[小説]青と黒のチーズイーター 6章 「サゲイト」は誰だ 1話 ゴール直前はコケやすい
1話 ゴール直前はコケやすい
パトロールカーの外に出た途端、湿度で身体が重くなった。
意に介さず、柾木アートは走り出す。仲間の緊急事態に気が急いた。
屋台の爆発事故発生時、パク巡査部長からスガヌマとともに応援出動を指示された。てっきり群衆整理だと思ったが、クドーたちへの応援だった。
検察からの迎えを待つだけではすまなかったようだ。連絡がとれず、やっと合流したスガ警部補に先導されて走った。二分たたないうちから、額から汗が流れ落ちていく。
「このビルだ。高城ルシアの部屋は屋上らしい」
「屋上?……ああ」
よくある〝増築〟パターンだ。
エレベーターのないビルは勘でわかる。覚悟を決めて駆け上がった。
防弾ベストやガンベルトにつけた装備品——トンファー型警棒や手錠、その他が、階段をのぼるほど身体に負荷をかけてくる。うしろの寝不足バディの様子をうかがった。
少し息を切らせている程度で、スガヌマは平気な顔をしている。見目によらずタフなのはクドーと同じ。このままいける。
ただし、問題ないとはいえなかった。応援というには人数がさびしすぎた。
爆発事故に人員をとられたせいではあるが、こうなると意図的におこされた事故かと考えてしまう。副分署長の急な着任といい、制服警官からはうかがえない事情が蠢いていそうだった。
屋上にあがり、後付けされた部品みたいにはりついている家に到着する。接近しても争う物音は聞こえてこない。
鉢植えの茂みごしに、玄関をうかがってみる。
ドアがわずかに開いていた。
切迫した目をむけてくるスガヌマをおしとどめた。急がなければいけないが、焦ってもいけない。
足音を殺してドア脇にスタンバイ。スガヌマ、そしてスガ警部補と呼吸をあわせる。
突入を合図。
「警察! 動くな!」
先陣を切って突入した柾木は、ハンドガンを構えたまま、顔に不審をあらわにした。膝下までズボンの裾をめくりあげた数人が、バンザイしている状況はなんなのか。
場を主導しているのがリウであるのを見てとり、すぐに理解した。
ボディチェックだ。弾倉とハンドガンが、それぞれ別々になって散らかっていた。
「全員そのままだ! 手を上げたままでいろ」
警告したスガが、リウに踏みつけられている若い顎ヒゲに真っ先に走り寄っていった。
柾木は、スガの行動に内心で首をかしげた。
無抵抗のポーズをとってはいるが、手錠のないフリー状態の被疑者は複数いる。リウがすでに押さえているやつから確保にいくのか?
もっとも、組織犯罪係にとって、喉から手が出るほど捕まえたかったやつかもしれない。大目に見るつもりで、とがめるのはよした。
ほかの被疑者のなかに、体力的負担がとりわけ大きいやつがいた。柾木はヘビー級のスリックバックヘアを押さえにかかる。
スガヌマは、柾木のアイコンタクトを受けて動く。残っているひとり、いちばん若くて怪我もない被疑者にむかった。
どれほど頼りなさげな被疑者でも、気を抜くことはできない。慎重に手を背中にまわそうとしたところで破裂音がおこった。
突然の轟音にも身体が萎縮することはない。警官になって聞き慣れてしまった発砲音に、身体が訓練通りに反応した。
「こっちへ! 身体を低くして!」
確保しようとしていた被疑者を手錠もかけないまま、遮蔽物のあるスペースへと押し込んだ。
屋内での発砲音で耳が痛い。耳鳴りを聞き流しながら、キッチンスペースを仕切る壁に身体をそわせた。
膝撃ちの姿勢で、壁越しに現状をつかもうとする。
スガがフレデリーコと銃を奪い合っていた。
手錠をかけようと近づいたところで反撃されたのか。組織犯罪係の刑事が、そんな初歩的なミスをするとは考えにくいが、人間誰しもミスをする。
アカデミーでの記憶も新しいスガヌマが思い出すのは、もっとも警戒すべき二つのポイント、確保する直前と、確保した後の危険性だった。
一つ目はゴール手前で気が緩みやすいこと。
二つ目は確保して安堵しがちな警官と反比例して、被疑者には逃亡のチャンスが刻々となくなっていく。そんな被疑者の切迫感からの思わぬ反撃を指摘したものだった。
ベテランになるほど忘れがちになるのかも……。
ひとまずの答えを出したとき、頭に衝撃がきた。
タトゥーの暴力警官から、スガへ。
手綱を握られる相手が移ったいまが、フレデリーコにとってチャンスの訪れだった。
背後をとっているスガが、手錠をかけるために銃をヒップホルスターに戻す。手首を押さえている手が緩められたのが合図だった。振り払うようにして身体を返す。
スガの銃に手をのばした。
奪われまいとするスガの動きはワンテンポ遅い。それでいい。
もみ合いから奪いとれるはずだった。が、手にとったハンドガンが暴発した。
胸中で悲鳴をあげた。セイフティはどうした⁉︎
腹立ちまぎれに腹への蹴りを本気でいれた。勢いあまったスガが、整理棚にに派手にぶつかった。
揺れた棚から、使途不明の部品が盛大にこぼれ落ちる。騒がしい音をバックにして、視野に入った警官に銃口をむけた。こいつらがいると仕事が進まない。
「フレデリーコさん、警官は駄目だ!」
トリガーを絞るより先にナバーロが叫んだ。こいつもか。慣習にこだわる老兵は無視する。
被弾したのは、撃たせまいとしたナバーロだった。
ラミロは、図体のでかい頬ヒゲ警官に従った。言われるまま、おとなしく両膝をつく。
頃合いを計っていた。目の端で、フレデリーコの動きを追う。
スガから銃を奪いとった拍子、暴発がおこった。
規定外だった。
しかし、全員の耳目が一箇所にあつまったタイミングを逃す手はない。片方の膝を支点にして、素早く反転した。頬ヒゲの足にとりつく。両膝を抱え、上半身の力だけで跳ね上げる。目算百キロの身体を吹っ飛ばした。
向かう目標は決まっていた。
フレデリーコを床に縫いつけた、長身痩躯のタトゥー警官だ。リウへと視線の先をさだめた。
ここで殉職させてやる。