元祖アイドルからの、音故知新
シンシア 1976年
1976年は、ポスト筒美京平の年だった。年末にリリースされたアルバム「ジャニスへの手紙」のA面は、シンガーソングライター、ジャニス・イアンの楽曲が収録された。聴き入るとそれは、英語詩の歌唱力は勿論のこと、当時でいえばニューミュージック調の楽曲とサウンドをバックにアーティストとしてのシンシアの存在が引き立てられている。日付順に追っていくと、前年よりさらに多彩な作家陣から楽曲を提供され、シンシアの世界観の広がりも感じる。3月にリリースされたシングル「気がむけば電話して」は、前年に引き続き中里綴/田山雅充コンビによる楽曲で、興味深いのは萩田光雄の編曲だ。ビリー・ジョエルの出世作「The Stranger」を彷彿させるギターのリフが塗されている。しかしながら、ビリーのこのナンバーがリリースされるのは翌1977年。B面「ふりむいた朝」はA面と同じ作家陣だが、これも連想されるナンバーがある。同年にリリースされた山崎ハコのアルバム「飛・び・ま・す」に収録された「気分を変えて」だ。1981年には香坂みゆきがカヴァーしている。山崎ハコは、つい数年前、井上陽水の初期の活動の頃にバックでギターを演奏していたご主人の安田裕美とデュオでライブ活動をしていた(一度それを観る機会があった)。4月にリリースされた脱筒美のアルバム「素顔のままで」には、シンシアが自ら作詞したナンバーが2曲収録された。このアルバムは中里/田山コンビを中心に、作曲では梅垣達志、サウンドでは萩田光雄をメインに常連の水谷公生、馬飼野ファミリーの康二、新たな作家陣では松井忠重が起用された。梅垣は、アルファレコードを設立する村井邦彦がプロデュースした「翼をください」をレコーディングした「赤い鳥」を解散した後藤悦次郎と親友で、1977年にリリースされる紙ふうせんの「冬が来る前に」を編曲し大ヒットさせる。松井は、作曲やアレンジャーと活動するが、大ヒット作はダブルミリオンを記録したもんた&ブラザースの「ダンシング・オールナイト」であろう。ヤマハ音楽振興を中心に頭角を現してきた作家陣を中心に、洋楽の換骨奪胎からニューミュージックと呼ばれるサウンドが生まれていく時代だった。5月にリリースされたシングル「青春に恥じないように」は、同年初のベストアルバム「YUMING BRAND」をリリースする荒井由実が作詞を提供した。音楽作家が志望だったユーミンをシンガーとしてデビューさせたのが前述の村井だった。6月、2枚目になる2枚組のベストアルバム「Best of Best 南沙織のすべて」がリリースされた。リリース日は、前年と同じベストアルバムのリリース日と同じ日に設定された。
1976年、シングル4枚、アルバム5枚リリース。
3月 シングル「気がむけば電話して/ふりむいた朝(中里綴/田山雅充/萩田光雄)」
4月 アルバム「素顔のままで」
5月 シングル「青春に恥じないように(荒井由実/川口真/萩田)/窓灯り(中里/田山/水谷公生)」
6月 アルバム「Best of Best 南沙織のすべて」
9月 シングル「哀しい妖精(松本隆/ジャニス・イアン/萩田)/空色のインクで(中里/田山/萩田)」
9月 アルバム「哀しい妖精」
11月 アルバム「南沙織ヒット全曲集 -1976年版-」
11月 シングル「愛はめぐり逢いから(岡田冨美子/林哲司)/Good-bye my yesterday(竜真知子/林)」
12月 アルバム「ジャニスへの手紙」
9月、ジャニス・イアンからの提供曲に松本隆が日本詞をつけたシングル「哀しい妖精」がリリースされた。同年、ジャニスのシングル「Love is Blind」がテレビドラマ「グッドバイ・ママ」に採用され、オリコン洋楽シングルチャートで8週連続1位を獲得した。シンシアのお気に入りだった彼女もカメラマンと結婚している。翌年リリースされた「Will You Dance?」は、山田太一の名作テレビドラマ「岸辺のアルバム」の主題歌に採用され、アルバム「Miracle Raw」はニッポンでミリオンセラーを記録する。同月リリースされた同名のアルバム「哀しい妖精」には、バラエティに富む作家陣による楽曲とニューミュージック調なサウンドで綴られ、1曲だけ収録された有馬/筒美コンビの楽曲は、シンシア初期のナンバーの様な懐かしい印象を受ける。「何も知らないくせに」は都倉俊一の楽曲で、萩田の力量なのか都倉チックなリズムが仕込まれて興味深い。山川啓介は「ふるさと」という歌詞を提供しているが、氏の大ヒット作「時間よ止まれ」は1978年にリリースされる。「さよならはあなたから」は別れの瞬間を描いた切ない歌詞だが、作詞の杉山政美の有名なナンバーは、レイジーの「赤頭巾ちゃん御用心」だろう。安井かずみ/加藤和彦コンビの作品も1曲収録されている。多様な作家陣だ。シンシアというアーティストを中心に世界観が広げられている感は否めない。11月、ベストアルバム「南沙織ヒット全曲集 -1976年版-」がリリースされた。同月、シティポップの原点、林哲司の起用によるシングル「愛はめぐり逢いから」がリリースされた。新進気鋭の作家陣を起用したシングルのリリースが続く。
アルバム「ジャニスへの手紙」収録曲
『題名(邦題)』作詞(訳詞)/作曲/編曲
『I LOVE YOU BEST (哀しい妖精)』ジャニス・イアン/同左/萩田光雄『BACK HOME』ジャニス・イアン(竜真知子)/同左/萩田光雄
『PEOPLE TALK (輝く瞳)』ジャニス・イアン(中里綴)/同左/萩田光雄『I'M HOLDING ON』ジャニス・イアン/同左/萩田光雄
『ONE MORE TOMORROW (長い帰り道)』ジャニス・イアン(中里綴)/同左/萩田光雄
『ANGELA』ジャニス・イアン(竜真知子)/同左/萩田光雄
『FOUR STRONG WINGS (風は激しく)』L.TYSON/同左/萩田光雄
オリジナル歌唱:イアン&シルヴィア(1963年)
『EARLY MORNING RAIN (朝の雨)』G.LICHTFOOT(比良九郎)/同左/萩田光雄
オリジナル歌唱:イアン&シルヴィア(1965年)
『I DIG ROCK AND ROLL MUSIC (ロック天国)』P.SOOKEY・J.MASON・D.DIXON/同左/萩田光雄 オリジナル歌唱:Peter, Paul & Mary。
『DON'T THINK TWICE, IT'S ALL RIGHT (くよくよするなよ)』ボブ・ディラン/同左/萩田光雄 オリジナル歌唱:ボブ・ディラン
『SWALLOW SONG (つばめの歌)』R.FARINA(中里綴)/同左/萩田光雄
オリジナル歌唱:Mimi & Richard Farina。
『BLOWIN' IN THE WIND (風に吹かれて)』ボブ・ディラン/同左/萩田光雄
オリジナル歌唱:ボブ・ディラン
B面でのカヴァーでは、ジョーン・バエズとボブ・ディランのナンバーが際立つ。彼等に象徴される時代の潮流に多大な影響を受け、ポップスからアーティストへの変換、ポスト筒美へと移り行く証左と強く感じる。
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