「生きたい気持ち」と「死にたい気持ち」の狭間で。
毎年3月は自殺対策強化月間ですが、昨日3月17日、厚生労働省と警察庁は、2019年1年間の自殺者数は、2万169人(確定値)であったと発表しました。10年連続で減ったものの2万人を超えました。また、10代では自殺率が過去最悪となっています。
日常生活において、「死生観」や「死にたい気持ち(自殺念慮/希死念慮)」については、あまり語り合われないことかもしれませんが、日本には「死にたい気持ち」を持って生きている人がたくさんいます。そして、日本では今もなお、1日に50-60人の方々が、毎日毎日、自ら命を絶っているのです。そして、それは若い世代にも言えることです。
この状況を、どのようにお感じになるでしょうか?
目を背けてはならない日本の大きな課題である、とわたしは感じています。
では、ここで、本題に入る前に、自傷行為や自殺未遂には誤解も多いので、2つのポイントをご紹介したいと思います。
・自傷行為は…繰り返されるうちにエスカレートする傾向があり、単なるアピールではない。
・自殺未遂は…「自殺の最大のリスク要因」である。
※自傷行為については、かつて(現在もなくはない)受診すると注意されたり、もう絶対しない約束をさせられたり、「適切な治療につながる」ことがかなわず、医療機関との接点を失ってしまうことがあります。
しかし、上記のように注意すべき重要なエピソードです。
なお、「自分を傷付けること」を広義に据えると、薬物依存なども該当するのですが、本日は、「死にたい気持ち(自殺念慮)」を中心に、マクロからミクロに向かってみていきます。
●日本の自殺の状況:自殺死亡率の年次推移
※H10年の上昇は、バブル崩壊による影響とする説が有力ですが、その後も変わらず高水準で推移してきたことについての定説はない。
●知ってほしい、3つの基本認識
自殺対策基本法に基づく自殺対策の基本指針である「自殺総合対策大綱」では、日本の自殺をめぐる現状を整理するとともに、次の3つの基本的な認識が示されています。
・自殺は「追い込まれた末の死」
自殺は、個人の自由な意思や選択の結果と思われがちですが、実際には、健康上の悩みをはじめ、倒産・失業・借金などの経済・生活問題、家庭問題等、さまざまな要因が複雑に絡みあった結果、心理的に追い込まれた末の死と言えます。また、自殺者の多くは、自殺の直前にうつ病などの精神疾患を発症していると言われます。
・防ぐことができる自殺がある
うつ病などの精神疾患への適切な治療により、自殺は防ぐことができます。また、そのためには、制度・慣行の見直しや相談・支援体制の整備などの社会的な取り組みも必要です。
・自殺を考えている人は悩みを抱え込みながらもサインを発している
家族や職場の同僚など、身近な人はそのサインに気づくことも多く、この気づきを自殺予防につなげていくことが課題です。
●自殺の原因・背景について
●自殺に至るまでの心理的変化
「生きたい気持ち」と「死にたい気持ち」との狭間で、「振り子」のように気持ちが揺れ動くことが知られています。その際に、サポート因子がなく、マイナス因子がある状況ですと、徐々に下の図が右に進んでいきます。
ストレス⇨動揺傾向⇨無価値観・現実逃避⇨希死念慮⇨自殺念慮⇨自殺企図
●自殺リスクには、どんなものがあるのか?
【表出】 無力感、絶望感、自殺念慮 (焦燥感)
【出来事】離別・死別、喪失、経済的破綻、親族の自殺
災害・犯罪・虐待などの外的体験
【健康面】精神疾患、慢性/進行性の疾患・疼痛・病苦
アルコールなどの乱用、セルフケアの欠如
【既往】自殺未遂、自傷行為
【環境】孤立・支援者の不在、自殺手段を得やすい環境
自殺を促す情報への暴露
●対応における、TALKの原則
自殺を考えていると打ち明けられた場合、危なそうだと気付いた場合、この「TALKの原則」に沿って対応します。
●3段階のリスクレベルに分けた、具体的な対応
・レベル1:心理的視野狭窄
まず心理的な視野を拡げることが有効です。じっくりと対話した上で、自殺以外の具体的な問題の解決法をその人に示すことが役立ちます。
・レベル2:強くて動揺する自殺念慮
自殺行動に移る時とは、考え(自殺念慮)を超えていく場合です。ですから、当面の対応として、その人が死にたい気持ちを話せる状態にする(とどまる)ことを目標とします。対応する人は、死にたい気持ちを話すことで、かえって自殺行動へ移る危険を増やしてしまうのではないかと心配するかもしれません。けれども、実際には死にたいという気持ちを話したから自殺行動に移るということはなく(数々のエビデンスあり)、むしろ緊張が少なくなったり、生きたい気持ちに注目しやすくなったりします。
・レベル3:焦燥感
すぐに行動に移る可能性が高くなった状態と言えます。安全な場所に連れて行く、自分を傷つけるような物を遠ざけるなど(自殺の手段を遠ざける)の対応を急いで行う必要があります。また、焦燥感を落ち着ける薬(向精神薬)の使用が必要となることもあります。
●大学病院での試み
わたしの母校である日本医科大学では、精神神経科と救命救急センターの連携により救急搬送された自殺企図者の再企図防止対策が実施されています。その実務担当であるケースマネジャー(主治医とは別に、主にPSW、CP、NSが担当)をさせていただいたことがあるのですが、初診から主治医に同伴し、退院後6ヶ月まで、毎月面接を実施していきます。そこでは、主治医をはじめ、地域の保健師さんや訪問看護、デイケアの方々とも連携していきます。この経験から、わたしはPSWの重要性を非常に感じました。ソーシャルサポートのプロです。さらに、CPの協力のもと、心理教育をより深められると良いのだろうという感想を持っています。
こちらのプログラムは、その有効性から日本医療の現場において、医療点数化され、Lancetにも掲載された、高い評価を受けているものです。人的コストはかかるものになりますが、広く普及してほしいと切に願っています。
つながりの中で、わたしたちは生きています。
その輪のなかに誰もがいられるように。1人1人が誰かのゲートキーパーとして、「死にたくなる気持ち」に寄り添える社会であれますように。
こころの健康相談統一ダイヤル
0570-064-556
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