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電車の中で宇宙人に会った話
まあ、別に信じていただかなくてもいいのですが、今放送中の人気ドラマ『ホットスポット』を観ているうちに、私、昔、勤め人をしていた頃の記憶が唐突にフラッシュバックしてしまいました。
どうしようか迷ったのですが、思い切ってここに書いてみることにします。
それが普通のおじさんとおばさんだったのよ
ドラマ『ホットスポット』は市川実日子演じる富士山麓の町のビジネスホテルに勤めるシングルマザーの主人公・遠藤清美が、ある日、宇宙人に出会ったことから日常に変化が生じる様子を描いた物語です。
宇宙人は主人公と同じホテルで働く中年男性(角田晃広)で、特殊な能力を持ちながらも地球人とまったく同じ外見で、主人公やその友人たちと他愛ない話題で盛り上がったり、ときには彼女たちの頼み事を聞いたりしながらコミカルなやりとりを繰り広げます。
ところがその、かゆいところに手が届くバカリズム脚本のすばらしさに感動しながら観ているうちに、私、急に、ずっと昔の古い、不思議な記憶を思い出しました。
そういえば、私の周りにも、宇宙人に会ったことがあるって言ってた人がいた。
その人は上町さん(仮名)といい、当時私が店員として働いていたファッションブランド「C」の同僚でした。
客がまばらな午後の時間、どうでもいい話でひまを潰すのがショップ店員の日常ですが、ある日の休憩時間、数人のスタッフで話すうちにふと怪談話になりました。
そのとき、上町さんが真顔で皆に言ったのです。
「あたし、ユーレイは見たことないけど、宇宙人なら会ったことある」
私はそのとき、え? と上町さんの顔を見ました。というのは、私のような学生時代に雑誌『ムー』を愛読していた者ならともかく、上町さんのような、学生時代は髪をオレンジ色に染め、耳にはルーズリーフのごとく輪っかピアスをずらりと並べ、ロックな青春を謳歌していた人の口から出る言葉とも思えなかったからです。
私は当然、食いつきました。
「なにそれ、いつ、どこで会ったの?」
すると上町さんは答えました。
「何年か前に、山手線の中で。見た目は普通のおじさんとおばさんだったの。その人たち、あたしと同じ車両のドア近くに立ってたんだけど、でもあたし、なんでか、この人たち宇宙人だ! ってすぐわかったの」
「どうやってわかったの?」
「わかんない。でも勘なの。ああこのひとたちなんかおかしい、絶対に宇宙人だって。そしたらもう怖くなっちゃって、目が合わないようにあたし、まっすぐ前見て吊革につかまってたんだけど、どういうわけかばれちゃったの」
「ばれた?」
「そうなの、あたしがあのひとたちが宇宙人だってわかったこと、なんでか気づかれちゃったんだよね。でもそうしたらそのときなんだよ、急に、頭の中がカーッと膨張して、焼けるように熱くなったの」
「頭が?」
私は他の同僚と顔を見合わせました。上町さんは、普段そういうことを言う人ではありません。なんならこの一か月後、映画『リアリティ・バイツ』(ベン・スティラー監督の青春映画、1994年公開)を観て感動し、その勢いで「やっぱりあたしには自由が必要なんだわ」と叫んで店を辞めてしまったぐらいです。
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だからそのときも、そうなんだ、すごいね、みたいな感じになっただけで話は終わりました。
なにそれ、なんの話?
ところがそれから数か月後、私は、上町さんが脳腫瘍の摘出手術をしたという知らせを聞きました。
なんでも店を辞めてからずっと原因不明の頭痛が続いていたらしく、幸い、実家が裕福なのと、発見が早かったことですみやかに治療ができたという話でした。
そしてさらにそれから半年後、店がパリの本店の指示でファッションショーをやることになり、あまりにも人が足りないというので、かつてスタッフとして働いていた人たちにバイトを頼むことになりました。
そのうちのひとりとしてカムバックしてきたのが上町さんでした。
手術の時に髪を剃ったのでしょう、肩のところまであった長さの髪がセシルカットになった上町さんは、大病をしたせいか、以前のとんがった感じはなくなり、だいぶ雰囲気が柔らかくなっていました。
もとどおりに働けるようになってよかったな、と思う反面、私はどこかで、あのとき上町さんが休憩室で語った「宇宙人の話」がずっと気になっていました。
だから、お昼休憩になるのを待ち、思い切って彼女に聞いたんです。
「ねえ上ちゃん、あのときの宇宙人の話、よかったら詳しく聞かせてくれない?」
すると、上町さんはきょとんとした顔で私に言いました。
「なにそれ、なんの話?」
今度は私が驚く番でした。え、だからあの、あんたが店やめる少し前に休憩室で話してた宇宙人の話だよ、ほら、山手線の中におじさんとおばさんがってやつ、などと、かなり食い下がったのですが、上町さんはうーん、と首をひねるばかりです。
結局、上町さんは最後までその話を思い出してくれることはありませんでした。
世界をちがう眼鏡で見る
私はそれきり、その話を長いこと忘れていました。
でも今、あらためて思いだしても、どうにも納得いきません。
だって、10年前や20年前の出来事ならともかく、たった一年前の、しかもそんな変なエピソードを忘れることなんてできるのでしょうか。
随分時間をかけて考えた末、もしかしたら、と私はふと思いつきました。
上町さんは、脳腫瘍の摘出手術をした際、その記憶が入っていた部分も一緒に切除してしまったんじゃないだろうかと。
もしそうであれば納得がいきます。
あれほど見事に一年前の記憶を忘れていたというのも、おそらく、その部分の記憶が入っていた脳細胞を丸ごと取り去るか、手術の際にシナプスを切るかどうかしちゃったからに違いない。
そういうことなら話はわかる、科学的にもつじつまが合う。
元来、わからないものをわからないままにしておくのが大嫌いな性分なので、ああそういうことか、ようやく納得しかけたとき、私は、また余計なことを思い出してしまいました。
宇宙人の話を聞いたときの、上ちゃんの言葉です。
「そうなの、あたしがあのひとたちが宇宙人だってわかったこと、なんでか気づかれちゃったんだよね。でもそうしたらそのときなんだよ、急に、頭の中がカーッと膨張して、焼けるように熱くなったの」
雑誌『ムー』を一度でも読んだことのある方ならおわかりかと思いますが、
これって宇宙人ネタでは典型的な『奴らによる証拠隠滅仕草』です。
ここまで思いを馳せたとき、私は正直、うわーいやだなー、という気分になりました。
ここから先に進めば陰謀論というか、きっと『Xファイル』的な世界に行っちゃうのでしょうが、私はそういうのは好みません。
だって、日常は大事だから。
でも同時に、人生、たまにはそういうことがひとつふたつあってもいいのでは、という気持ちになったのも確かです。
というのは、ドラマ『ホットスポット』を観ているときに私が感じた、あのえもいわれぬワクワク感って、退屈な日常にちょっとだけ異質なエッセンスが加わることで、逆に、それまでそこにあったものが、その異質なものに反射してイキイキと輝きはじめることからくるんじゃないかと思ったからです。
とりたててなんの変哲もない、地方のビジネスホテルとか、
昭和感満載の、テーブルがなにやらべとついていそうなレトロな喫茶店とか、
国道沿いの、絶対おいしくないお弁当とか売っていそうなコンビニとか。
なんだかそういうものが、ああやってドラマに登場することで、なんだかいとおしいものとしてリフレーミングされてしまう。
前作『ブラッシュアップライフ』といい、バカリズムという人は、そういうことが自在にできる魔術師のような方だと思います。
この世界はもしかしたら、私が思っているようなものではないかもしれない。
でも同時に、今ここにあるものを、かけがえのないものとして大事にしたい。
私は、あのドラマを観ているとそのような気持ちになりますし、
上ちゃんの宇宙人の話も、もしかしたら同じカテゴリーの中に入れているのかもしれません。
たまに別の眼鏡をかけると、世界はまったくちがって見える。
それこそ創作の醍醐味です。
私もいつか、そのようなお話を書いてみたいと思ってます。
いま調べたら、ドラマ『ホットスポット』に出てくる喫茶店、ドラマが人気になった影響で観光名所になってるそうです。
ちょっと行ってみたい気もするけど、パフェ食べるのに三時間待ちはさすがにいやだなあ。
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