伊那を旅して 12
山の中を一人走る。
谷間を走ることも多い。
隣には見えないけれど、川がある。
水が山を削ったのか
裂け目を水が通るようになったのか
絶えず流れている川の始まりは
一滴のしずくからなのが、面白い。
***
木々の種類が変わってきた気がする。
南に下っているから?
木曽よりもここは暖かいということか。
R151を走っている。
今、周りは濃い緑一色だ。
ようやく周りを見る余裕ができて、走りながら辺りを見渡す。深い谷間のようなところ。道はひっきりなしにカーブしている。
前にも後ろにも車が見えなくなって、ようやく落ち着いた気がする。車と走ると、ついこうなってしまう。
バイクで走る時、車とよくやり取りしてる気がする。それは、抜くとか抜かれるとかついていくとか、そんなやり取りなんだけど。
車の色、走り方の癖を旅が終わった後もよく覚えている。みんな、そうなんだろうか。
一人で走っているから、たまに一緒になり絡めるのが嬉しくて、一人で一緒に走ってる気分になっているんだろうか。
金沢の帰り、雨の中、必死で追いかけた銀色の車とか、会津の雨の中、後をついて走ったトラックとか。きっと今回の青い車もずっと覚えてるんだろう。
ふと、遠くに看板が見えた。
メーターを見る。まだ調べておいた分岐点の距離には達していない。でも、不安がよぎる。
不安が勝ち、路肩に停まってしまった。スマホで地図を見る。
ここは手前の道で、どこか違うところへ行ってしまう道だったみたい。
ホッとしていたら、青い車が脇を抜いて行った。せっかく引き離したのに、こんなことで抜かれてしまったという気持ちと、もうすぐ分岐だからもういいやという気持ちと。
もう一度走り出すと、もう速く走る気も追いかける気も湧かなくなっていた。
***
車の列が見え、みんな並んでノロノロと走っている。人里に出るようだ。信号があるんだろう。結局、青い車は2台前にいて、なんだか可笑しい。
信号が曲がりたいところだった。かなりの台数は直進していく。あまり曲がっていかないところに一瞬不安を覚える。青い車が直進するのを視界の端で確認しながら、自分は左折した。
高架を走り、トンネルに入る。一気に人工物に囲まれる。ここからは直線。高速道路に入っていく。
トンネル内で一気に緊張が解けた。高速は運転に気を遣う場面がかなり減る。ただ走ればいい。今はその楽さがいい。
新東名へ。看板をよく見て、向かう方向を間違えないように気をつけて、東京方面へ。最寄りのPAを目指す。やっと休める。
浜松PAに着いた。ここは、建物がお気に入り。
ホッとしながら、建物の中に入る。ここには、楽しみにしているものがあった。
高速のパーキングエリア内に、ピアノが置いてあるのだ。特にこちらの上りには、グランドピアノがある。
峠のピアノで試したこと。スマホを見ながら弾けることを覚えたので、ワクワクしながら楽譜を探す。何かを選び、録音ボタンを押し、弾いてみた。
ところが…止まってしまった。途中で弾けなくなった。楽譜が読めないのだ。なぜ?
ぼんやりピアノの椅子に座りながら考える。
難しいからかな?と思い、頭に浮かんだメロディでタイトルがわかる曲を初級で探した。
初め、よくわからなくなって弾き直してしまった。それもあまりないことで…結局、脳が疲れてるのかな?と思いながら、とにかく最後まで弾いて、休もうとフードコートの椅子に座った。
荷物を減らそうと、残っていた焼き栗を食べる。皮を剥くのも億劫だ。こんなに疲れてて、これから200kmも高速を走れるのかな。不安が募る。
とにかく疲れが取れるまで、放心したかようにじっと椅子に座っていた。
***
どのくらい経ったんだろう。
不思議なもので、エネルギーがチャージされたら「よし、行こうか」と思える。ここは、夏にも来たところ。知った道だ。一度通っていると、安心感がだいぶ違う。
40分先のパーキングを探し、もしもその先まで行けたらと次の目安も立て、立ち上がった。
柱も鍵盤になっていて、思わず笑みがこぼれる。笑顔になれたらもう大丈夫。外に出てガソリンを入れた。これでもう家まで帰れる。
高速を走り始めた。
新東名は3車線あって、最高速度が120km/hで走りやすい。真ん中車線もみんな120kmで走っている。その車を抜くには120km以上出さないと抜けない。
何だろう。120kmでちゃんと走ってくれればいいのだが、たまに前の車のスピードが落ちると追いついてしまう。その人によってペースと癖があって、結局抜きたくなってしまうのだ。
前が空くと、エンジンのススを飛ばしたくなって、回転数を上げてみたり、たまにスピードを上げてみたり、なんだか遊びたくなってしまう。
夏に軽自動車で実家に帰った時、140km/hでリミッターが効いて、ガソリン噴射をカットするのかエンジンが吹けなくなるのが億劫で。
軽でそんなに飛ばさなければいいんだけど、ある程度スピード出してないと眠くなってしまうのと、抜く時にスピードを上げるとその辺りのスピードになってしまうので困っていたことを思い出す。
そう心に誓い、リミッターの効かないギリギリの速度を狙って走っていた自分を思い出して、笑ってしまう。隣に乗っていた娘は、リミッターが効くたびにビクビクしてたなぁ。
対して、バイクはストレスがなく快適だ。
200km/hとメーターの数字が映し出されている動画を見て「どんな世界なのかな」と思ってから、一度富士スピードウェイでそのスピードを出してみたいと思っているけど、今のところその夢は叶っていない。
周りに覆面パトカーがいると困るので、高速でこっそり出せるスピードは、160km/hが今のところの最高速度。
今回もたまにスピードを上げながら、とにかく眠くならないうちにと、消化試合のように高速を飛ばした。
***
清水PAで停まらずに、沼津まで来た。ちょうど夕焼けの時間。ここまでの空が美しかった。夕方の空が好き。
途中、富士山が見えたので「よし!」と思ったのに、近づくにつれて雲が厚くなり、結局その一回しか見えなかった。
夕飯を食べる。美味しかった。
1時間休んで、また走る。ここからは夜の時間。電灯と車のヘッドライトを頼りに走る。都会の高速は明るいはず。あとひと息だ。
海老名から大和トンネルまでが混むので、いつもここで時間を潰す。夕飯を食べてしまったので、カバンに残っていた味噌パンを食べる。これが意外にとても美味しかった。
そろそろかなと立ち上がったら、また1時間ほど休憩していた。結局、帰りは走ってるより休んでる時間の方が長い。笑
最寄りのガソリンスタンドが空いている時間だったので、寄ってガソリンを満タンにする。これで、またしばらく走れなくてもタンク内が錆びることはない。
無事、帰宅。
暗い中、持ってきていたタオルを濡らし、車体を拭く。ホイールはブレーキかすとチェーンの油が飛んでいるので、別のウエスで念入りに。
ロックをつけてカバーをかけて、終了。
無事に走り切ってくれて、ありがとう。
空を見上げたら月がまんまるだった。
伊那の旅、良い旅だった。
きっかけをくれたgeekさん、どうもありがとう。
旅のはじまりは、こちら