今年のノーベル物理学賞:予想外の展開に驚いた……
毎年10月になると、ノーベル賞の受賞者が発表される。例年、生理学・医学賞、物理学賞、化学賞、文学賞、平和賞の順番だと思う。ちなみに、経済学賞は、ノーベル財団によるものではないため、公式には、これに含めないと聞いた。この発表が、ちょうど後学期授業の始まる時期に当たるため、受賞テーマによっては、授業の中で取り上げることもあったように思う。今回は、このことについて感じたことを取り上げてみたい。
1.はじめに
正直に打ち明ければ、今年度の物理学賞には驚いた。その理由は至極単純で、従来、情報科学やコンピュータサイエンスの分野は対象外と思っていたからである。数年前に、気候モデルを計算機シミュレーションで解析する手法が、ノーベル物理学賞に選ばれた。専門分野が異なるため、当時、そのインパクトの大きさは伝わってこなかったが、今回と同じような驚きをもって迎えられたではなかろうか。
2.このたびの受賞とは……
今回は「人工知能関連の研究」として注目されている。その概要については、いろいろなところで取り上げられているので省略するが、その中でも、個人的に分かりやすいと思ったものが、次に挙げる10月8日付けのNHKニュースである。
受賞者の一人であるホップフィールド博士は、「連想記憶モデル」で有名な研究者である。また、一般に「ホップフィールドモデル」と呼ばれているものは、組み合わせ最適化問題の近似解を見つけ出す効果的なツールとして知られている。モデルの構造は、一般的な相互結合型モデルであり、特に新規性はないが、ニューラルネットワークの世界に“物理学の概念”を持ち込み、その挙動を「エネルギー」によって説明しようとした点が評価されている。
私のおぼろげな記憶によれば、約25年前に参加した国際会議「IJCNN1999-Washington,D.C.」において、このホップフィールド博士の基調講演が設けられていたように思う。今となっては、どのような内容であったかは忘れてしまったが、会場から引き揚げる際、エスカレータで数段後ろに立っていたことだけは覚えている。
もう一人のヒントン博士は、今となっては「深層学習(ディープラーニング:DL)」の提案者として知られているのかもしれないが、その前段階の「誤差逆伝搬学習法(バックプロパゲーション:BP)」の提案者でもある。
このホップフィールドモデルとBPは、1980年代後半から始まる第2次AIブームの火付け役となった“キーテクノロジー”でもある。
なお、余談ではあるが、ニューラルネットワークがエネルギーを低下させる方向へ状態を変化させていく過程で、“局所解(偽解)”に捉えられてしまうことがある。そのようなとき、“温度”を徐々に低下させることで、“大局解”へ収束させることが可能となる。これは、「擬似焼きなまし法」と呼ばれている手法だが、温度がノイズ(=乱雑さ)と関連していることをイメージすれば、このような操作の妥当性が理解できるであろう。このアイデアには、ヒントン博士が関係しているらしい。
3.人工知能との関係について
このたびの一連の報道で耳にした専門用語。具体的には、 ニューロンモデル、ニューラルネットワーク、連想記憶、ホップフィールドネットワーク、そして機械学習。この分野に飛び込んだ大学院生の頃から学んできたもので、いずれも馴染み深いものばかり。現在でも、前学期に担当している大学院授業科目「計算論的知能工学特論」で取り上げているが、これほど、多くの部分で重なっているとは、別の意味で驚いている。ちなみに、最近は、「どのように使うか」という実用的な側面に関する言及は多いかもしれないが、「どのような仕組みで動いているか」という基礎的な側面に関する議論は少ないと感じる。
さて、2010年代以降の第3次AIブームでは、専らDLばかりが注目されているものの、人工知能研究の分野を冷静に見渡せば、次のような包含関係にある。
実は、意外と思われるかもしれないが、上述の研究成果は、
連想記憶: ①ではあるが、②ではない。初期のモデルでは、そもそも学習しない。
BP: ②ではあるが、③ではない。
という感じで、現在、多くの人々が「人工知能」と思い込んでいるDLからは外れている。もしかすると、現実が“世間の受け止め方”から大きく外れていることに驚くかもしれないが、これは、決して珍しいことではない。
その最たるものは、「人工知能」という表現であろう。ここで言及すれば、さらに長くなってしまうと思うので、誠に申し訳ないが、これ以上は差し控えたい。
4.実は、我々とも関係あり!?
「ノーベル賞」と言えば、これまでは、かなり“遠い存在”であった。しかし、この内容は、過去に卒論・修論として取り組んだ研究テーマでもある。15年くらい前であろうか。それゆえ、うちの学部卒業生・大学院修了生の中には、馴染みのある話題と感じている人がいるかもしれない。当時、このホップフィールドネットワークを用いて組み合わせ最適化問題の解探索法を検討していた。その過程で、上述の「ニューラルネットワークの世界」と「物理学の世界」の対応関係に着目し、新しい解探索法を提案した。
これは、数年の歳月を経て、特許登録へと結び付いた案件でもある。この研究を進めるに当たって、大いに貢献した当時の卒研生2名は、共同発明者として一緒に氏名が登録されている。念のために。
やや自画自賛となってしまうが、この解探索法は、アイデアとして画期的であったと自負している。当初、解探索法の改良について、「ニューラルネットワークの世界」で試行錯誤していた。それが、小手先の勝負のように感じられて、大いなる違和感を抱いていた。そこで、ふと思ったのが「物理学の世界」で勝負することだった。詳細は省略するが、「物理学の世界」で起こりそうな現象を「ニューラルネットワークの世界」へ持ち込めば、従来とは発想の異なる手法が提案できるのではないかと考えた。このアイデアが功を奏し、その御褒美が特許登録であったと思う。
しかしながら、実用面で大きな問題を抱えていた。具体的には、取り扱える問題サイズが限定的であったことなどである。それゆえ、後年、遺伝的アルゴリズム(GA)の方へと、徐々に研究内容を転換していくことになった。
5.おわりに
今回は、このたび、ノーベール物理学賞を受賞した「人工知能関連の研究」を取り上げ、これに関連して感じたことを取り上げてみた。我々の取り組んできた一連の研究と、意外なところで繋がっていて驚くこともあったが、それは、「動作メカニズム」や「仕組み」など、「なぜうまく動くのか」という基礎的な部分にこだわりを持って取り組んできたからだと考える。他人から「理屈っぽい」と評されることもあるようだが、この点については、今後も信念をもって取り組んでいきたい。
【追記】
この分野の研究について、実は、日本でも大いに進められており、様々な実績がある。その詳細については省略するが、もし興味があれば、次の記事を参照していただきたい。なお、全3編の構成で、会員限定(←会員登録は無料)のようであるが、どうか御容赦いただきたい。
また、これとは別に、日本神経回路学会(JNNS)の会長によるメッセージも出されているようである。
【おまけ】
今回は、「教育学部」に所属して、中学校技術科教員の養成に携わる立場というよりは、「大学院理工学研究科」に所属して、人工知能関連の研究に従事する立場からの寄稿となった。
最近では、あまり珍しくないかもしれないが、佐賀大学では、教員組織と教育組織が分離する「教教分離」を採用している。全教員は、「教育研究院」に所属しており、「学部」や「大学院」へ授業等を担当するために配置されている。したがって、「学部」と「大学院」の所属が同一である必要はない。要するに、"二刀流"である。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?