怒れるおっさんの寂しさを知る
夕暮れ時、公園での遊びを終え、自転車を漕いで家に向かっていた時のこと。
自転車レーン上に駐車している自動車があって、行く手を阻まれてしまった。
左手のガードレールはちょっと先まで切れ目がないので歩道に入れないし、
かと言って右側は二車線ビッチリの車がハイスピードで通っているので危険。
他に方法がなく、ガードレールと停車中の車の間をぶつからないようにゆっくりと通ったのだったが、
歩道に入って一安心という時に、後ろから「ちょっと!あんた!弁償しろ!」とおじさんの怒鳴り声がする。
「え?何事?」という感じで、おじさんの話を聞くと、自転車の
チャイルドシートカバーが車にこすれてしまったようだった。
ようだった。というのは、私は全く気づかず、おじさんがすごい形相でまくし立てるのを聞いて、ことの顛末を知ったのである。
で、一緒に車を確かめようと向かうと、
おじさんがここが当たったんだよ!とミラーを自分で動かしながら言うので、すでに私が当たったのか、おじさんが動かしているのかすら、ちょっとわからない状況になってしまった。
あれ?もしかしてちょっと変わったタイプの方?と思いながらも、
カバーが擦れてしまったことについては申し訳ないのですぐに謝った。
いずれにしても、自転車保険も入っているし、本当に何か損害を与えてしまったなら弁償するつもりだし…と思っておじさんの話を聞いていると、
なぜか、「こう言う時には素直に謝らないと社会では通用しないぞ、これは親切心で言っているんだ」などと、ちょっと話が横道に外れ、謝れ、謝れ、と何度も怒鳴る。後ろに娘もいるし、オーディエンスも増えてきたし、どうしようかな…警察さんに声をかけた方がいいのかな?と思い始めた時に、
茶髪で細眉の、いかにも「中高やんちゃしてたけど今は優しきパパ」って感じの若い男性(後ろに奥さんと娘さんがあり)がこちらにつかつかと来て
「この人もずっと謝ってるだろ?これ以上どうして欲しいんだ?」
と結構強めな口調で助け舟を出してくれたのである。
すると怒りのおじさんの顔が一変、
いきなりやんちゃパパに媚を売るようにニヤニヤして、
「いやいや、申し訳ありませんね。私は親切心で…」と後ずさり。
一瞬にして車の中に戻ってしまったのである。
ふと、おじさんが戻った車中に視線を向けると
いつトリミングされたのか…と思われるボサボサの小型犬が一匹
不安そうに窓の外を見ている。そしてその奥には、
食べ終わったインスタントラーメンのカップが10個ぐらい積み重なったのが
助手席に2つくらいの塔になっていて、パンパンのビニール袋が山積み。
顎につけていて役に立っていない安倍のマスクも、よく見ると黄ばんでいる。
もしかすると、と思った。
私はたまたま、おじさんの怒りを表出させる、程のいい対象になっただけだったのだろう。
自分が怒ったら、絶対に謝るだろうとわかるような、若い主婦。
溜まり溜まった怒りがそこに向かった時、タガが外れたように怒鳴り散らしてしまったのではないだろうか。
でも、おじさんの本当の怒りの矛先は、私のチャイルドシート云々ではなく、おじさんの日々の生活のあれやこれやなんじゃないか、と。
だって、もしもその件について真剣に訴えたいなら、やんちゃパパの声で退散せず、自分の意見を説明するはず。
きっと「謝れ!」という怒鳴り声は、おじさんの中に渦巻いたマグマだったのだろうなと、その肩が落ちた、情けない後ろ姿を見て思った。
今まで怒鳴られていた悲しみが、少し、哀れみにも似た気持ちになった。
「さ、早く帰りな」とやんちゃパパの奥さんが私に目配せしてくれた。
「ありがとうございます」と深くお礼をして、自転車を漕ぎ出す。
どこの誰とも知らない私を助けてくれた、正義感溢れるやんちゃパパ&ママに、心から感謝をしながら、怒れるおじさんにも少しでも良いことが起こりますように、と祈った。