緊急事態宣言の発令によって発生するドメスティックな意味合いにおいてのロックダウン
私には4歳と2歳の息子がいる。
緊急事態宣言が発令されて保育園も登園自粛となり、私は休業して、妻はテレワークをしながら息子達を見ている。これは家族と過ごす時間を設けよという神の啓示だと言い聞かせながら、息子達のおもちゃを片付けている。
片付けても片付けても散らかっていくおもちゃを片付けていると、「賽の河原」(さいのかわら)の地獄絵図を思い出す。
三途の川の河原で石を積み上げて供養塔と立てると成仏できるが、完成間近となると鬼がやってきて壊されてしまい、また一から積み上げる。それを延々と繰り返す。
私は今まで積み上げてきた罪を償うためにこのおもちゃを片付け続けるのか。罪にカタを付けるには罰を受けるしか無いのか。罰とは生を受けたことなのか。ところでなんで恐竜のおもちゃが俺の靴の中に入ってるんだなどなど、色々と脳裏を過ぎらせながらおもちゃを片付けている。
子供というのは、「天使と悪魔のハーフ」のような生き物である。(楽曲「堕天使ブルー」より引用)
寝顔はこの世のものとは思えない愛しさに包まれ、笑顔は全ての罪が赦されるような神々しさを放つが、時として悪魔のような顔をして暴れ回る。というかおおよそ悪魔のように暴れ回っている。断っておくが小悪魔では無い。悪魔である。
Macbookで仕事をしていると奇声を上げながら画面を諸手で畳んできたり、洗濯物を畳んでいると、それの上に乗って飛び跳ねたり、洗濯物を口にくわえて逃げ去るその姿は賽の河原の鬼そのものである。
外出自粛によって外に遊びに行くことは憚られ、子らの体力は漲るばかりである。私に残された体力はもはやゼロ。緊急事態宣言が発令されて1ヶ月以上経ったが、いよいよ私の体がロックダウンしそうである。(意味不明)
日々、児童福祉に従事下さいます皆様に感謝の意を示すと共に謹んで敬礼し奉り申し上げます。