告別式には台風が来る
ゆるふわ教室の第１２回です。
物語にすることさえできない思い。
どなたにもおありでしょう。
☆ ☆ ☆
自宅で妻の通夜を終える。賃貸マンションの一室だ。身内だけとはいえ、夜遅くまで居てもらうわけにもいかなかった。
独りの部屋。
白い棺を前に立ち尽くす。
辺りはしんとした。
にゃあと鳴く声。押し入れに隠れていたピキが歩み寄る。棺へ飛び乗ってしまう。か細く鳴いて、カリカリと前足で掻く。
慌てて、棺の小窓を開けた。
化粧を施された妻の顔が覗く。ピキは鳴きやむ。前脚を揃え腹這い。小首が傾ぐ。可愛がってくれた飼い主の顔にじっと見入った。
しばらく放っておいたら眠っている。焦げ茶色の体を棺の上に長々と伸ばす。気持ちよさそうな寝息が微かに聞こえてきた。
☆ ☆ ☆
告別式は台風だった──
棺を火葬に送った待ち時間。二十数名の身内で昼食をとる。部屋は一面ガラス張りの窓になっていた。鮮やかな緑の庭園は広がる。
のどかな景色。
けれども今、木々の緑は風に撓っていた。
雨が窓ガラスを叩きつける音も響く。
窓際のテーブルにミドリの写真。
微笑んでいる。額縁は黒い。
あちこちで時折、囁く声がするものの、食事は静かに進む。私のテーブルには、向かいで両親と叔母が座った。
叔母は神職の資格を持つ。小柄な和服姿からは、大らかな雰囲気が漂う。
食べ終えた私は、不意に語り出す。考えはない。口が意図せず動く。
「参ったよ。朝飯を食ったら、なんだか急に眠くなっちゃって。ちょっと寝るよって……介護ベッドの横で寝ちゃったんだ、オレ」
軽い調子で話す。声は震えた。
「ミドリが答えた最後の言葉ね。いいわよ。寝ててなの。なんだか。やりきれない。どうして寝ちゃったんだろなぁ」
ふと目が覚める。浅い息。最後の言葉を掛ける。心配いらないよ。安心して逝っていいからね。ミドリは片目を瞑って応えてくれた。
「あら、それはね」
叔母の声色はいつもと違う響きだった。
「一番、大切な人に、一番苦しいところを、見せたくなかったのよ」
途端に心は解けていく。
ミドリの笑顔が脳裏に浮かぶ。
「ほうら、フジくんが笑ったから」
辺りが急に明るくなっていく。叔母の視線を辿る。窓一面、燦々と陽は射す。部屋に低く流れていた囁きが消える。しんとした。
ミドリの写真を後光が覆う。
「晴れちまったぜ」
呆れたような父の声が響いた。
「フミコさん、ありがとね」
頭を下げる母の声は消え入るようだ。
「この子が言うの。昨日からずっと言うの。オレ、なんで寝ちゃったかな。あたし、なんにも言ってあげられなくて」
「親だから無理よ」
フミコ叔母は片手を振った。
「あたしだって、自分の子どもだったら言えないわ。ミドリさんが言わせてくれたの」
「いいかしら」叔母が身を乗り出す。
「あなた、これから幸せにならなくちゃね。ミドリさん、それだけが心配なの」
受け入れられない
自分を責める思いが湧く
けれども叔母の勢いに首肯いた。
帰りの車で骨箱を抱え座る。窓外は雨と風が戻る。両腕がじんわり痺れる。箱から柔らかく温かい流れ。やがて体中包まれた。
告別式には台風が来る──
トークのお相手です👇
☆ ☆ ☆
「出来過ぎた話や。ほんま驚くわ」
『だよね。呆然としたもんさ』
「あるんやなぁ。こういうこと」
『うん。あるんだねぇ』
「これまで書けんかったんやね」
『やっと書けたよ。十二年かかったな』
「……書いて手放すんや」
『手放せたのかなぁ』
「次は何を書くん？」
『愉快なこと、語りたくなったよ』
「フジさんのギャグ、おもろいで」
『あはは～だといいけど』
「ほら、あれ。食われちまう話とか」
『あはは～前に書いたね。懐かしいな』
「関西人の読者さん、お笑いにキビしいで」
『どうかひとつ、お手やわらかに👍』
ではまた💚
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