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【Vol.20 未決断は迷走に】家業倒産、大学中退、派遣社員から年収1600万リーマンになるまでの話
事なかれ主義は、組織の迷走に
人事異動によって、店長アニキは旗艦店に異動となった。
「栄転」とされていたが、肩書は「店長代理」だった。
「店長」からの降格である。
「店長代理」はこれまで存在しなかったポジションであり、会社側の配慮が見えた。
しかし、本人は明らかに落ち込んでいた。
僕自身も数年前までは、昇進して肩書きがつくことが嬉しかった。
例えばクレジットカードの申し込みをする際、肩書きに誰もが知る会社の「部長」と書けると、誇らしく感じたものだ。
だからこそ、店長アニキの気持ちは理解できる。
しかし、いざ経営側になると、肩書きは社員に気持ちよく働いてもらうための呼称に過ぎないことに気がついた。
それよりも、個人の実力や何ができるのかの方が、はるかに重要だ。
おそらく、マズローの5段階欲求でいう、「自己承認欲求」に進んだのだろう。
他者に承認されなくても、自信を持てる境地に達したのだ。
そうして今では、自身の理想を追うことに全意識が向いている。
異動でやってくる新店長は、他の代理店から転職してきた人物だった。
元の代理店でも店長を務めていたが、倒産してしまったらしい。
いつもニコニコした穏やかそうな人で、背は高くないものの、クマのように大柄だった。
ここでは「クマ店長」とする。
クマ店長は、これまでの店舗のやり方を強引に変えようとはせず、滑り出しはスムーズだった。
「機嫌の浮き沈みが激しすぎる」と評されていた店長アニキよりも、皆コミュニケーションが取りやすそうだった。
しかし、数ヶ月のうちに、クマ店長は徐々に評判を下げていった。
一言で言えば、リーダーシップがなかった。
まず、本人に営業力がなかった。
それでも、マネージャーとして機能していれば、問題にはならなかっただろう。
彼はマネージャーであって、プレイヤーではないのだから。
マネージャーの役割は、組織の成果を最大化することだ。
そのためには、リソースを配分を決め、メンバーそれぞれに力を十分に発揮してもらわなければならない。
キャリアショップに置き換えると、まず店舗として何に注力をするのかを決める。
KGI(最要目標達成指標)は当然「利益」だが、それをキャリア手数料の最大化で達成するのか、アクセサリーで稼いで達成するのか。
仮に手数料で稼ぐとすれば、「量」の指標に力を入れるのか、「率」の指標に力を入れるのか。
量ならば、獲得率を上げるのか、客数を増やすのか。
このあたりまで明確にして、初めてメンバーの動き方が定まってくる。
獲得率を上げるなら、メンバーの販売スキル向上が必要だろう。
また、すべてのお客様に丁寧に提案する必要が出てくることで、応対時間は長くなる。
その結果、当然待ち時間が延びることは避けられない。
極端に言えば、それは無視しなければならない。
何かを決めるということは、同時に「やらないこと」を決めることでもある。
「率」を高める方針を掲げながら、「応対時間を削減せよ」と指示するのは、アクセルとブレーキを同時に踏ませるようなものだからだ。
当然、この決断には勇気がいる。
しかし、どれだけ見通しが不透明だろうと、判断のための情報が不足していようと、決断しなければならない。
誰でもできることではないからこそ、マネージャーはメンバーより少数なのだ。
決断できないマネージャーは、マネージャーとは言えない。
決断をしたら、それをメンバーにきちんと認識してもらう必要がある。
どの方向性を目指すのか、それはどのような理由からなのか。
行動の判断軸となるよう伝えるのも、マネージャーの役目だ。
決断がどれほど正しくても、メンバーが実行に移さなければ成果は出ない。
決断と発信。
この両立が、マネージャーに求められる最も難しい仕事だ。
昨今、マネージャーになりたがらない若者が増えているという。
無理もない。
誰でもできる仕事ではないのだから。
クマ店長は、一見「サーバントリーダー」のようだった。
昨今では、「サーバントリーダーがよい」との意見をよく見かける。
メンバーをサポートし、奉仕する精神のリーダー像だ。
かつての「俺についてこい」型リーダー対極にある。
しかし、クマ店長は「決断」をせず、毎日数字上足りないものを網羅的にリストアップするだけだった。
これは、決断の放棄と同じだった。
次第に店内のリソースは分散し、成果は鈍化した。
メンバーからは「そんな全部やれって言われても、どうしていいかわからん」との声があがるようになった。
当然だろう。
僕自身も応対後に、あるサービスの訴求漏れに気づくことが増えた。
人間が意識し続けられるのは、せいぜい3つくらいまでだ。
それ以上は難しい。
この時の僕はまだ、店の混乱の理由を完全には把握できていなかった。
結局一年を通じて何もできず、店舗全体の成果はパッとしなかった。
一方で、個人としてはキャリアの支店内コンテストで、約1000名中、常に5位以内だった。
誇るべき数字だが、「やっぱり1位にはなれないんだな」と冷静に受け止めていた。
季節はまた春を迎えようとしていた。
そんなおり、会社からある申し出があったのだった…
To be continued...