなか出てこないのが不思議ですよね。マイケルが伝えてきたことがこれからの時代もっと輪郭をもってみんなの心に刺さっていくのかもしれません。


いいなと思ったら応援しよう!