【掌編小説】シェアレス・シガーレス
「ほいこれ」
差し出されたのは手のひら大の黒い箱。緩慢に首をめぐらせれば、ビニール袋を携えた友人がそこにいた。
「座り込むほど俺長い買い物したか? 確かに多少悩んだ自覚はあるが」
「そんなことはないよ」
答えて、ゆっくりと立ち上がる。急にしぐれた空は彩度の低いブルーグレーから変わらず、天候が回復する兆しは一向に感じられなかった。雨宿りがてら立ち寄ったコンビニの軒先は思いの外狭く、風が吹けばたちまちのうちに濡れそぼってしまいそうだ。湿気を吸って元気にはねる癖毛をわしゃりとかきあげ、隣でがさごそ音を鳴らす友人を見遣った。
律儀なことに、友人は黒い箱をずっと差し出したままだった。ビニール袋の持ち手をくわえて片手で中身を漁るという器用さにもはや何度目かわからない感嘆をもらしつつ、しかし受け取らずにいると、
「これだったろ? アメスピの黒」
「そう」
「ほれ」
早く取れ、と無言で促す友人のもう一方の手には赤い箱。
「そっちを貰おうかな」
「そっち?」
疑問形でありながら友人の目線はしっかりそれを捉えている。赤い長方形の菓子箱。となると疑問の先は起因となった台詞でしかなく――
「禁煙、しようかと思って」
「……いまさら?」
追及される前に自白したにもかかわらず、頭から足の爪先までまじまじ見つめてくる目つきには胡乱さ以外の何の感情も読み取れなかった。これが心身の健康を慮るつもりの人間に向ける視線だろうか。あまりに信用がない。重度のヘビースモーカーである事実は否定しないが。
「そう」
友人の手に乗せられたままの煙草をビニール袋へ戻し、代わりに菓子箱をさらう。
「しばらく前から試してはいるんだけど。どうにも口が寂しくて」
返答を待たずに開ける。一袋だけを取り出して返すと友人は素直に受け取った。
銀の小袋から一本だけを出し直に口でくわえる。
「扱いがまんま煙草」
「まず形から、って言うだろう」
「紛らわすのにか」
「そう」
軽く振り、飛び出た一本を友人へ向ければ、彼も無言でくわえた。
まるで煙草をシェアするようなやりとりの後、
「珍しいね。お菓子を買うなんて」
ぼんやりと見上げる空はいまだ変わらぬブルーグレーのまま。
「何やら今日は世間じゃァこれの日らしいぞ。レジ前にでかでかとアピール文句が置いてあったので売上に貢献した次第」
「へえ。初耳だ」
「お前さん普段ジュブナイルな若者と接してる癖に世間を知らんよなァ」
「類は友を呼ぶって言うからね」
「ぐう」
ぽきり、と口のなかで菓子が折れる。煙草代わりにするにはやはり心許なかった。
「知らぬ間に記念日が増えるだなんて、面倒な女みたいだね」
「世の女性を敵にまわす発言しかと耳に入れたぞ」
「きみしか聞いていないだろう」
「共犯にしたくば昼飯で手を打たんこともないが?」
「お安い御用だ」
友人の希望で昼食が丼物に決定したころには雨脚も弱まり、雲上の光の存在を認知できる程度に空は明るさを取り戻していた。冬の季語が訪れるこの時期はどうにも感傷的になりがちだ。それもこれもすべて――
「やっぱり煙草、くれないか」
「ほら見ろ」
(了)
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お読みいただきありがとうございました。
ポッキーの日らしいのでいつか書いたしぇあぽきSSでした。
黒のアメスピっていまもあるのでしょうか🤔🤔