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【打開の翼】第9話「明かされる」

「ふう…しかたないな」

隊長がヘルメットを取る。

長い髪が流れ、端正でりりしい顔立ちが顕わになる。
さらにマントを取ると
見事に鍛えられた筋肉質の身体と美しいバストが月明かりに照らされてあった。

「奇麗や…………」
「どうも」

思わず漏れた成保の感想に応えた隊長の生声は低めではあったが、間違いなく女性のものだった。

「私は別に女であることに違和感も疑問も持っていない。
 恋愛対象も異性だ。
 そういう気遣いは要らない。」
「はい、そこは俺等も興味本位で詮索する気はありません。
 知っても差別する気もありません。」
「セクシャリティをはっきりさせてほしいわけではないのか。」
「成保のアホが、隊長は何で性別隠すんやろ言うから…」
「ちょ!服もマントで隠してるんはエアユサールの装備がセクハラや言うとったから
 単に好かんだけなのかもわかれへん。言えへんだけで。そこは自由やとは思う。て言うたやろがい!」
「ははは!その通りだ。性別を隠していたわけではない。
 マントで身体を隠していたのは、エアユサールの戦闘服がセクハラデザインで嫌いなことと
 戦場では性別は関係ない。と言う主義ゆえだ。」
「…………」
「まだ納得いかないか?」
「その主義は…同意です。
 兵士にとって性差は飛行特化やらに活用することはあっても
 『女やさかい労わらんかい』やら『男やさかい勇敢に戦わんかい』やら
 そういう根性論に利用されるんは不愉快です。
 でも隊長の『戦士として厳しゅうあろう』てする姿勢は…それだけちゃう思う…」

隊長は充斗を見て思う。

(まったく…こいつは鋭いな…)
「…………私がまだ新米だったころ、私の分隊の隊長はとても厳しく…でも部下思いで優秀な人だった。
 激戦の中…私を庇って殉職した。
 死に際に…彼は私に愛の言葉を送ってくれた…………」
「…………」
「あんな優れた人が命をかけて守った兵がろくでなしだなんて軍の損失どころじゃない!
 他の誰もが…誰よりも私が許さない…!
 私は彼が庇うにふさわしい兵士になろうと体を鍛えた。
 今では筋トレは日課。この筋肉の美しさの虜だ。ははは!」

隊長がポージングして見せる。

「その人のこと…隊長も好きやったんですか…?」
「…………あんな兵士としても人間としても素晴らしい人に…………惚れない人間は居ない。」

(恋には至らずとも敬愛の念はあり…か…)

「隊長も十分、素敵な人です」
「まだまだだよ。身体や技術は鍛えられても、人間性は鍛えられない。あの人に近づくには…………道のりは長いな」
「…どう鍛えればその身長になれるんやろ…」
「やかましいわ!こら天然や!おかげで『エアユサールに適さないんじゃ…』やら言われて外されかけたんやぞ!?
 何が『小柄で軽量だから飛行兵科は女限定』やねん!私は180cm超えで80kg近うあるけど飛べてるわ!燃費は悪いけどな!」

「隊長…感情高ぶると関西弁出るんやな…普段は軍人口調やけど…(ヒソ)」
「80kg近うあるんか…(ヒソ)」
「あの筋肉やとあるやろな…(ヒソ)」

「何をひそひそしとる!」
「隊長があんまり飛べへんかったのは燃費が悪いからやったんですね…」
「本部が悪い。エロいデザイン考えてないで、体重関係なく飛べる装備を開発すればいいんだ!」

ぷんすこしてる隊長に充斗と成保は小声で話す

「…コンプレックスっぽいからそっとしとこうや…(ヒソ)」
「俺、背ぇが低いのコンプレックスなんやけど…(ヒソ)」
「人それぞれやな…ほんま…それに成保、金髪が目立つから低い気はせえへんで…(ヒソ)」

「で?私の性別当てのためだけに呼んだのか?」
「…………実は…………柚ちゃんなんやけど…………」
「ん?」
「あの子…………素人やないんやないかと…………」
「…………」
「率直に言うと…UDMに居たことあるんやないですか?」
「…………彼女の過去の経歴は分からない。が、私も薄々そう感じていた。
 初めての戦闘の時も…銃器の扱いに戸惑いがなかった。
 怖がってないとかじゃない。
 彼女の銃は安全装置を外さなければならない。
 慣れれば一瞬だが、ただ構えて撃っても発射されない。」
「それを…すんなりやっとった…?」
「凝視していたわけじゃないが、彼女が撃ったのを見て違和感を感じた。」
「この銃をすんなり撃てたのか?って感じ…?」
「そうだな…君らはどこでそう思った?」
「蜘蛛の時、『私がエアユサールを選んでたら…』って悔しそうにつぶやいとった…」
「…………」
「飯食うてる時、うちらの入隊の時、兵科を選ぶ欄が3択やったって話したら、柚ちゃんは『え?』って顔しとった…
 ソルジャーになったの後悔しとるんか?って言うたら『隊長はエアユサールですよね』て…
 せやから、新米が選べる兵科ちゃうんちゃう?って…話してんけど…」
「柚の欄は4択だっただろうな」
「俺は後から女性専用の兵科やと知って…せやけどそら入隊前に調べといたらわかることだけど…」
「調べて知ってたなら『え?』という顔はしないと?」
「はい…それに、それやと隊長も女性ってことになる…
 柚ちゃんも俺等もその時は隊長を男性や思うてたし…そこを驚いたならわかるし
 黙っとったのも色々考えての気遣いやろて納得や…
 ただもう一つ考えられるんは…
 『元々知っとったけど変わったんかいな?』って思うた場合…」
「どれも『え?』って顔をした理由にはなるな…」
「前者ならええんやけど…もし後者やったら…」
「昔のUDMを知ってる」
「はい…俺には…後者な気がするんです」
「柚は『私は支援に徹しないといけない』と頑なに前線に出るのを拒んでいた…
 単純に自信がないからとは思えなかった…
 …隊員の記録を調べてみる。柚には黙っておいてくれ」
「はい。」

数日後、充斗と成保が呼び出される。

「4年前入隊した女性隊員に『柚』と言う名の隊員が居た。」
「!」
「兵科はエアユサール。当時の彼女の『噂』を知る者に聞いたら、後方支援に優れた兵士だったらしいとのことだ。
 彼女は3年在籍していたが…彼女の所属していた分隊は…巨大蜂の巣の最奥で全滅した…」
「え…」
「最奥には女王蜂とそれを守る兵隊蜂たちが居る。
 現場検証の結果…彼女を含めた支援主体の者たちが前線に出たのが敗因だった。」
「!?」
「というか…彼女の隊はほぼ壊滅状態の分隊と合流して
 仲間は果敢に向かったが歯が立たなかった。
 支援の者も前線に出ざるを得なくなったのか
 仲間がやられていく様子に耐えられなくなったのか…
 だが支援主体の者が前線で活躍するのは難しいし統率が取れなくなる。
 バランスは一気に崩れ、全滅の流れになった。」
「じゃあ柚ちゃんは…幽霊?」
「いや、さらに後から合流した分隊で殲滅に成功し、何名かはまだ息があった。
 助け出したが瀕死だ。即時除隊処理され、記録からは写真が抹消された。
 写真が抹消されるのは、こういうケースで強制除隊された者は一般人として生きるように配慮されるからだ。
 同姓同名のものなどいくらでもいるからな。
 フルネームではなく苗字か名前のどちらかしか登録させないのも個人を特定させづらくするためだ。」
「俺は…苗字やし…充斗は…」
「名前やもんな…」
「特殊機関とはいえ政府の秘密軍隊だからな…故に偽名での登録は許されない。
 そして除隊したのに写真を残すのはもっての外だ。だから抹消される。」
「…………」
「こういうケースで負傷した隊員は表向きは普通の病院だがUDM直轄の病院で最新の治療を受ける。
 そしてその費用はもちろん、その後の生活も不自由がない額の退役金が「事故の賠償金」として払われる。
 自らの意思で退役した場合は既定の退役金…まあ退職金みたいなもののみだがな。」
「…………」
「記録にはあくまで『柚』と登録された女性隊員が居た。と言うことしかない。
 彼女がその人かは断定できない」
「隊長は…どう思います…?」

「…初めて彼女が戦う姿を見た時…素人の動きではなかった…
 でも素人臭さも確かにあった。
 玄人感は武器の扱い、クリーチャーのとらえ方、隊としての動き方だ。
 素人感はソルジャーとしての動きだ。
 経験があっても兵科が違うからだと考えれば…合点がいく…」
「柚ちゃんは…そんな目におうて…なんで戻ってきたんや…」
「それは柚にしかわからない。隠してるならそっとしておくのがいいだろう。」

「…隠しとるんやろか…」
「ん?」
「柚ちゃん…ここにおったこと…忘れとるんやないか…て…」
「そんな漫画みたいなことあるんか~?」
「実際あることやから、漫画なんかの題材になりえたんやないか?」
「…飛行機の墜落事故とかで生き残った人が、その事故を含めその前後だけすっぽり記憶が抜けている。
 と言うことは実際あるらしい…
 私は医学には無知だが、あまりにショックな出来事は精神衛生上よくないことは想像に難くない。
 防衛本能に根差したものなのかもな…
 だとしたらますます…そっとしておけ。
 私がトランスなのではないかという可能性を考えて、気遣う以上にな。」
「はい…」

「ちゅうか、それ、柚ちゃん本人の話か怪しいんやろ?今まで通りにしとったらええだけやろ。
 俺は柚ちゃんにどんな過去があってもかまへんで!」
「まあ…そうやな。」

二人は調べてくれた礼を言うと、隊長室から出て行った。
隊長は資料を眺める

(…………いい仲間に恵まれたな)


そんなことがあったのは当然私は知らない
しかしその後、もっと知らない私が目覚めることになることは
もっと知らなかった…………

<つづく>

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