手術翌日の長い一日
手術の翌日。朝から夫に会いに行った。
夫は、車椅子に座っていたが、驚くくらいグッタリしていた。
看護師が、入れかわり立ちかわり
3分おきくらいに来たが、
誰も私には見向きもしなかった。
夫が車椅子からずり落ちそうだったので、ベッドに寝かせてもらったのだが、
それがいけなかったらしく
夫は苦しげに「酸素のつまみをいっぱい回してくれ」と言った。
あわてて看護師に頼んだら
「これで精一杯です」と
すぐに立ち去ってしまった。
夫は「いいから、もっと酸素を回してくれ!」と
夫がつまみを回そうとするのを、必死に制止して、
看護師に「すごく苦しそうだけど、どうしたらいいですか」と
訊いたが、首をかしげるばかりだった。
あとから思えば、あれは、非常事態だったのだと思う。
いつもなら看護師は、家族に必ずあいさつするからだ。無視したりしない。
その時の私は、何が起きているのか、さっぱりわからなかったので、
苦しんでいる夫をただ見守るしかなく、無力だった。
そのあと、超音波のモニターを持って人が入ってきた。
「ご家族は外に出てください」と言われた。
あれよあれよという間に、夫のベッドを沢山の人が囲んでいた。
私は、どこにいればいいのかわからず、面談室で待った。
1時間たっても、誰も私を呼びに来ないので、おそるおそる病室を覗きに行った。
まだ夫のベッドを、大勢で囲んでいて、なにやらレントゲンを撮っているような音がした。
近寄れない。
もうそうなると、医師や看護師に話しかけたりする雰囲気ではない。
そのあと2時間待っても、一向に
私を呼びにくる気配もなかった。
とりあえず、一旦家に帰ろうと思った。
看護師に帰宅することを伝えても、生返事するばかりだった。
夜11時。不安で落ち着かない。
とてもじゃないが、眠れそうにない。
それで、友人に携帯から電話した。
そうしたら、自宅の電話が鳴った。
夫の主治医からだった。
「すぐ来てください。人工呼吸器をつけてICUに入ります」
「大丈夫なんですよね」と私。
「‥‥いまのところは」と小さな声で主治医が言った。
血相を変えて、身支度する。
飼い猫が「落ち着いて、落ち着いて」と言わんばかりに、こちらをじっと見つめていた。
我に返った。
タクシーで急ぐ。病院に着くまで約
30分かかった。
急いで夫の待つ部屋に走っていく。
意外にも夫は、
ベッドの上に座って
パルスオキシメーターを壊さんばかりにガチャガチャといじっていた。
そして、私にこう言った。
「ねーねー、あそこに猫がいるよ」
苦しすぎてのせん妄だった。
つづく