【打開の翼】第20話「従うもの」
3人で成保の部屋へ戻る。
「…………」
成保は無言でベッドに座ったまま床をぼんやりと見つめていた。
充斗が成保の隣に座る。そして自分のベッドに私と坂本さんが座るように手で促す。
そして充斗は落ち着いた声で話しかける。
「早かったか?」
「…………いや…………気ぃ遣わせたな…………」
「お前は気ぃ遣わんでええねん。」
「…………」
「先に言うとくわ。お前の好きにしたらええ。」
「…………」
「俺は、お前の決断を受け入れる。」
「…………俺は…考えんのは苦手や…………感じたままに生きとる…………
せやから…………思ったままに…………したいことしてええか…?」
「ええで。」
私は緊張する。
「なあ、えーと…さ…誰さん…やっけ?」
「あ、坂本です。えっと、成保さんが入院されてた方ですよね?」
「ああ、そうやけど…」
坂本さんは私たちと出会ったときの話と共に成保に改めて自己紹介する。
「そうか…知り合いやったんか…」
「お前のベッドにたっぷり屁ぇこいとけ言うたのに、こいてくれへんかったわ。」
「当たり前やろ…あほ」
「ははは!で、坂本さんに何や?」
「あ…うん…あのドラマ人気なんやろ?…………主題歌の音源…録音してくれへんか?」
「…だったらダウンロードしてあるよ。配信サイトで人気だからね。
スマホは自室へ置いてきたから取りに行ってくる。」
「ありがとな…」
坂本は部屋を出て行った。
私たちは外界との通信は遮断されてる。
スマホを持ってても電話はもちろんネットもできない。
ただしダウンロードタイプのオフラインゲームや音楽、電子書籍などは娯楽品として許可されている。
専用の固定端末につないでIDカードを挿すことで
好きなものをダウンロードして楽しむことができる。
「で…次は充斗と柚ちゃんにお願いしたいねん」
「なんや?」
「?」
「ギターと弾ける場所を探してほしい…」
「…………ギターって…………あるかな…」
「そういう時は物知りの年寄りに聞くんがセオリーやろ?」
「…そう言って来たことを知ったらどうなるか見たいんで言っていいですか?」
「かんにんやで…柚ちゃん…俺、まだ死にとうない…」
私と充斗は隊長の元へ行き、成保の事情を話す。
「マジか…そのドラマは毎週見てるが…あれが成保の曲…?
野生のプロというのは本当に居るのだな…」
「毎週見とるんかい…」
「で…ギターなんてあるんでしょうか…」
「プロが満足できるかはわからないが…
パーティー用に楽器は色々ある。」
「パーティー?」
「平和な時はクリスマスパーティーとかやることもあるんだよ。
場所は集会場で良いだろう。
楽器の貸出と部屋の使用許可は出してやる。そのかわり…私にも観覧させろ。」
「そらもう!」
「むしろぜひ!」
隊長に案内された倉庫に行くと、ほこりをかぶった布の下に楽器があった。
「ずっと使われてないみたい…」
ギターはアコースティックもエレキも数本あった。
隊長はその中から一本手に取ると軽く弾いて見る
「隊長弾けるん!?」
「少しだけな。うーん…これが一番マシそうだったんだが…
ダメだな。弦を張り替えておく。
充斗はアンプとスピーカーの準備してくれ。
柚は成保を呼んで来い。それまでに済ませておく。」
「はい!」
私は急いで成保の部屋へ行く。
と、すでに坂本が来ていて、成保は坂本の持って来たスマホで曲をじっと聴いていた。
「会場と楽器揃いましたよ!」
「ホンマか…?坂本さんも来てくれ…」
「あ、うん」
「こっちです!」
集会場へ向かうと、一角に小型のスピーカーとアンプ
そしてギターが用意されていた。
「柚、入口に鍵をかけてくれ。」
「はい!」
隊長は成保にギターを渡す。
「倉庫で長いこと眠ってたやつだ。弦を数本急遽張り替えただけだ。当然馴染んでいない。」
「お手数おかけしました。あとは俺が何とかします。」
成保はギターを受け取ると調節する。
「坂本さんのスマホ、スピーカーにつないだで」
成保はいつも結っている髪をほどく。
「…みんな…ありがとな…かけてくれ…」
坂本がスマホを操作し、ドラマの主題歌をかける。
スピーカーを通してクリアな音が流れる中
成保は合わせてギターを弾く。
ギターを弾く成保はまるで別人のように輝き
圧倒的なテクニックで奏でられる音は一気に空気に色を付ける。
「すご…え…マジで本物じゃん…」
「かっこいい…」
「…………」
いくら集会場が防音でも、アンプを通した音楽はある程度漏れる。
突然鳴り響いたギターの音、人気の曲が見事に弾かれていることに
集会場の外に人が集まってきているのが分かる。
(鍵かけといてよかった…それにしても成保さん…素敵…)
曲がサビにかかると、演奏は一層激しくなる。
成保は一瞬わずかに顔をしかめたが、素晴らしい演奏が続く。
ラストまで弾き終わった後、私たちは惜しみない拍手と歓声を送った。
「すごいです!もうなんて言ったらいいかわかんない!」
「感激だよ…本人をこんな近くで見られるなんて…」
「チップはどこに置けばいいんだ?」
「…お前は本物のプロやな…」
成保は汗をぬぐいながらギターを置く。
「ありがとう。これで踏ん切りついたわ。
俺…………UDM続けるわ!」
「ええ!?もったいないよ!それに君はもう…」
「確かに俺はバンドのために作った借金返すために入隊した。
おかげであいつらは活動を続けられ、もう金に困ることはないやろ。
でも、あかんわ。
やっぱ、ブランク長すぎや。
こんな奴が2か月後に戻ってこられても迷惑なだけや。」
「でも…仲間にとって成保さんじゃないとダメだから…成保さんの音源を使ったんじゃ…」
「そうやて戻って、期待はずれで、がっかりされるんはごめんや。
それに仲間いうんやったら…お前らも一緒や。」
「…………」
「俺は、今の俺に合った俺で居たい。」
「…………それがお前の決断なんやったら、俺は受け入れるで。」
「おう!」
機材と楽器を片付け、成保は髪を結う。
集会場の扉を開けると、ものすごい人だかりができていた。
「今の誰!?」
「マジ完コピだし!つか本人としか思えないレベルだし!」
「誰が弾いてたんだ!?」
「あーあーあー収集つかへんがな…」
「そりゃあんなの聞こえてきたら集まりますよね…」
隊長は集まってきた連中を睨みつける。
と…
「散れ!」
その一声にみんなはビクッとして黙ると、姿勢を正して規律正しく帰っていった。
「…2音で収束させた…」
「お前らも自室へ帰れ。特別コンサートは終わりだ。
あ、充斗は私の部屋へ寄ってから帰れ。」
言われた通り私たちは帰る。
隊長は呼んだ充斗にタオルで包んだ氷嚢を渡す。
「成保の右腕を冷やしてやれ。状態が悪ければ医務館へ連れていけ。」
「…やっぱ気付いてましたか…ありがとうございます」
充斗が自室へ帰ると、成保は右腕を押さえていた。
「…これやからプロは困る。身体犠牲にしても演奏続けるんやから…」
そう言ってタオルで包んだ氷嚢で右腕を冷やしてやる。
「バレとったか…」
「サビで顔しかめとったやろが。」
「…身体鍛えたし…武器を扱うには問題ないんやけどな…
楽器を弾くようにリハビリはしてへんから…」
「病院での治療は終わっても、完璧に治ったわけやないやろ?ギターのリハビリはその後やな」
「そんなん…あの音撮った時のレベルに戻るまでどんだけかかるかわかれへんわ…」
「諦めたんとはちゃうやろ?」
「そうやな…
でも、バンドのことは心配してへん。キーボードやっとる奴が万能でな。
どの楽器もとんでもなく上手い。誰か欠けたらそいつが代わりにやっとった。
あいつがギターやるやろ。
俺はソロでやるわ。UDMの連中だけでもぎょーさん人数おるやろ。」
「観客には十分すぎる数やろな。」
「あの曲は、俺が書いたんや…歌詞はボーカルの奴やけどな。
俺のソロやったら、歌詞は要らへん。
新曲はUDMの連中にだけ聴かせたるわ!」
「そらええな。」
充斗は成保の腕を見る。赤身は引いていたし、出血してもいない。
触ったり、手を添えて動かしてみる。
「どうや?」
「うん。もう痛みも引いた。…ありがとうな…」
「…二人ん時は『おおきに』でええで?」
「いや…『ありがとう』の気分やねん…」
「そうか…(みんなに言うとんのか…)」
充斗は成保の身体を支えて横にして寝かす。
布団をかけると、成保はすぐに眠ってしまった。
充斗はその寝顔をしばらく見ていたが、氷嚢を片付けると自分も寝支度をして眠った。
成保の演奏が終わって部屋へ戻る時
私は坂本と話した。
「成保さんとは今後も一緒にやっていきたいけど…やっぱもったいないな…」
「すごいコンサートでしたね。でも彼の決めたことですから。」
「…彼は残るって言ってたけど…後悔しないかな…」
「…………成保さんは『今』を大切にする人です。
後ろを見ない人は、後悔なんかしませんよ。」
「そっか…そうだね…彼の曲はずっと誰かの心に残り続けるだろう。
後ろを見る必要はないね…」
<つづく>
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