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第九話【影の追跡者】
イシュレナの神殿へ向かう道のりは、荒涼とした大地が続いていた。
吹きすさぶ風が砂塵を巻き上げ、遠くには廃墟と化した村の残骸が見える。リリアとエルヴィンは、その風景を無言のまま見つめながら
歩き続けていた。
「……何か、感じるか?」
エルヴィンが不意に問いかけた。
彼の視線は険しく、背後を警戒するようにわずかに肩をこわばらせている。
「……うん。誰かが、私たちを追っている」
リリアもまた、背中に何か視線を感じていた。決して気のせいではない。まるで、自分たちの行動すべてを監視しているかのような、
冷たく鋭い気配。
エルヴィンは剣の柄に手をかけた。
「……来るぞ」
その言葉と同時に、砂嵐の向こうから黒い影が現れた。
「やっと見つけた」
低く響く声。影の中から姿を現したのは、
黒いフードをまとった男だった。
彼の顔はほとんど見えず、ただ黄金色に光る瞳だけが不気味に輝いている。
「お前たちが“封印の祭壇”を目指すことは分かっていた。
だが、そう簡単に行かせるわけにはいかない」
リリアは身構えた。彼の持つ気配は、尋常ではない。
まるでこの空間そのものが重くなるような、圧迫感のある存在感だった。
「……あなたは、誰?」
男は微かに笑った。
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「俺の名か……名乗る価値があるかどうか分からんな。ただ、俺は“影の追跡者”と呼ばれている」
「影の……追跡者?」
エルヴィンが低く呟く。すると、男はゆっくりと歩を進めた。
「お前たちが封印を解くことを望まない者がいる。
その者の命を受け、俺はここにいる。それだけの話だ」
「望まない者?……」
リリアは、拳を握りしめる。彼らの行動を阻む者がいる。
それが誰なのか、まだ確定してはいないが、
少なくともこの男は何者かの手先であることは間違いない。
「だが……」
エルヴィンはゆっくりと剣を抜く。
「俺たちの行く手を阻むなら、容赦はしない」
「ほう……その気概、悪くない」
男は袖の中から黒い短剣を取り出した。
それは異様な光を帯びており、
まるで闇そのものを凝縮したような武器だった。
「では、試させてもらおうか。
お前たちが本当に封印の鍵を握るに値する者かどうかを」
次の瞬間、男の姿がかき消えた。
「消えた!?」
リリアが驚く間もなく、エルヴィンは即座に剣を振るった。
鋭い金属音が響き、男の短剣が間一髪のところで
エルヴィンの剣に弾かれた。
「速い……!」
男は笑みを浮かべながら、軽やかに後方へ跳躍する。
「なかなかやるな。だが、これで終わりではないぞ」
風が唸り、再び男が姿を消す。
「リリア、背後だ!」
エルヴィンの叫びが響く。
リリアは素早く身を屈め、男の刃が空を切るのを感じた。
「……簡単にはやられないわ!」
リリアは手のひらを開き、刻印の力を解放する。
白銀の光が彼女の周囲を包み込み、男の動きをわずかに鈍らせた。
「ほう……これが“白銀の刻印”の力か」
男は面白そうに呟いた。
「ならば、俺も少し本気を出してやろう」
その言葉とともに、男の身体が黒い霧に包まれた。
「これは……!?」
リリアとエルヴィンは戦闘態勢を整え、次の瞬間に備える。
暗闇の中、影の追跡者の本当の力が解き放たれようとしていた――。
続く