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サチコのにっぽん蒸し話①『なにけんの糸』

芥川龍之介『蜘蛛の糸』より

ある日のことでございます。

サチコは新幹線の中で、インスタグラムにコソコソ投稿しておりました。その内容は「『なにわ健康ランド湯〜トピア』さんにご招待されて、今、大阪に向かっております」というもの。ご招待なんて初めてのことですので、サチコはすっかり浮かれておりました。自分の胸だけに留めて置くことができず、全世界に向けて発信していたのです。すると優しいフォロワーさんたちがすぐにいいねを押してくださって、次々とコメントが入ります。

サチコの浮かれ気分は最高潮に。

しかしこの2時間後、サチコはどん底に突き落とされるのです。なにけんさんに到着した頃、サチコはあることに気づいてしまったのです。それは・・・。

「インスタのフォロワー数が20も減っている」

一日で10人近く減ったことはこれまでにもございました。でも2時間で20人は初めて。しかも平日の昼です。夜になったらもっと減ることでしょう。サチコは頭を抱えます。普段、フォロワー数なんて気にしないと言っていたくせに、やはり凡人。承認欲求は強かった。私の何がいけなかったのかとサチコは投稿内容を見直します。そんなこと決まっているのに。

調子に乗ったから。

最近いいことが続いて、すっかりサチコはポジティブになっていました。「サチコさん、楽しそう。ネガティブはどうしたの」とおふろの国の熱波師、井上勝正さんにも言われていました。そうです、サチコのフォロワーさんは皆、サチコにネガティブを求めているのです。そうに違いありません!

しかしサチコは去っていったフォロワーさんを恨んだりはしませんでした。なぜならサチコも同じことをした経験があるからです。ある貧しい中年ユーチューバーの動画を毎日楽しみに見ていたサチコは、そのユーチューバーの登録者数が10万人を超えたのを見て驚きました。さらに彼が派遣をやめてユーチューブ1本の生活を始めたと知った途端、サチコは急に熱が冷めてフォローを外してしまったのです。ダメな人間が頑張っているからこそ、人は応援したくなるものです。現状に満足してしまったポジティブな人間の投稿など、二度と見たくはないものなのです。

サチコはがっくりしましたが、ここは気持ちを切り替えるつもりで、なにわ健康ランドさんで心の湯治をすることにしました。すると本当に「湯治」という部屋があるではありませんか。中に入ると蒸気が立ち込めていて、一人ひとりが横になれるベッドがあります。ベッドと言ってもそこには一面、小石が敷き詰められています。この小石の上にバスタオルを敷き、その上に横になってさらに体の上にバスタオルをもう一枚かける。サチコは入口にあった説明書き通りにしてみました。蒸される。そして静か。呼吸がしやすい。深く息を吸うときに体が揺れると、タオルの下の小石がジャリジャリと鳴り出します。横になりながらもまるで座禅を組んでいるような気持ちで、自分に集中するサチコ。どうやらウトウトし始めたようです。

目の前にはハスの花が一面咲いています。

お釈迦様がなにけんの蓮池の淵に立ち、下界を覗き込んでいます。なにけんの蓮池の下は地獄。

するとその地獄の底に、サチコという女が一人、他のヌシたちと一緒にうごめいている姿がお釈迦様の御目に止まりました。このサチコという女は、これまで様々な熱波師を粘土人形に仕立て上げ、許可なく譲渡したり販売したりしていた罪人。「私は一介のサウナーに過ぎない」と言いつつ、このたび調子こいて温浴施設に招待されようとしたためにフォロワーに嫌われ、ヌシ地獄に落とされたのです。

お釈迦様は呆れた顔でサチコを見つめ、その場を立ち去ろうとしました。すると一匹の蜘蛛がお釈迦様に駆け寄ってきて言いました。

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「このサチコという女、いろいろと悪事を働いてきましたが、それでもたった一つ善いことをした覚えがございます。と申しますのは、過去にwebの『日刊サウナ』というところで『なにわ健康ランド湯〜トピア』の記事を書いているのでございます」

お釈迦様は地獄の様子をご覧になりながら、今はもうない『web日刊サウナ』の記事を思い出し、それだけの善いことをしたのなら、サチコという女をヌシ地獄から救い出してやろうとお考えになりました。蜘蛛は喜び、自ら美しい糸を遥か下にある地獄の底へとまっすぐに下ろし始めました。

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こちらは地獄の底のサ室。

サチコは100度のサ室の中で、ヌシの長話を聞いています。外に出ようものなら「ついでにテレビのチャンネル替えるように言ってこい」だの、「もっと石に水をかけて熱くしろ」だの言われます。しまいには「お前、熱波師検定Bを持っているんだってな。ちょっと扇いでみな」と言われ、泣く泣くタオルを手に立ち上がるサチコ。上空に溜まった熱を下ろそうと見上げると、美しい蜘蛛の糸がまるでヌシの目にかかるのを恐れるように、一筋細く光りながらするすると自分の上へ垂れて参るではございませんか。

サチコはこれを見ると思わず手を打って喜びました。この糸にすがりついてどこまでも上っていけば、きっとこのヌシ地獄から抜け出せるのに相違ございません。いやうまくいけば「なにわ健康ランド湯〜トピア」で極楽な日々を過ごすこともできましょう。

こう思ったサチコはヌシの目を盗み、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりと掴みながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。

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しかしいくら上っても容易にはたどり着けず、くたびれたサチコは糸の中途にぶら下がりながら一息つくことにしました。そして遥か下を見下ろしました。するとヌシの一人がサチコがいないことに気づき、さらにもう一人が上空で糸を掴んでいるサチコの姿に気づいてしまいました。

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「おねいさん、見て! あいつここから抜け出すつもりだよ!」

「なにぃ〜」

ヌシたちがサチコの後に続いて糸をたぐり、上ってくるのが見えます。自分一人でさえ切れそうなこの細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけのヌシの重みに耐えることができましょうか。

「このヌシから逃げようだなんて、100年早いんだよ!」

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「ひぃ〜、来ないで! 下から覗き込むのもやめて!」

極楽浄土なにけんの蓮池では、蜘蛛がウンウン唸って重みに耐えています。サチコは上空に向かって思わず叫びました。

「元山さん!なんとかしてください!」

サチコの声を聞いた優しい元山蜘蛛は、さらにヌシの人数分の糸まで垂らしてやりました。

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サチコは喜び、下界から這い上がってこようとしているヌシたちに向かって、

「ほら、見て! なにけんさんがお姉さんたちも招待してくださるって! 全員だよ! 交通費から宿泊費、館内での食事やその他のマッサージとかアカスリとかも、全部ご馳走してくださるって!」

ヌシたちの歓声が地獄の底から聞こえてきます。するとさらに大勢のヌシたちが糸に群がってきました。その途端でございます。お釈迦様は静かに前に進み出て、

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そこでサチコは目が覚めました。

もちろんこの後サチコは「なにわ健康ランド湯〜トピア」さんで一人、贅沢三昧をさせていただきました。フォロワーの数が急に減ったのはどうやらインスタの不具合だったようで、次にスマホを見たときには戻っておりましたとさ。

最後にサチコから

フォロワーが突然減ったことも、湯治でウトウトしながらこのような想像をしたことも本当のことです。私のフォロワーさんは、こんな浮かれた粘土女にも、いつもと変わらず優しく声をかけてくださいました。良かったねと一緒に喜んでくださいました。心より感謝申し上げます。これからもサチコは謙虚に、ネガティブに生きてまいります。

「なにわ健康ランド湯〜トピア」さんで体験したことは、9月26日発行の『月刊サウナ』で詳しく書いております。お近くの温浴施設にありましたらぜひ手にとってください。読むのは買ってから(160円)にしてくださると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。

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岩本社長はお釈迦様です。

サウナのサチコ

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