自動空気ブレーキと呼ばないで
皆さんはBVEやその他鉄道系ゲームで遊ぶとき、ブレーキに種類があることに気づいたかもしれません。
具体的には
・N-B1-B2-…-B8-非常というように
「段数に比例してブレーキ力が強くなる奴」
・ユルメ-重なり-込め-非常のように
「ハンドルを操作してブレーキ力の強弱をいじる奴」
この"機構"をなんて呼んでますか。
まさか電磁直通だとか電気指令だとか、自動空気ブレーキなんて呼んでませんよね。
違いますからね。
ブレーキ"弁"の話してるんだけど
ここでは力行と制動が別々の「ツーハンドル車両」についての話題を扱います。
こういうやつ。左手で持つのが「マスコン」(マスターコントローラー)と呼ぶのはみなさんご存知だと思います。主幹制御器って言うこともありますね。
じゃあ右手はなんですか。ブレーキハンドル、それはそうなんだけど。
こいつの名前は「ブレーキ弁」または「ブレーキ設定器」と呼ぶことが多いです。正確な話をしたいときに単純に"ブレーキ"と言うんじゃあんまり良い回答ではないです。なんでブレーキと呼んじゃダメなのか?ブレーキ弁をブレーキと呼ぶ人間がめっちゃ多いせいで最初に言った「勘違い」が発生しているんですよ。
ちなみに上の写真(東武10000系列)はブレーキ設定器と呼ぶのが正しいです。
「鉄道車両の(空気)ブレーキ」の話をするとき、それはコンプレッサーから空気を供給され、ブレーキ弁でその空気の通り道を制御し、台車(または車体)に設置した装置を動かし、車輪に制輪子を当てる。この一連の流れ全ての「構造」を指します。ブレーキ弁っていうのはあくまでこの構造の一つの部品に過ぎず、ブレーキ弁単体で「鉄道車両のブレーキ」を語るのは無茶があります。
で、「鉄道車両のブレーキ」はざっくり分けて
(真空ブレーキ)→
「直通ブレーキ」→「自動空気ブレーキ(電磁自動空気ブレーキ)」
→「電磁直通ブレーキ」→「電気指令式ブレーキ」
みたいな感じで進化しています。(もちろん進化過程で様々な傍流もありましたが、日本で採用されているのはざっくりこいつらです。)
言いたいことは見えたでしょうか。自動空気ブレーキとか電磁直通ブレーキってのは「(空気)ブレーキの全体構造」の分類分けであって、「ブレーキ弁」の分類分けではないんです。
こいつらは「ブレーキ弁の内部構造」の違いによるものであって、
「(空気)ブレーキの全体構造」とは特に関係がないんです。
これは覚えて帰ってください。
なんて呼べばいいの?
違うっていうんだから正しい名前を教えてくれるんだろうな。そう思いますよね。教えます。
ただこっからは部品や仕組みの話題に片足突っ込むことになるので、頭を使うことになります。今まで頭使わずに自動空気ブレーキとか呼んできたんですから勉強です。
ブレーキ弁はなんでブレーキ"弁"って言うのでしょうか。答えは空気弁の役割をしているからです。
これは自宅に転がっていた路面電車用のブレーキ弁をひっくり返したものです。なんか穴が開いてますね。ブレーキハンドルを回すということはつまり、「穴の位置を回転させて空気配管の接続を変える」ことになります。
ブレーキ弁というのは空気配管と接続されています。一方は「コンプレッサーの空気が溜まった元空気だめ」に、一方はやがて「制輪子を動かすブレーキシリンダー」にたどり着きます。あるいはシリンダー内の圧を下げるために外気などに接続されています。
ブレーキ弁の操作というのはハンドルを動かすことで穴をずらして空気配管を接続し、空気を込めたり排出したり、あるいは適当な位置に回して配管を接続しないことで一定圧力を保つという機構です。
もうお分かりだと思いますが、これが「ハンドルを操作してブレーキ力の強弱をいじる奴」の構造的回答です。
あまりに当然で単純で明快な装置ですので、意外と各種書籍に名称が乗ってませんが、フォロワーやwikiで調べると三方向へ空気配管が伸びていることから
「三方弁」
と呼んであげるのが妥当に見えます。
(はっきり呼称が書いてある書籍見つけたら教えてくれると助かります)
具体的な空気の流れ方はwikiの図が初歩的なところまで説明しているので各ページで見ると良いと思います。
やがて時代が下り、画期的な装置が発明されます。「セルフラップ機構」です。従来の三方弁では何秒間込めれば思い通りの圧力値になるか、どうしても技量などによってムラが出てしまう場面がありました。しかしこのセルフラップを搭載したブレーキ弁を操作すれば、角度に応じていつでも(ほぼ)同じ圧力を狙い通りに保つことができます。
「角度に応じてブレーキ力が強くなる奴」の登場です。
セルフラップ弁
ブレーキ弁の名称としてはこう呼ぶのが適切でしょうか。
この機構の細かい説明は省きますが、ブレーキハンドルの軸にこの機構が取り付けられバネの力などでユルメ-重なり-込めがカラクリ的にやってくれる仕組みになっています。セルフラップというのはあくまでブレーキ弁単体で完結する機構で、ブレーキ装置全体の構造とは全く影響しません。
実際、
「ブレーキ弁に三方弁(の操作方法)を採用した電磁直通ブレーキの車両」
は相模鉄道などに登場していますし、
「ブレーキ弁にセルフラップ弁を採用した自動空気ブレーキの車両」
は国鉄DE10機関車やキハ181系などで見られます。
史実ではセルフラップ弁と電磁直通ブレーキはほぼ同時期に日本で採用されました。中途半端に片方だけ搭載するわけにもいきませんから、いわゆる戦後高性能車はほぼすべて
「ブレーキ弁にセルフラップ弁を採用した電磁直通ブレーキの車両」
でした。ここでセルフラップ弁=電磁直通ブレーキのイメージがついてしまったのかもしれませんね。
ちなみに「ブレーキ弁に三方弁を採用した車両=自動空気ブレーキ」というのも当然偽です。そもそも自動空気ブレーキよりも古い機構「直通ブレーキ」を採用した車両(現代では路面電車で多く残存しています)ではブレーキ弁に三方弁が選ばれがちだからです。
さらに時代を下ります。
いままでは「ブレーキ弁」の話題でした。なぜ"弁"というか、空気配管の接続を変える"空気弁"だからです。60年代になるとブレーキ弁に接続する空気配管の代わりに電気線を接続し、ブレーキ弁とは別の場所にある空気弁を電気的に操作しようという発想がうまれました。「電気指令式ブレーキ」の誕生です。
ブレーキ弁には空気配管もセルフラップ機構もいりません。そのかわり角度に応じてノッチが刻まれるようにカムと電気指令線のスイッチが取り付けられます。(時代ごとでそのあたりの具体的な構造は変化していきます)
こうなるともはやブレーキ"弁"と言うのは正しくありません。
「ノッチ段の位置に応じてブレーキ力が強くなる奴」は
ブレーキ設定器
と別口で呼ばれることがあります。セルフラップ弁とブレーキ設定器では操作方法が近似していますが、前者はカラクリで空気の流れを接続しているため無制限段数に対して、設定器はあらかじめ用意された電気信号司令線分(段数)しか動かすことができません。例えば国鉄205系は常用8段+非常ブレーキといったように。
ちなみにブレーキ設定器では空気配管が不要なので運転室のレイアウトに大きく影響が発生しました。横軸ハンドルの採用や、極めつけとして構造的に共通化できることからマスコンと一体化した「ワンハンドルマスコン」は、本格登場としてはここからです。
一応強調しておきますが、「電気指令式ブレーキ」は(空気)ブレーキ全体構造の種類を表す単語ですので、運転室に置いてあるやつをそう呼ぶのはあんまり良くないです。
話長くなっちゃった。
そろそろ結論いっときます。
「運転室に置いてあるやつ」はブレーキってみんな言うけど、それは「鉄道車両が採用しているブレーキ装置の構造」とは違うんだってこと、ざっくり3種類あるけどそれぞれ呼び名があるんだよってことを覚えていただけるとサハがブレーキ弁警察しなくて済みます。
上から
「ハンドルを操作してブレーキ力の強弱をいじる奴」 三方弁
「角度に応じてブレーキ力が強くなる奴」 セルフラップ弁
「ノッチ段の位置に応じてブレーキ力が強くなる奴」 ブレーキ設定器
としました。(あくまで多く目にするものの呼び方ですので、各社ごとで違ったりあるいはまったく別のもんが採用されていたりします。)
これらは鉄道の技術的革新とセットで進化していきました。例えばセルフラップ弁を採用した実車は空気が流れているからそれなりに重かったり、ブレーキ設定器はそこまで重くなかったりと。これらの進化は運転士の熟練差の影響を小さくし、時代を追うごとに反応しやすくなることで安全に繋がったりしてます。
(当然ですが、これがブレーキという話のすべてでありません。例えば機関車の自弁単弁ってなんやねんとか、路面電車を自動空気ブレーキって呼ぶんじゃねえとか、色々と話題が終わってないわけです。
もしよかったら皆さんでも調べてみてください。wikiの説明は難しいですが読み物としては面白いですよ。)