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【小説】雨の日がスキだった

子供の頃から雨の日が好きだった。

振ってくるとそこら中に土の匂いがして、土が濡れたがっているのを感じ取る。

土と一緒に私も雨を喜んだ。

元気に動き回る同年代に付いて行けないから。

誰もが家で大人しくする雨の日が好きだと思っていた。

スキって言葉が雨に相応しいのかは解らないが、他人を羨む私にはぴったりだった。



ポツリ、ポツリ、ポツリ。

手を翳すと、雨の感覚がする、土の匂いも変わって、本降りの雨が来るのかも知れない。

傘は持っていない。

私が傘を持つと、彼と相合傘が出来なくなる、だから彼との待ち合わせには傘を持って行かなかった。

彼と初めて会ったのは、いつもの喫茶店だった。

明るくてガラスで見渡せる今時のカフェでは無い。

少し暗くて、1人では入りにくい喫茶店だ。

喫茶店はカフェと云う名を冠する様になって、落ち着いた雰囲気から明るくてザワザワした場所になった。

私はそれが嫌で、昔から有る少しアングラな、売り上げを無視している様な喫茶店を見つけた。

そこが出会いの場だった。

「ここ良いですか??」

他にも座る場所が在るのに、彼はそう聞いた。

「良いですよ。」

素っ気なく答える、自分の領域を侵された気がする。

人は何故知らない他人が近づくと緊張するのだろう??

子供が自分の陣地と主張する気持ちが、大人に成っても私の中には根付いていた。

「良かった、ここ初めてで、何処に座ろうかと思ってたんですよ。」

本に目を向けて、彼を見ない私に話しかけてくる。

「そう。」

もう一度素っ気なく答えた。



それから、週一のその聖地に彼が来るようになった。

「ここ良いですか??」

最初に会った時同じ言葉、同じコーヒーが目の前にある。

少しづつ、ホンの少しづつ、話をする様になった。

家族の話も政治の話もしたくはない、何を話そうと考えていたら、彼が聞いてくる。

「いつも本を読んでいますね。」

本はどんな本でも私にとってはバイブルだ。

「そうですね、ここで本を読むのが好きなんです。」

話すのが目的で来たんでは無いと、教えるようにハッキリと云う。

「僕もね、本は好きなんですよ。」

そう言って取り出した本は一緒だった。

「その本好きなんですか??」

持ってきた本は先週とは違う。

「好きなんですよ、僕にもここで読む事をお許しください。」

茶化すように、楽し気に本を開き始める。



本がきっかけで話すと、思ったよりも自由で愉快な人だった。

喫茶店のマスターはカップルだと考えたらしく、1人で行くと「今日彼氏は??」と聞く。

「彼氏なんかじゃ無いですよ。」と答えるが、これが男性と付き合うって事なのかと考えていた。

本の話に終わりは無い。

終わりにしたくなくて、世界中の本を読んでしまいたいとも思っていた。

お互いに彼氏とか、彼女とかとも考えていない。

他に付き合っている人とか結婚しているかも確認しなかった。

そこで失う時間が怖かったのかも知れない。

手を繋いだ事は無かった。

好きな人と手を繋ぐって、特別だと思っていた。

特別だって事は、なかなかできないって事で、本で繋いだ時間を他に移すのは躊躇われる。

男性とお付き合いをすると言うのが、身体の関係を指すのなら、私達はそうでは無い。

小学生位の友達の気持だった。

好きになったら身体を合わせるのが普通なのかも知れない。

大人の男と女は身体でも繋がっていたい物だろう。

でもそんな事には興味が無かった。

今言葉で繋がっていればそれで良い。



「ごめん。」

何故か謝りの言葉が有る。

「なにがごめん??」

解らないから返してみる。

「もうここに来れないんだ。」

そう、元々1人だったから、1人に戻るだけなんだよね。

心の中で自分に言い聞かしている。

「本当は付き合いたかったし、もっといろいろ話して、一緒にしたい事も沢山有ったけど。」

言い淀んでいる。

「けど??」

「男として見てくれない人と、付き合ってゆけるほど、大らかな気持ちは持ち合わせて無いんだ。」

「男として見て居るよ。」

「君は男なんて必要ないって顔しているから。」

「そんな顔して居ない。」

「じゃあ、他の何処かで会おうか??ホテルでも行く??」

声が出ない、私にとっては急すぎるのだ。

本当はもっと早く、身体を繋げたかった??

目の前の他人が、男だった事に今更驚く。

「ごめんなさい、まだそんな気に為れない。」

「だよな、手も繋がない、キスも出来ない、男を馬鹿にしているの??」

何に怒っているのか解らない、だってそれ初めて聞いたよ。

「これからは此処に来ない、君は本と一緒に暮らせばいいよ。」

そう言い捨てて帰っていく。

1人に戻っただけ、1人に戻っただけ、頭の中の言葉が口をつく。



降り始めた雨が強くなってきた。

ポツリポツリがザーザーの音に変化して、体中に打ち付けてくる。

私は傘を持っていない。

相合傘の感触は好きだった。

少し触れたところから熱を帯びた身体を感じて。

今日の雨は冷たいだけ。

雨の日が好きだった。

ずっと好きだろうと思っていた。

でも、これからは好きにはならないかも知れない。

雨の記憶が苛むから。



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内山祥子
文を書くのを芸にしたいと思っています。 頑張って文筆家になります。 もし良かったらサポートお願いします。 サポートしていただいたら本を買うのに使います。 ありがとうございます。