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こんな時ほど人はクールであらねばならない。 例え頭の中がオムライスでいっぱいであっても。

先日、健康診断の帰りに腹を空かせていた私は
病院を出て1軒目に見つけたレトロな喫茶店に駆け込んだ。
オムライスでも頼んでそれをコーヒーで胃に流し込もうという寸法だ。

チリンチリンと呼び鈴の鳴るドアを開けると、
カウンターには店主と思われる小柄なマダムが一人立っていた。私の母に姉が居たとしたらこのくらいの年齢だろうか。

「お好きな席へどうぞ」と店主は言った。

私は窓際の席に座り、メニューが来るのを待った。

いわゆるマン・トゥー・マンの密室空間である。
こんな時は周囲の環境を静かに観察して時間の流れに身を委ねる。

店内は深煎りのコーヒーとタバコの匂いがする。
壁に埋め込まれたスピーカーがバッハの協奏曲を奏でている。窓からは冬の午後の黄金色の光が射し込み、カウンターに置いてある小さな花瓶を照らしている。

普段は禁煙の店を選びがちだが、この際仕方がない。朝も昼も水だけで過ごした私は腹を空かせているのだ。

店主が水と丸い皿を持ってきた。
皿にはチョコレートで

チーズケーキセット 1000円
占い 1800円

と書かれていた。

「すいません、ご飯はやっていませんか?」

「あらー今日はランチおわっちゃったの。」

「ではケーキセットをください。」

「はい。」

こんな時ほど人はクールであらねばならない。
例え頭の中がオムライスでいっぱいであっても。

店主がネルドリップでコーヒーを煎れている間、
私は皿にチョコレートで書かれていた占い1800円のことが気になっていた。

普段はニュースの占いも気にも留めない。
しかしケーキセットと並べられてしまうと話は別だった。何しろ腹が空いていたので、占いというメニューがともすればオムライスの代わりになり得るのではないかというある種の錯覚に捉われていた。

店主がチーズケーキとコーヒーをテーブルに置いた時、我慢できずに私は言った。

「どんな占いをしているんですか?」

「うちは気学をやってます。」

「占ってもらっていいですか?」

「はい。」

こんな時ほど人はクールであらねばならない。
例え初めて聞いた言葉が出てきても、
占ってもらうのが初体験であっても。

店主はカウンターに戻り何やら大きな本を持ってきて、私の生年月日を聞くと3×3の魔方陣に数値を記入していった。それを元に色々と占ってくれたのだが、要点をまとめると

「あなた。今年は焦らず、大人しくしていなさいね。」

ということだった。

私はチーズケーキを冷めたコーヒーで胃に流し込み、伝票をレジに持っていった。お金を払い、釣りを受け取ると

「今年は焦らず、大人しく。」

と、店主に念を押された。

店を出ると私は駅前のカレー屋でカレーライスを食べた。

本日3月2日、私は36歳になる。

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佐田宗義
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