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幕張20241013
亡くなった母はイオンモールに入るといつも喧しくくしゃみをしていた。使用されている建材か何かが身体に悪さをしアレルギー反応を引き起こしていたのだったか、などと思い出していたのは、幕張のイオンモールをさ迷っているうちに、目のかゆみを感じはじめていたからだった。彼女はユニクロに入ってもよくくしゃみをしていた。私はユニクロのあの独特の臭いが好きなので、わざわざそれのために靴下を買いに行くことさえあるが、どうやら私にもショッピングモールアレルギーの時期が到来してしまった。
遊星Dの書店演劇「遊星Dの ファイヴ・フィンガー・ディスカウント」を開催するという案内を受けた。幕張に行ったことはなく、ただ幕張にはよしもとの劇場があることを知っていたのでついでに寄ろうと思い、ちょっとした日帰り旅行のような予定となった。幕張のイオンモールにあるよしもとの劇場でお笑いをみて、その後散策したり食事をしたりしつつ幕張駅の方へ向かい、その書店演劇を鑑賞する、というスケジュールを立てた。
午後一時、イオンモールの三階に来たが見渡せどここにはフードコートとゲーセンしかない。ここによしもとの劇場があるはず、と思ってきたが、携帯で調べ直すとここはそもそも建物が違う。イオンモールは階数こそ三階までしかないが横に広い。駅一駅分、というほどではないにせよ、建物は京葉線に沿って広く、目的地に着くまであと百メートルほど歩かねばならない。連絡通路を歩き、ペットショップが入ったところよりも向こうにある建物まで行くと劇場がある。劇場に到着し当日券を購入した頃には開演10分前になっていた。
イオンモールに来ると、ここに私が欲するものは存在しない、という頑なな直感が生じる。置いてあるもののひとつひとつはよい品物である。地元の特産品を扱った小売店も入っており地域社会への目配せも感じられる。日曜の幕張イオンモールはとても混雑していた。イオンモールがこれほどまで混雑するのを私は初めて経験した。たくさんお店があるのに買い物する場所がひとつもない。
幕張の劇場は広くて開放感があり、見やすかった。週末ネタライブで、テレビや賞レースの人気者の10分程度のネタを見ることができた。
うるとらブギーズのコントが面白かった。催眠術ショーをさまたげる身体特性をもつ一人の観客がいる。ショーを取り仕切る催眠術師とのやり取りを通じ、やがてその身体特性は限定的に治癒されていく。互いが鏡の前にいるようにして対峙している二人の、繊細な機微がそのまま劇作のクオリティにつながっていく感覚がスリリングだった。普通の身体反応、へ向かって話は進んでいくのだが、最後に残ったのは普通の身体反応ができる身体ではなかった。
イオンモールから海浜幕張駅まで歩くことにした。幕張の高層オフィスビル街には迫力があった。でかい富士通、でかいシャープ、でかいイオン。新宿西口のオフィスビル街はせせこましいが、ここは広々として浜風も吹いて、爽快だった。
本屋lighthouse幕張支店は小さな本屋である。入り口のところで遊星Dの主宰者である梢はすか氏を見かけたので、チケットの清算を済まし、そして新刊『一億人に戯曲を読んでもらう99の方法』を手渡され、開演までまだ少し時間があったのでその本屋の隣にあるコーヒー屋に入る。
シュガードーナツを食べながら、その新刊をぱらぱらめくっていった。1ページにつき1つ、戯曲を読んでもらうための方法が書かれている。既存の流通形式に戯曲をのせていく実践の提案。この本自体が一つの戯曲の上演のようでもある。
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今回の書店演劇は、書店をそのまま舞台にし、観客と演者の敷居を設けないままに30分程度パフォーマンスが続く。……戦争が始まる、大学院生の「私」の生活、華原朋美は何度も生き返る、ルー・リードの詩集の朗読、万引きをする、「ポケモン」おつきみやまの面をクリアできない話、YOASOBI「夜に駆ける」をフルパート歌う、店員と談笑する、隣にいた客に手元の台本を読ませる……(順番はこの通りではなかった)。ひとつひとつのアクションがつながっていく。そこにはひとつのフィクションが成り立っていくのをみる、はずだったのだが私はひとつ致命的なミスを犯してしまった。事前に、観客には、古本をひとつ選んでそれを読みながら観劇するよう勧められていたので、私は一冊選んだが、それは稲森和夫『生き方』だった。本の内容の苛烈さにひっぱられてしまい、書店の客を装いつつ観客としてそこにいる、という行為の両立ができなかったのである。
幕張の高層オフィス街、イオンモールの熱気と埃とが、キャピタリズムの鼓動が、私をしてKDDI創始者のカリスマ経営者の本を手に取らせた。ただ、ほんのささやかな奇跡が起こった。この日の上演は「ねずみ」の話から始まるが、稲森の著書も終盤に「ネズミ」の例え話が入る。両方とも厳密にはねずみのことを言っているのではない。私は幕張から二匹のねずみを連れて帰る羽目になった。
追記:稲盛和夫の本のタイトルは、『活きる力』ではなく『生き方』でした! 生長の家の谷口雅春の著作『生命の実相』に稲森が開眼していくくだりが、すごかったです。