【短編】 死神のサンタクロース

突然現れた女を見て、男は口をあんぐりと開けてしまい、吸っていた煙草を落としてしまいそうになる。
「……あ、あんた。まさか」
「だからさっきから言ってるじゃない。私は死神だって」
いや、まさかな……なるほど、そうか。
クリスマスの奇跡的なやつ、か。
夢……確かに夢だな。
奇抜な設定だが、最期にみる夢なら悪くない夢だ。
男は屋上の柵に身を擡げながら煙草をふかし、眼前で仁王立ちするサンタコスの女を見上げた。
「おじさん。私が言った事ちゃんと理解できたんだよね?」
おーい、おじさんちゃんと聞こえてますかぁと、サンタコス美女が口に片手を添えて、男に訊ねる。
「あ、あぁ聞こえてるよ」
「言っておくけど、夢なんかじゃなくて、これはれっきとした現実だからね」 
「あ、あぁ。わかった」
「解ったなら大丈夫ね。じゃあ次」
「ま、待てよ。死神だってのは解った。でも、そのサンタクロース担当係ってのは何なんだ?」
「まぁ、そこ引っかかっちゃうよねぇ。気持ちは解るわ」
「死神にとってもクリスマスは特別って事か」
「うーん。まぁそうなんだろうね。でもいつからこんなイベントみたいな事やってるのか覚えてないんだよね。それに何で私が今年選ばれたのかが、未だに解らないんだよなぁ。全く謎だわ」
「なるほどな。最期のクリスマスプレゼントか」
「クリスマスプレゼント? ま、まぁそう思ってくれるなら、私も仕事がしやすいわ」
「クリスマスってやっぱり凄い日なんだな。恋人はサンタクロースってやつか」 
「恋人が死神じゃ悲惨でしょ」
「サンタコスの死神美女なら大歓迎だよ」
「お、おじさん。かなりの変わり者だね」
「そうか? 死んじまう日にこんなミニスカ美女なんてなかなか拝めねぇぞ」
男は死神のミニスカからスラリと伸びた脚をジーッと見ながら、ニヤリと笑んだ。
「ちょ、ちょっとあんまりジロジロ見ないでよ。こ、これはサンタクロース担当係の正式な制服なんだからね。好きでこんな格好してるわけじゃ」
「ふーん」
「へ、変態っ。見るな」
死神美女は顔を真っ赤にして、短いスカートを伸ばす。
その仕草が堪らなく可愛くて、男はクスリと笑ってしまった。
「笑わないでよっ」
死神美女は顔を膨らませて男を睨む。
また男が笑う。
何だか懐かしい雰囲気が漂う。
「ごめんごめん。だって可愛いから」
「え」
死神美女の顔がますます紅潮していく。
「と、と、とにかく。そう言う事だから」
死神美女は一旦深呼吸して、ひとつ咳払いしてから男にこう告げた。
「貴方は今夜0時に死にます。それまでに私が貴方の願い事をひとつだけ叶えます」
「願い事?」
「そう、願い事です。ただし、不老不死、寿命を伸ばしてくれなどは受け付けられません。それ以外なら何でも大丈夫です」
死神美女が事務的に告げる。
「死神も願い事を叶えられるのか。やっぱ死神も神様なんだな」
「ま、まぁ。クリスマス限定だけどね」
「神様からのクリスマスプレゼントてわけか」
「死神からの、ね。まぁ、クリスマスに死んじゃう悲惨さを軽減させて、スムーズにあっちに連れていくための苦肉の策ってやつだけどね」
「苦肉の策にしては、かなりの奇跡だと思うが」
「まぁそうね。願い事何でも叶えるなんて、確かにかなり奇跡的なサービスよね」
「なぁ」
「な、何?」
「死神ってのは、生きてた時の記憶が消されちまうのか?」
「生きてたってどういう事?」
「うーん。例えば人間だった時の記憶」
死神美女が怪訝な顔で小首を傾げる。
「ちょっと、何言ってんのか、わ、からない。死神は生まれた時から死神だから」
「まぁ、そうだよな」
「変な事聞かないでよ。混乱しちゃうじゃない」
「じゃ、じゃあさ。君はいつから死神なの?」
「だからぁ。ん? いつから……いつから」
「生まれた瞬間からその姿っていうか、その年恰好じゃなかったか?」
「ま、まぁそうだけど。死神は人間みたいに成長もしなければ、寿命もないからね。生まれた瞬間の姿が永遠に続くっていうか。そういうものだから」
「なるほど、そういうシステムってことか」
男がぶつぶつ呟いて、納得したかのように何度も頷く。
「てか、おじさん。今の状況本当に理解してる?」
「あ、あぁ。ちゃんと理解してるよ」
「じゃあはやく願い事考えなよ。時間ないよ」
「願い事ならもう決まってるよ」
「え、最期の大切な願い事だよ。もっとじっくり」
「君に会った時からもう決めてた」
「え、私に?」
「そう。君に」
死神美女が首を傾げる。
そんな彼女を愛しげに男が見つめる。
「君は死神なんかじゃないよ」
「な、何言ってるの! 変な事言わっ」
その時どこからかベルの音が響いて、足音が近づいてきた。
死神美女が意識を失い、男に倒れ込んできた。
「やっぱり、あんたの仕業か」
懐かしい顔が近づいてくる。
「久しぶりですね。人間最期のクリスマスプレゼントは、お気に召さなかったですか?」
「相変わらずの悪趣味だな」
「そうですかね。私には貴方がめちゃくちゃ喜んでるように見えましたが」
「このキザ野郎が」
「ロマンチストと言ってください。クリスマスらしいサプライズだったでしょ?」
死神の紳士を見て、男は鼻で笑った。
「どうでしたか? 最愛の彼女との奇跡の再会は?」
「何で死神設定なんだよ」
「最愛の彼女に最期に会えて、しかもあの世にまで送ってもらえるなんて、幸せすぎませんか?」
「確かに幸せすぎるが」
「だからですよ」
「どうやって探し出した」
「それは機密事項ですので秘密です。お話できません。これでも、いろいろ手続きとかめちゃくちゃ大変だったんですからね。感謝してくださいよ」
死神の紳士が恩着せがましく顔を近づけて、苦労の様を見せつけるように額を拭う。
「で、サンタクロース係ってのは?」
「あぁ、あれは全部嘘です」
「やっぱりな」
「あら、バレてましたか。それは残念」
「彼女になんて格好させてんだよ。許可得てんだろうな」
「貴方もおかしな事をいいますね。操ってる時点で許可なんて必要ないでしょ」
「彼女は今どこにいるんだ」
「かつての恋人との再会。まさにクリスマスの奇跡だ」
「おい。はぐらかすなよ」
「奇跡というよりこれは運命なんですよ」
「どういう事だ」
しばしの沈黙の後、死神の紳士は静かに口を開いた。
「彼女は今入院しています」
「どこの病院だ」
「会ってどうするんですか?」
「そ、それは……」
男は困惑した表情で、死神の紳士のスーツの袖を掴んだまま、動きを止めた。
死神の紳士が溜め息をつく。
「貴方も気づいたはずです。彼女の言動の異様さに」
男が渋面で俯く。
「彼女の年齢はどう見ても四十代。まぁ、童顔なのかお若くは見えますが、貴方と同年代です。それなのに、貴方をおじさんと呼んでいましたよね。これの意味するところは?」
「それは、それは」
「それは、彼女が自分を二十代の女性だと思いこんでいるから。という事は」
「もういい! わかった」
「彼女は、若年性認知症です」
男の手がダラリと力なく垂れた。
「だから、何でそんな彼女にあんな格好させたんだよ」
「あれは彼女の望みだったからです。貴方に会いに行くと行ったら、サンタクロースのコスプレがしたいと彼女が言ったんですよ。満面の笑みでね」
「まさか、そんな馬鹿な」
「よっぽど貴方とクリスマスに会えるのが嬉しかったんでしょうね。だから私との約束を守った」
「約束?」
「そうです。貴方の自殺を食いとめて、無事あの世に連れて行くミッションをクリアできたら、愛しの彼に会わせてあげますと言ったんですよ」
「そんなの彼女を上手く利用して騙してるだけじゃないか! よくも、よくもこんな残酷な事が」
死神の紳士の胸ぐらを掴んで、男が叫ぶ。 
「そういう貴方はどうなんですか」
「どういう意味だよ」
「貴方、さっき何を願おうとしましたか?」
「……」
「彼女が自分を思い出すように願いましたよね」 
「そ、それは」
「貴方は確実に今日死ぬんですよ。それなのに、彼女に新たな苦しみや悲しみを与えるつもりですか?」
「俺はただ最期にもう一度だけ」
「彼女に想い出して欲しかったと? 最愛の彼が死んでしまうと知った彼女のその後の人生まで考えましたか?」
「それは……」
「考えてませんよね。それともどうせすぐに忘れてしまうんだから、別に大丈夫だろうと?」
男は涙目で死神の紳士をキッと睨んだ。
「失礼。言い過ぎました。でも自分本位の考えだった事には違いありませんよね」
「あぁ、確かにそうだな。軽率だったよ」
「軽率といえば、貴方が嘗て彼女に贈ったクリスマスプレゼントは、死神界でもかなり問題になりましたね。まさか天使から人間に堕ちてまで、人間としての自分の寿命を与えようなんて、前代未聞ですよ。全く」
「後悔はしてない。彼女を救えたんだから」
「救えた?」
「生きてるんだから救えたんだろ」
「あぁ嘆かわしい。すっかり人間に成り下がりましたね。それは傲慢極まりない考えです」
「じゃああのまま見殺しにしたら良かったっていうのか? 彼女の未来はどうなる!」
「こうなりましたよ。これが彼女の未来ですよ。嘗て愛した恋人に出会っても気づく事さえできない」
「二十年経ってるんだ。解らなくても仕方ないだろ」
「そうでしょうか? 貴方が彼女に与えた二十年は、本当に幸福なものだったのでしょうか」
「な、何が言いたいんだ」
「生きていれば、それだけで本当に幸せなんでしょうか?」 
「死ぬよりはマシだろ」
「なら、何故貴方は自殺しようとしたんですか? よりによって、クリスマスイブなんかに」
男が黙り込む。
「生が幸せ、死が不幸とは一体誰が決めたんでしょうね。生死の概念がない死神の私には、理解できないのですよ。天使だった貴方には理解できるんですか?」
「わからねぇよ。そんなこと」
男は煙草を咥えて火をつける。
「投げやりにならないでください。これは貴方の問題なんですから」
「わかってるよ! いちいちうるせぇな」
「あぁ、嫌ですね。やっぱり人間て奴は、実に短気で困ります」
男はやり場のないイライラと怒りを、煙草を吸う事で解消しようとしていた。
「人間ですね」
「人間だよ。だから今日死ぬんだろ」
「はい。死にます。それが罪深い業を犯した貴方の寿命です」
「いちいち嫌味ったらしいな。解ってるよ」
「クリスマスに死んじゃう気持ちはどうですか?」
「最高に幸せだよ」
「そうですか。幸せですか」
死神の紳士がクスクス笑う。
「何だよ」
「いえ、何でもありません」
「彼女はこれからどうなるんだ? 俺の事は忘れたまま平穏に生きていけるのか?」
「平穏かどうかは私にも判りませんが、貴方を思い出す事はもうありません。それと、貴方が与えた寿命はちゃんと生きられますよ」
「本当か?」
「はい。私が保証いたします」
「なら、良かった」
「辛い人生にはなると思いますが、幸せに感じられるかは彼女次第ですね」
「……そうか」
「貴方は次の人生をどうぞ謳歌してください。人間とは限りませんが、確実に次の人生では貴方も彼女を忘れて生きる事になります」
「……」
「寿命の痛みの連鎖はここで終わりです」
その時、時計台の鐘が午前0時を告げた。
「時間です」
男の体が黒い霧に覆われた。
男はゆっくりと目を閉じた。
ジングルベルが鳴り響く。


クリスマスの朝。
病室のベッドで彼女は目を覚ました。
「やっぱりあれは夢だったのね」
懐かしい人の温もりに包まれた気がしたんだけど、まさかあの人に会えるわけがないんだもの。
だって彼は……。

ホワイトクリスマス。
天使の羽根のような雪が舞って、煌びやかなイルミネーションを白に彩った。


             ━  end ━







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