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完璧じゃなくていい
遊びに来ていた子供たちが、「午後、スキーに行きたい!行ける?」と言ってきた。
幸いうちにはおさがりのスキーも、靴も、スキーウェアもそのまま取っておいてあるので、23~27cmまでの足のサイズの子であれば、貸してあげられるから、子どもたちはリフト代として2時間券の500円だけあれば連れていける。
スキー場は家から車で30分の、初心者にはうれしい気軽に行けるスキー場。
みんな、スキーはやったことあると言う。
一人は二年前のスキー教室で中級だったというから、安心して連れて行った。
いざ、スキーを履いてみたら、A君が急に、「リフト、ムリ!」と言い出した。
ブランクあるし、不安なのかな?
「わかった。じゃあA君はちょっと下で練習してからにしようか」
と、他の子達は先にリフトで滑っててもらうことにして、私とA君はスキーでカニ歩きをしながら坂を上り、滑ってみることにした。
ところが、やってみたら、ボーゲンの形はできるものの、スピードコントロールができない。止まれない。曲がれない・・・。
おお・・・これは、一から教えるやつだな。
それから30分。
汗だくで坂を上っては滑るの繰り返しの特訓。
上の友達を気にしながら、なかなか集中できないA君。
「大丈夫。スピード出ちゃって怖くなったらお尻ついて転んじゃえばいいから」と言いつつも、スピード出ちゃうときのエッジの立て方とか、止まり方とかまずは練習。
「そこでぎゅっとエッジ立てて!そうそう!ほら!止まれるようになった!」
でも、曲がる練習をして、曲がった瞬間、スピードが出て怖くなってすぐお尻ついて転んじゃう。
「大丈夫。今ちゃんと曲がってきてたから、そのまま板に乗って、こらえてごらん。大丈夫、できてるよ!」
って、励ましながら。
「やった~!!そうそう、曲がれたじゃん!反対側もそんな感じだよ」
そんなこんなで、短時間で曲がれて止まれるようになったA君。
そこへ、先に滑ってた他の友達が合流。
そしたらなんと、もう一人のB君もリフトで上まで行ったはいいものの、曲がれない、止まれなかったらしく、滑っては転がり、滑っては転がりしながら、なんとか降りてきたという。
おう・・・。なんと。君もか。
よし、A君と一緒に曲がる練習しよう!
それでもB君もボーゲンはできる状態だったので、曲がって止まるのコツをすぐにつかみ、いよいよみんなでリフトで上に行こう!ってなった。
そしたら、A君「ムリムリ~!!」と言う。「俺、リフト乗らなくていい」と。
「いやいや。曲がって止まれたら、大丈夫。このぐらいできたら、絶対上から滑っても大丈夫!初級コースだし、行けるよ!」
「一緒に行くから、大丈夫」
友達と行きたい気持ちも大きくなって、意を決してリフトに乗るA君。
乗った瞬間「ムリ~!俺、高いとこダメ!目つぶってる!」と。
なんと高所恐怖症でしたか・・・。
降りるときに合図して目を開けてもらって、なんとかリフトを降りる。
でもね、みんなと一緒に滑ってみたら、それまで「ムリ~!絶対ムリ~!」って言ってた子が、友達についていこうと、ちゃんと一人で滑って行けちゃうんですよね。
「ほら~。できるじゃん~!大丈夫だったでしょ?」
転んでも転んでも、だんだん楽しくなっちゃって、もう一回。もう一回と、何度もリフトに乗っては滑るA君とB君。
彼らと一緒に滑ってて思い出していたのは、息子を初めてのスキーに連れて行った頃。3,4歳のころ。
まだ、『エッジをたてる』ということがわからないから、バランスよくスキーに乗ってゆるいところは滑れるものの、止まることができないから、親が後ろから両わきを支え、足の間にはさんで滑る練習をしていました。
スピードをコントロールするのも親。曲がるのも親。子どもはただ足の間で抱えられて全体重を預けて滑る感覚を楽しむ、っていうやり方で。
ゆるいところで初めてつかんだ手を放し、一人で滑らせてました。
小さいうちは、滑る感覚を楽しむことと、最後、ゆるいところで、一人で滑れた!っていう感覚が大事なのかなって思って。
でも、わきを支えられて、親に全体重を預けちゃうと、子どものスキーだけが前に行っちゃって、結局お尻ついて転がっちゃうので、「自分で立って!後ろに体重かけないで。自分でスキーの上にちゃんと立って!」と言ってました。
自分でスキーの上に立てないうちは、全然滑れるようにならなくて、滑れるようになったのは、やっぱり一人で転びながらも、自分の感覚で、こうやれば止まれる。こうやれば曲がれる。って、体で覚えていくようになってから。
ついつい、転ばないようにって思っちゃうけど、転び方も大事だし、自分の力で立ち上がることも大事でね。
そこは、口は出すけど手は出さないで、なんとか自力で立ってもらう。
転んで転んで、また転んで。普通だったら、もう嫌になっちゃうだろうな~って思うんだけど、不思議と子どもって、頑張るんですよね。あきらめないんですよね。
で、そうやってかっこ悪く転びながらも、だんだん滑ることが楽しくなってきて、風を切ってすべるのが病みつきになっていくんですよね。
そんな子ども達見てて思った。
かっこ悪くてもいいじゃない。
転んだっていいじゃない。
完璧じゃなくていいじゃない。
不完全でも、楽しんじゃえばいいじゃない。
そしたら、こんなに楽しいんだから。
私たちって、どうしても完璧じゃないとだめだと思っちゃうところがある。
ちゃんと転ばないで滑れるようになってからじゃないとリフトになんて乗れないって思ってしまっていたA君のように。
日本人って、「Can you speak English?」って聞かれたら、「No!」って、それ以上会話できなかったりするんだけど、英語圏の人に「日本語しゃべれますか?」って聞くと、「Yes!こんにちは!ありがと!にほんだいすき」みたいに、ちょっと喋れるだけで、日本語話せるって言えちゃうところがあって、かれらは、なんとかそれでもコミュニケーションとろうとしますけど、日本人って、奥ゆかしいというか、ちゃんと話せないと恥ずかしいからしゃべれないみたいなとこがあって、せっかく仲良くなれるチャンスがあっても逃してしまいがちだったりしませんか?
なんか、そういうことが、全てにおいてあって、完璧じゃないからから人前で発表する自信がないとか、ちゃんとできてないから、できるなんて言っちゃいけないんじゃないかとか、つい、口から出てくる「ムリ、ムリ~!」。謎の遠慮がしみついちゃってませんか?
それって、『みんなと同じじゃなきゃいけない』とか、『人と違う事すると恥ずかしい、笑われる(怒られる)』とか、学校の中で、日本という社会の中で長年大人の中にも浸透していて、きっと、そういうのが、子どもたちにも伝わってるんだろうなって思うんですよね。
「私なんてムリ、ムリ~!」って、子どもの前で言ってませんか?
でもね、完璧になるまで待ってたら、なんにもしないうちに年取っちゃうよ?
私とあなたは違うのは当たり前。みんな違って当たり前。みんなと同じじゃなくてもいい。
だから、自分がいいと思ったら、自分の足でまっすぐ前に進んでみたらいい。
人によりかかりすぎると、一緒に転んじゃうよ?
自分の足で立たないと、自分の人生楽しめないよ。
自分の進む道は、自分で決めていいんだよ。
転んだって、かっこ悪くたっていいじゃない。
自力で滑り、さっそうと風を切るあの感覚を味わってほしい。
ほんと、気持ちいいんだから!
たまに大転びすることもあるけど、わははと笑って、また立てばいい。
そんなことを思った休日でした。
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