東京都村民生活〜三宅島〜(8)
天国の島その2:磯釣り③
ビギナーズラックで45㎝超のメジナを釣ってからは海の様子が気になって仕方がなくなった。
今日は北風が強いから、南の磯場にはいれるか?
今日は西風が強いから東の坪田港の岸壁が安全か?などなど
魚の強い引きが忘れられない。
島への単身赴任の理由は管理職や管理職候補として派遣される人、島の魅力に惹きつけられて希望した人など様々であるが、島の釣りに魅せられた人もいる。
もちろん職務はしっかりやるが、勤務時間外はやりたいことに集中できる。
私は単身赴任が初めて、一人暮らしも初めて、早く本土での研修日が来ないか、長期の休みにならないか、家族でいっしょに食事がしたいなどと思っていた。
本土に帰りたい・・・が、早く島にも帰りたくなった。
磯釣りのせいである。
本土での研修が終わると「上州屋」に行った。
釣り人なら知らない人がいない上州屋である。
大物メジナを釣ったのはA先生から借りた竿である。
そこで、磯釣り用の竿、リール、道糸、浮き、針、錘など磯釣りに使う一通りを店員さんと相談しながら揃えることにした。
私「あの〜、磯釣りの竿やリールなど一式が欲しいんですけど」
店員さん「どんな釣法ですか?何を狙うんですか?どこの磯ですか?」
私「え〜と、確かフカセ釣りで、魚はメジナで、三宅島で使いたいんですが・・・」
釣りを甘くみていた。
竿とリールと針があれは魚は釣れる、と思っていたがそういうわけではない。
竿だけでもどこの場所で使うか、どんな魚をターゲットにするか、長さはどうするか、太さ・硬さ・調子はどうするか、などなど。
リールも同様である。
道糸も錘も針も全部同様なのである。
その組み合わせは無限大!
さらに、
自分の好みの組み合わせは?
釣り場の状況に合わせたセッティングはどうするのか?
どんどん磯釣りの沼にハマっていく
上京するたびに上州屋に通うのが、楽しみであり、必然となった。
赴任当初、家族と別れて島に戻るのはやはり少し気が重かった。
しかし、磯釣りに出会ってからは帰島する日になると早く戻りたい、と思うのである。
『お気に入りの磯場はもう誰かが入ってしまっているだろうなぁ』と考えるとムズムズしてくるのである。
そこで羽田空港から三宅島行きの午後便を予約する。
船便との差額は自腹である。
大好きなYS11で3時過ぎには三宅島空港に着く。
住宅に戻って、磯釣りの用意をして磯場に行けば、夕まずめに間に合う!
そして、またしても大物ゲットである、と夢のスケジュールを組み立てる。
風は穏やか、飛行日和。
さぁ、羽田空港へ行こう。
手には上州屋で買ったプラスチックケースに入った磯竿。
バッグの中には新品の箱に入ったリール。
『大物メジナ、待ってろよ!』と気分はもう夕方の磯に立ち竿を出している釣り人である。
自宅から羽田空港まで約1時間。
どの磯場に入ろうか?
先客がいたら、その横に入れてもらうか、それとも違う磯に変しようか?
前回より当たりが出やすい、細いハリス(針に結びつける先糸)にしようか?
でも大物がかかると切れやすいからなぁ、などと考えているとすぐに1時間は経ってしまう。
羽田空港到着、乗る便はANAの系列なのでANAの搭乗カウンターに向かう。
そして、大きな電光掲示板のフライトスケジュールを見上げる。
『んっ?あれは何だ⁇』
三宅島行き「強風 調査中」の表示が目に入った。
『おいおい、ウソだろう。羽田空港はそよ風だぞー』と心の中で叫ぶ‼︎
「調査中」とは三宅島空港に着陸できるか風の強さや方向を検討しているということである。
程なくして胸に突き刺さるアナウンスが聞こえてくる。
「羽田発三宅島行きの便は横風が強く欠航となります」
全身脱力・・・夕まずめに磯に入って釣りをする夢は儚く終わったのである。
忘れではいけない。
三宅島は風の島でもあったことを。
10m/s以上の風は東京の10倍吹くことを!
羽田空港〜三宅島空港の欠航率が定期航路で一番高いことを!
羽田空港のそよ風を感じながらしみじみ思うのである。
次に考えることは竹芝桟橋から東海汽船の船便である。
22: 30発なので時間がたっぷりある。
また1時間かけて家に戻る。
この1時間はとても長い。
時間とは人間にとって一定なものではない、とるいうことが頭をめぐる。
ドアホンをピンポ〜ンと鳴らす。
「どちら様?」と嫁さんの声。
無言で玄関のドアを開ける。
「どうして帰ってきたの?
忘れ物?」
そうです、忘れていました三宅島が風の島であることを
およそ3時間後、家を出て暗くなった夜道を歩き、竹芝桟橋に向かう。
今日は家族と一食多く食事ができたてよかった、と考えることにしよう。
桟橋を離れる「すとれちあ丸」は穏やかに東京湾に出ていくのである。
続く