1,185日、愛してると伝え続けたら、そこに愛が詰まっていた。
秋晴れの今日は、娘と公園に行った。
最近になって、めっぽう足が早くなった娘。ところ構わず「ヨーイドン」とかけ声を唱えて、一人で駆け出す。道では危ないので手を繋ぐか、一緒に伴走するのだが、今、体からほとばしる「走りたい」気持ちを無駄にしたくなくて、できるだけ広い河原の近くまで連れて行って、勝手に走り回らせている。走っている時の娘は、ちょっと口角があがって、風が吹いたりするとスカートが膨らんで、何かドラマのワンシーンをみているようだ。人が心底楽しんで生きている時ってこんな顔なんだ…と感慨深く、娘を眺めていた。
風が、金木犀の匂いを運んでいた。
その時、娘が地面の境目に足を引っ掛けて、けっこうな勢いで転けた。飛んだ?と思うくらい豪勢にすっころんだので、急いで駆け寄ると、意外に大丈夫そうだ。泣かずに、むくっと手に力を込めてちゃんと起き上がってきた。
幸いにも、公園用の柔らかいゴムのような地面だったので、膝小僧が赤くすれている程度で、血も出ていない。でも、やっぱり3歳児には痛かったようで、私の顔を見た瞬間に涙が目に滲んでくる。
「大丈夫?」と私が聞くと、
「うん…つまっていたから、大丈夫だよ」という。
「ん?詰まっていた?ああ、地面がゴムみたいだもんね?」
「ちがうよ、ママのあいがつまってたの!」
娘が口をとんがらせている。唐突な返しでちょっと驚く。
そして、ああ、娘はずっと私のことばを聞いていたんだ。と理解した。
*
私が娘くらいの年頃、友達の家に預けられることが多かった。自分の家にはないシルバニアのおもちゃ、キッチンセット。一人っ子の家には可愛いテントがあって、秘密のおままごとをしたり。料理上手なお母さんのいる家では、毎度手作りのケーキを食べさせてもらったし、裁縫上手なお母さんには手編みの髪留めを作ってもらったこともあった。楽しかった記憶がたくさんある一方で、そこにいる大人はいつも「誰々ちゃんのママ」だった。「今日の晩御飯はー?」と友達がお母さんのエプロンを引っ張って甘える時、「私の分は用意されないんだから帰らないと」と焦っても、一人ではどうしようもなくて、ただヘラヘラニコニコしていた。窓の外が薄暗くなってくる頃、「私のお母さんはちゃんと迎えにきてくれるのだろうか?」とドキドキして、居ても立ってもいられない気持ちになった。
当時は妹の喘息がひどく、病気がちで頑固な祖父と同居していたから、母は病院やら家の仕事やらで多忙だった。だから、むしろそうやって母がその大変な状況を切り抜けてくれたこと、周りのママたちが私を預かってくださったことに感謝するべきだと、今この身になってつくづく思うのだが、やっぱり「人の家にいる感覚」というのは、少なからず「人に好かれなきゃ」という私の根本的な性格に大きく影響を及ぼしたように思う。「預けられる」ということは、私は「一番には愛されてない」のだろうか?という棘のような思いを抱かせた。もっといい子になって、もっと人を喜ばせないと、と無理にはしゃぐ私の原点は、きっとあの3歳の、友達の家で遊んでいた頃に密かに生まれたのだった。
そういう背景もあって、自分の娘が生まれた瞬間から「愛してる」を雨あられのように伝えてきた。3年2ヶ月前、娘が生まれてきた時、「自分がどこにいても、何をしても愛されている」ということを、彼女の心に刷り込みたいと思った。家の外にいても、私がそばにいなくても、自分への愛を確信して、心強くいられるように。いつか私の手を離れる時も、愛に満たされて、元気よく出航できるように。そう思って、毎朝毎晩、娘を抱きしめて、ほっぺを手で包んで「愛してる、愛してる、宝物さん」と繰り返してきたのだった。
*
そして、今日。転んで起き上がって来た娘が「ママの愛が詰まっているから大丈夫」と答えた。その言葉を聞いた時、胸がキュッと締め付けられるような、泣きたいような、笑いたいような気持ちになった。そんなマセた受け答えをいつ、覚えたのだろう。
私はまだ、3年しか子育てをしていない。
失敗ばかりで、こんな親で大丈夫かと思い続けながら、だましだましやってきた。私の下手な歯磨きで、この子が虫歯だらけになったらどうしようとか。私の生理前の不機嫌が、この子の人格形成に悪影響を及ぼしたらどうしようとか。私の料理が下手だから、野菜を食べてくれないのかとか。今の怒り方はダメだった、今の褒め方はダメだった…。あのお母さんみたいに…もっとこうしたら…色んな悩みがあって、心配事は尽きなくて、現在も進行中だけれども。
それでも、私の不器用な「愛」を、娘がちゃんと受け止めてくれているんだな、と気づいて、これは今日の日記に書かなきゃいけないと思った。いつか子育てで落ち込んだ時に、振り返るんだ。今日のことを。
ママの心も今、あなたがくれた愛で詰まってるから。今日の金木犀の匂いは、絶対に忘れない。