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奇妙な味のショートストーリーズ

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これまでに書いた掌編、短編、ショートショートをまとめています。奇妙な味の作品が多いです。
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2017年4月の記事一覧

とん津【掌編小説】

 最近、学食には滅多に行かなくなった。大学裏の商店街にあるトンカツ屋に通っているからだ。「とん津」と書いてトンシンと読む店で、少なく見積もっても七十は超えようかという深い皺の主人が一人で切り盛りしている。
 友達は誰も知らなかったが、ゼミの先生に「とん津」の名前を出すと「ああ、あそこ。へえ、まだやっとんのか」といつもの関西訛りで感心したように言った。随分昔からある店らしかった。
 店内は狭い。テー

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パラレル・シスターズ 秋桜編【掌編小説】

 ある朝ベッドから起き上がると、私の部屋には三人の女の子がいた。彼女達はまったく同じ顔、まったく同じ体、まったく同じ声。彼女達はそれぞれ違う女の子でありながら、同時に同じ女の子。彼女達は平行世界からやってきた、平行な三姉妹、〈パラレル・シスターズ〉だったのだ。

 どうしてパラレル・シスターズが私の部屋へやってきたのか。それは誰にも(シスターズ本人たちにすら)分からない。平行世界を行き来するあらゆ

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センチメンタル・ツベルクリン【掌編小説】

 あの注射器の細い針を相楽ユウコは今でも鮮烈に覚えている。

 特定の記憶というのは、目の奥の網膜に焼き付いて離れないものだ。そして油絵の具を塗り重ねるように、思い出す度にゴテゴテと不細工に盛り上がっていく。頭の中にはひねくれた小さな画家が棲んでいる。相楽ユウコは冗談のようにそう思う。
 木枯らしが吹き始め、風景からいよいよ生命の躍動感が消失していく。もの悲しい季節だと人は言う。相楽ユウコは決して

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風船売り【掌編小説】

 ペンキで塗ったような青い空をした日曜日。こんな日には、もしかしたら〈風船売り〉がやってくるかもしれない。

 風船売りはもちろん風船を売るのが仕事だ。でもそれは表向きの話。風船売りの風船には、街中で囁かれた言葉が詰まっている。良い言葉も悪い言葉も、真実も嘘も噂話も。

 僕の弟は風船売りの風船につかまったまま、どこかへ行ってしまった。お父さんもお母さんも早く手を離しなさいって大声で叫んだけど、弟

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