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【打開の翼】第13話「転科」

翌日成保さんの病室に行くと、6人の大部屋に笑い声が響いていた。
成保は包帯はまかれていたが、リクライニングできるベッドを上げて
上体を起こして同部屋の人たちと絶えず会話し、他の隊員達と一緒にげらげら笑っていた。

「あははは!地域で言葉の意味変わるあるあるだな。『ほかす』『なげる』問題とか。」
「いや、そら方言色強いからわかるで?せやけどこら疑問。なんで手袋を『履く』って言うねん」
「いや、手袋は『履く』だろ。」
「『はめる』やろ!」
「『する』じゃねえの?」
「え!?そうなん?北は『履く』で西が『はめる』で東は『する』?」
「手袋するって、手袋となにすんだ?」
「手袋となんかするんじゃなくて手袋をするんだよ!」
「隠語みたいになっとるやんけ!あはは!ほな『これは他の地域にはないやろ』て思う方言ない?クイズに出してみてや!」
「んー…あ!これはねーべっつのある!『かっぽり』」
「かっぽり~?」
「かっぽりは『する』もんだな。うん。」
「ヒントかそれ!?エロいことか!?」
「おめーの頭ン中そればっかかよ!」

「あのー…」
「あ!柚ちゃん!来てくれたん!?」
「お、成保のカノジョか?」
「そうやったらよかってんけどな~。チームメイトや。」
「元気そうで何よりです」
「ここは軽症やった奴らの雑居房やからな」
「房じぇねえよ!けっこうな怪我だったくせに運が良かった奴のたまり場だよ。」
「柚さん、はじめまして。こんなのと一緒とか最悪だろ~うちに来ない?」
「うるさいわ!柚ちゃんはうちのもんや!ここやかましいからあっちで話そか」

成保はベッドから降りると、立てかけてあった松葉杖をついて病室を出て
ドアを閉めると病室の前の椅子に腰かける。

「歩けるんですか!?」
「歩けなトイレに行かれへんやろ~(笑)」
「…………」
「だーいじょうぶやて!この大部屋に居るのは軽症やからや。
 重傷やったら集中治療室とかそんなとこにおるやろ?」
「右腕…動かないんですか…?」
「ああ、動かないんやなくて『動かさない』だけ。
 動くねんけど、動かすと痛いねん。」
「…………」
「俺、痛みには逆らわへんことにしとるねん。
 『動かすと痛い』ってのは身体が『今その動作したらあかん』って教えてるってことやさかいな。
 ほんま人間の体ってのはようできとるわ~」
「…………」
「…口径のデカい銃で撃ちぬかれて貫通した。みたいな状態。
 でも動かすことがでけるってことは大事なとこはイカレてへんってことやろ?
 あの龍、俺の腕と腿に牙ブッ刺して、あとは甘噛み状態やったんや。
 あいつ絶対歯医者好かんタイプやで?歯並び悪い龍で助かったわ!あははは!」
「…私を庇ったせいで…ごめんなさい…」
「あのなあ、そういう時は『ごめんなさい』やなくて『ありがとう』でええねん。
 『ごめんなさい』は悪いことしたときに言う言葉や。
 勝手に庇うて勝手に噛まれたんは俺や。柚ちゃんは何一つ悪いことしてへんやろ。
 それとも俺がしたんか?」
「いいえ…あの…ありがとうございます」
「おう!俺も…ありがとうな。」
「…え?」
「いっつも助けてくれてるやん!こういうのお互いさまっちゅーんちゃうん?
 復帰したらまた背中預けさせてや?」
「はい!」

しばらく雑談して、私は帰った。
部屋に戻った成保さんは同室の人たちに羨ましがられる

「かわいい子だな~クッソうらやましい」
「せやろ~?ええ子やねん。俺が今生きとんのはあの子のおかげや…」
「愛の力ってか~?お前、運び込まれた時も『天使が助けてくれた』だの言って…結構ロマンチストだよな」
「詩人やねん」
「ガラじゃねえ~~刺青チャラ男が(笑)」
「俺見てたけど、あれエアユサールだよな?全滅って聞いてたからびっくりした」
「あんな凄腕の奴、一般兵じぇねえべ。隊長クラスの誰かが緊急出動してくれたんでね?」
「ちゃうわ。」
「…………」
「俺は…………ほんまに天使に助けられたんや…」
「…………」
「…お迎えの天使じゃなくて良かったな」
「(微笑)せやな…」

成保はベッドに寝て天井を見上げる。

(朦朧とはしとったけど…意識はあった…
 姿は戦闘服で分かれへんかったけど…
 『持ちこたえてください。』て言われた…声は隠せへん…
 誤魔化したけど…ほんまに…『ありがとう』な…)


成保さんの病室から帰った私は、自室へ行かずに隊長室へ向かった。

「隊長。転科願いを出すにはどうしたらいいですか?」
「…………私に言えば良い。私がお前の評価を添えて本部に書類を提出する。
 受理されればそれで完了だ。」
「では、エアユサールに転科させてください!」
「…………一応決まりだから聞くが、何故だ?」
「先日、エアユサールを体験させていただいて…
 私の戦い方は鳥瞰した判断の仕方をしていたのが分かりました。
 ソルジャーが嫌なわけではありません。
 でもソルジャーの視点は地上なので…頭で補完して戦っていました…
 最初から空中にいた方が、もっと成保さんと充斗さんを守れるんじゃないかと…」
「昨日の今日だぞ?十分考えたのか?勢いではないか?」
「長考すれば良い答えが出るとは限りません。
 今日成保さんのお見舞いに行ってきました。」
「元気だったろ」
「元気に…ふるまってくれました」
「…………」
「私を庇ったせいでごめんなさい…って言ったら
 『ごめんなさいじゃなくありがとうだ』と…
 『ごめんなさい』は悪いことをしたときに言う言葉だと…
 『俺も、いつも助けてくれてありがとう』と言ってくれました。
 そして…『お互い様だ』って。」
「…………」
「私はソルジャーのままでは成保さんを助けられませんでした。
 本当の『お互い様』になりたいんです!」

隊長は無言で書類に書き込むと機械に通す。
PCはあるけど、改ざんすることができない紙に自筆で書かれた書類を残すことが必要なのだろう。

「夜には装備が届く。届き次第連絡する。武器はラステとエクスと…一応ブリッツアローもつけといたが、これは練習しておけ。」
「え…あの…審査とか…そういうのは…」
「ソルジャーとしての実戦経験8カ月。評価B、後衛特化。
 エアユサールとしての実践経験1度。評価S、エネルギー管理・武器の扱い・飛行軌道、全てにおいて即戦力とみなす。
 これで受理されなければ、本部に殴りこんでやる。」
「B…………ちょっと落ち込みます…………」
「ははは!それは後衛特化だからだ。お前は前線に出るタイプじゃない。
 ソルジャーは歩兵の要だ。前線に出なければいけない場面の方が多い。
 8カ月見てそれができないというのはやはりB(可)の評価しかできない。
 比べて1度だけとはいえ、借り物の装備で全く問題なく飛行できること自体高評価せざるを得ない。
 まあ…とっさに選んだ武器だったからしょうがないが、ブリッツアローの扱いは褒められなかったがな。」
「うう…………」
「ちなみに私の新人卒業時の評価はAだ。エネルギー管理・武器の扱いはSだったが、飛行がCだ。
 致命的なんだよ。短距離しか飛べないエアユサールなんて。大まけにまけてしかたなくAだ!」
「…………お察しします…………」
「私は反対しない。お前がお前の意思に従って決定したことなら。」
「はい!ありがとうございます!」
「ああ…一応気にしてたら…と思って言っておくが…
 あの現場でドラゴンに食われて弄ばれていた成保以外の隊員は…
 あの時点ですべて…すでに絶命していた。」
「!」
「『成保しか助けられなかった』などと思うな。元々救えなかった。
 私も一応エアユサールの装備だからね。ヘルメットに望遠機能がついてる。
 伊達に何年も実戦を生き抜いていない。断言できる。」
「…亡くなっていたんですか…」
「案の定、弄んでいたドラゴンが食いちぎったり咥えるのをやめて落下した兵士たちは
 検死の結果…落下ダメージで死亡した者は一人もいなかった。」
「落下…」
「成保を救出した後、残りを倒せと言って無理やり行かせた時
 もうドラゴンたちは何も咥えていなかったろ?」
「あ…そういえば…………」
「人が居たら、お前のことだから、多分あんな撃ち方はできなかっただろう。
 とはいえ、成保もぎりぎりだった。
 傷の位置は運が良くても、あのまま弄ばれていたら、出血で死んでいただろう。
 間違いなくお前は、あの時点での唯一の生存者を、救出した。」
「はい…」
「ま、部屋で吉報を待て。」
「あの…成保さんは右腕を動かせない状態でした…復帰できるんでしょうか…」
「診断結果を見たが、傷自体は良いのだが、利き腕だからな…
 腿もやられてるから、あの跳ねまわる戦闘スタイルだと、復帰まで1カ月は見るべきだろう。」
「1カ月…」
「それまで充斗とのツーマンセルになるが、お前たちならやっていけるだろう。」

私は隊長に礼をして部屋を出ると自室へ帰った。

隊長は本部からの返信を読む。

(ふん。受理か。当然だ。
 本来、新人期間は兵科の適性を見る期間でもある。
 大抵は隊長判断で不適切とみなされ強制転科だ。
 自分から変えたいというのは少ないが、他を試す機会がないというのもあって言い出せないだけだ。
 柚は1回の出動だったが本当は3年の経験があるエアユサールだ。
 エネルギー全てを使うエクス単発打ちができる上に負傷者の救出ができる奴に訓練なんぞ要るもんか。
 何も心配はない。何も…………)

<つづく>

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