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東京都村民生徒〜三宅島〜(15)
2000年三宅島雄山噴火③
学校再開から5日目、雄山の山頂が噴火した。
前回、前々回の噴火は山腹からの亀裂噴火で溶岩を噴出した。
しかし、今回の噴火は山頂から噴煙を噴き上げ、今までとは様相が違っていた。
山頂の崩落
7月8日の山頂噴火は規模としてそう大きくはなく、場所によってはあまり大きな爆発音を聞かなかった。
私も「あれっ、何の音⁇」という認識だった。
翌日のニュースにより、山頂の崩落を知り、愕然とした。
さまざまな高山植物に覆われて、遠足の芋を蒸したサウナ、仲良く歩くキジの親子などの姿が一瞬にして消えてなくなった、と思ったのだ。
遠足の目的地、家族や友人を案内した景勝地であった山頂がなくなってしまったということは、島の人々にとってはかり知れない喪失感をもったに違いない。
山頂に向けた固定カメラ
避難解除から終息に向かうと思われた火山活動は山頂噴火で新しいフェーズに入った。
テレビニュースには三宅島の噴火が再び取り上げられるようになった。
7月8日以降、雄山の山頂は小規模噴火を繰り返していたので、NHKは阿古中学校の屋上に雄山山頂を捉える定点カメラを設置した。
阿古中学校の校舎は正門を入って右側、阿古小学校は左に位置していた。
小学校の職員室は2階で正面に雄山、少し右を向くと阿古中学校の屋上が見えた。
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山頂噴火があるとNHKのニュースでその噴火の様子がテレビ画面に大きく映し出される。
私たちは正面の山頂から白い噴煙が上がっているのをはっきり肉眼でも見ることができる。
職員室のテレビ画面と自分が見ている雄山の山頂とを見比べる。
その両方を同時に見られるのが、何とも不思議に感じたものである。
火山性群発地震の増加
噴火は断続的に続いていたが、学校は通常通り授業を行っていた。
地震も噴火とともに増加し、その揺れも少し大きくなった。
阿古小学校の校舎は1階に2教室ほどのスペースがあり、それを取り巻くように各教室が配置されていた。
吹き抜けの2階に職員室や特別教室がある構造であった。
地震が起こるとガシャガシャと大きな音がし、後の東日本大震災の時の体育館のような軋み(きしみ)であった。
それでも人間というのは地震に慣れるものである。
震度1〜2では子どもたちも教師たちも慌てることなく授業を進めていた。
テレビを見ていると「地震速報」が画面の上に表示される。
「三宅島近海震度3 震源の深さはごく浅い」というような情報である。
当時を思い出すと結構な頻度でテレビ表示がされていた。
しかし、震度2以下はテレビ表示されない。
震度2以下の地震の方がはるかに多く発生しているのである。
ということは、地面は常に揺れているという状態にほぼ近いということになる。
子どもたちも私たちも地震に鈍感になりつつあり、「地震が起きたら机の下に」という合言葉を忘れそうだと同僚と話した。
桟橋釣り
7月中旬になると、時々山頂からの噴煙が見られ、火山性群発地震は続いてはいるが、日常生活は落ち着いていた。
少し気持ちに余裕がでてくると釣りがしたくなる。
しかし都道から離れて磯場での釣りをするのはさすがに危険でできない。
でも、どうしても釣りがしたい!
それならばと錆が浜港の桟橋で釣りをすることにした。
桟橋とは言っても島の桟橋は一級の釣り場なのである。
ある日、カゴ釣り仕掛けで桟橋から沖へ投げ釣りをした。
やはり釣りはいい‼︎
メジナや小さなメジマグロでも掛かってくれれば儲けもの、と思っていた。
海は穏やかだが、後方を振り返って見上げると雄山の山頂は白い噴煙が上がっている。
噴火のことはしばし忘れて「浮き」に集中することにした。
(今日は大きな噴火は起こらないよな、と願いつつ)
すると程なくしてあたりがあった。
浮きがすっと沈んで行く。
メジナかそれとも・・・
勢いよく獲物は左右に走る。
どうも青物(アジ、サバ類の回遊魚)のようだ。
グッと竿を引き寄せ、手にしたのは
ゴマサバだった。
35cmを超える立派なサバである。
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その後は入れ喰いである。
次から次へと釣れてリールを巻く手が疲れてきた。
終いには餌をつけずに投げ込んでも型のいいゴマサバが釣れた!
注:釣り人は釣れないとつまらないが、釣れ過ぎてもつまらない
別の日にも竿を出した。
初めに小型のカンパチが釣れた。
さらにあたりがあり、竿を立てリールを巻くとスゥッと軽くなり水面からトビウオが飛び出してきた。
水面をジャンプするように足元まで寄っきて、引き抜く。
それからはまたトビウオの入れ喰いである。
先輩から譲り受けた大型冷凍庫がゴマサバとトビウオで満杯になった。
大型のゴマサバやトビウオは初めて釣った。
同僚や島人の話によると、やはり噴火によって海の様相が変わってしまったのだろう、ということだった。トビウオはたまに釣れるが桟橋から入れ喰いになったという話は聞いたことがない、とのことだ。
噴火により海の中も何かが変化しているということなのだろう。
雄山山頂大噴火
雄山の噴火は小康状態のまま1学期の終業式を迎えた。
終業式で校長は、身の安全は自分で守ること、どこにいるかは必ず担任や学校に知らせることを子どもたちに話した。
そして全員元気に2学期を迎えることを約束し合った。
夏休みに入ると本土の親族・知り合いのところに身を寄せる子どもも多くなり、子どもたちの所在の把握が教員の主な業務となった。
夏休みのプールなどのイベントは全て中止である。
教職員も休みを利用して本土に帰る者、旅行に行く者もいた。
私にも噴火前から計画していた両親・家族との旅行の予定があった。
旅行には行かない方がいいかと、校長に相談すると、状況は今後も不透明だから行ける時に行っておいで、と背中を押してもらった。
8月18日、テレビをつけると画面一面に雄山の大噴火の様子が映し出されていた。
噴煙は14.000mまで上がり今までの雄山噴火の規模をはるかに超えていた。
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ハワイのホテルにいた私は唖然とテレビを見つめることしかできなかった。
帰国するまで私の心はブルーのままだった。
ブルーハワイ?である。
そして雄山の噴火は第3フェーズに入った。
続く