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取材日記⑤ たかがペッパー、されどペッパー
今日の関東6大学リーグの取材でのこと。
朝9時半。第1試合の試合前、神宮球場のグラウンドでは明慶大がバッティング練習に入ろうとしていた。
三番を打つドラフト候補・宗田選手がグラウンドへ出てきて、バッティングケージに入る前にその後ろでペッパーを始めた。
僕は、なんとなくペッパーを見始めた。
1球目。右投げの選手が緩い球を投げると、宗田選手が打ち返す。
打球はワンバウンドで投げた選手の胸のあたりに返った。
2球目も、3球目も、計ったように同じところへ打球が返っていった。
巧打者はペッパーもうまいものだけど、ここまで正確に打ち返せる選手は珍しい。
たいていの選手は、空振りはしないまでも、多少の打ち損じはあるものだ。
そこから僕の目は彼のバットコントロールにくぎ付けになった。
6球目。宗田選手は「左へ行くよ」と言った。
すると、投げる選手がバックハンドで捕れるところへワンバウンドで打球が飛んだ。
7球目も同じ。
8球目。今度は「右」と言うと、左手を伸ばして捕れるところへ。
9球目もそこへ飛んだ。
10球目。「ラスト、ノーバン」と言うと、ライナーで顔の前に打球が飛んだ。
打球を打ちたいように打っている。いや、操っている感じだ。
宗田選手がケージに入った。鋭いライナーが右へ、左へ飛んだ。
明慶大のバッティング練習が終わった。
選手たちはいったんベンチ裏へ引き上げた。5分ほどのミーティングのあと、宗田選手がベンチに座ったところで、僕は声を掛けた。
「ちょっと話していい?」
「あ、いいですよ」
「ペッパー、なんであんなに正確に打てるの?」
「なんでって、そうですね……。集中してるから、ですかね」
「集中?」
「はい。ペッパーって、なんのためにするんだと思います?」
逆取材された。試されているのかもしれない。
「こうやって打ったら、こういう打球が飛ぶっていう感覚を確かめるため、かな?」
「それもあります。でも、僕にとっては試合の1球と同じなんです」
「というと?」
「しっかり構えて、集中してボールを見て、打つ。ペッパーの1球でこの基本ができないと、試合で打てるはずないですから」
「練習のための練習ではない、と?」
「はい。ある意味、真剣勝負ですね。『たかがペッパー、されどペッパー』です」
「いつからその意識でやってるの?」
「中学時代のコーチに教わったんです。『ペッパーは大事なんだぞ。たかがペッパー、されどペッパーだ』って。ペッパーの1球目から正確にミートできれば、試合の1打席目にも集中して入れます」
「いいことが訊けた。ありがとう! 試合前の大事な時間に」
「大丈夫です。ペッパーのことは初めて訊かれたので、ちょっとびっくりしましたけど」宗田選手は笑顔で答えてくれた。
練習の1球も、けっしておろそかにしないーー試合前のふとした瞬間だったけど、彼の姿勢が垣間見えた貴重な時間だった。
※この取材日記はフィクションです