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お酒との付き合い方

子供の頃、父がよく飲み会で酔っぱらって帰ってくる日は、母の機嫌が悪く玄関の鍵を閉め出していたが、父は梯子を使って二階の寝室に侵入し深夜に寝室の窓ガラスをガンガン叩くというのは子供ながらに恐怖を覚えた。
それ以降、母に締め出されると父は、車の中で寝るようになった。流石に可哀想だと思った幼き日の私は、1階の和室のドアの鍵をこっそりあけておいた。

何故、母は締め出したのかというと、父は酒癖が悪く、暴力はなかったが、暴言が酷くなることが多かった(いや、普段品行方正な言葉使いだったかというと首を傾げるが)そんな父を見て育った弟は飲酒を全くせず父程ではないが祖父もそれなりによろしくなく、叔父もお酒を飲まない人だった。

私はどうなったかというと、大人との社交の場で飲酒デビューを果たし、職場の同僚にカルーアミルクの素晴らしさを教えて貰った(笑)チューハイや甘いカクテル系のお酒は、お酒=ビール、日本酒、焼酎のイメージで固まってた私的には衝撃的な出会いだった。

お酒、美味いじゃん!!でも、子供舌の自分は当時はビールが全く美味しくなく(今は、そこそこ飲める)チューハイ、ワインは普通に飲めた(ワインは白派です)日本酒は甘口なら飲めて、他の洋酒はダメだった。
どんなお酒が自分にあって、どれだけ自分は飲めるのかという挑戦も果敢に挑んだ。どれだけ飲めるのかは、友達とオールカラオケでアルコールフリーのプランで飲みまくって大体わかった。まっすぐ歩けなくなったり、眠気がきたり、頭痛がくるタイミングが限界値らしい。
最後に限界値突破まで飲みつくしたのは、水戸の梅酒祭り。試飲の量がおちょこ弱サイズだったのをいいことに「全種類飲みつくすぞー!!」とイキってたら、どうやらアルコール度数高めの物も何種類が飲んでいて旦那と一緒にベロンベロンになっていた。

お酒は好きな方だったが、ある時転機が訪れた。結婚後、抑うつ状態と診断された時に、処方された薬の関係から飲酒ができなくなった。その間花見に友人の結婚式の二次会、自分の結婚式とお酒が美味しいイベントが何度もあったことは流石にストレスになり、友人達との新年会の前に医師に相談したところ「宰田さんは、徐々に回復傾向に向かっているので、ストレス溜まるくらいなら、薬を飲む日は控えて飲んでもいいよ。但し、量には気を付けて!」という予想外の飲酒に対してのポジティブな回答…。なんだ(薬の量を調整すれば)飲んでいいんだ…。逆にそれが解ってからは「その気になれば、いつでも呑める!!」と構えられるようになり、それが好循環となりお酒を飲むタイミングに慎重になり、通院を辞めるまで適度にお酒と距離を置けるようになった(梅酒祭りでベロベロになったのは、通院を辞めたあとの事です)
それから、旦那と一緒に飲むと酔っぱらった旦那の世話をしなくてはならないので、結婚後は飲酒を控えるようになった。(梅酒祭りでベロベロは、1回で試飲できる量が少なかったので調子に乗った)

飲み会は好きだけど、アルコールより料理の方が好きだし←!?
まぁ、ハンドルキーパー頼まれれば、お酒は飲まなくても楽しいし(運転下手だからそんなこと頼む人いないだろうけど)車の運転を気にせずに飲み放題しようぜうぇーいと誘われたら、「はい、喜んで!!」と参加するだろう。

まぁ、誘われることはこのご時世当分ないだろうがな(遠い目)

娘が大人になったら、自分が飲める種類と量を教えに一緒に飲み放題したい←!?

いや、女子だからこそお酒のトラブルに巻き込まれる前に自分の酒力を知っておいたほうがいいってTwitterが言ってた!!
表紙画像は、娘画伯による「お酒を飲んで寝てるパパ」


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