#上京のはなし
今は昔の話である。
都内の大学に進学して、初めての一人暮らしが始まった。 何もかも親任せで、アパートも心配性の父が一人で回って決めてきた。
知る人も無く都内とは名ばかりの長閑な環境である。六畳に押入れ、トイレはあるが風呂は無く小さな台所がある女子学生向けのアパートであった。風呂は徒歩10分弱の銭湯に通った。
食事作りや洗濯など家事に不自由はなかったのだが、一人で居ることの間が持たない。
特に一人で食事をするのはほぼ初めての経験だった。家では家族が揃ってから食事を摂る。遅く帰っても帰る限りは皆が食べずに待っているのだ。他所の家でも同じだと思っていたので、話していて驚かれた。意識したことは無かったが過保護と言われたこともあった。
朝は忙しくサッと食事を済ませ、昼は学食の端っこでカレーだの麺類等お腹に入れる。
アパートに帰り、夕食を作って小さな折りたたみのテーブルに並べる。いただきますと食べ始めても何か味気ない。
そこで思い付いて、カラーボックスの上に置いてある鏡を向かい側に置く。無論映るのは自分の顔ではあるのだが、少しだけ「ひとりぼっちの食事」感が薄れる気がした。
学内で友達ができ食事をするようになり、なんとか居場所を作れるまで、しばらくの間、鏡越しの自分との食事は続いた。
東京での一人暮らしは文字通り自立への一歩となり、いちいち親にお伺いを立てるのではなく自分で考え結果に責任を持つということを学ぶのに必要な時間だった。
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