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富士五湖ツーリング その11


山中湖の湖畔を走っている。
陽は落ちたが、まだ明るい。

ずっと湖に面している。
富士山もよく見える。

ゆっくりできたらいいのに…

ここで夜になってしまうと困るので
今は停まっていられない。

また昼間、ここに来たらいい。

そう自分を慰めて、前を向いた。


ここからはタイムトライアル。

17時にあのセブンに着かなければ
真っ直ぐ高速で帰ろう。

17時に間に合ったら
左折して道志道に入る。

間に合うか。17時に。

キュッと集中する。
視界が狭くなる。

前方だけを見つめる。
路面だけがクローズアップされる。

周りの景色は意識から消え
目の前の道を安全にかつ速く
走ることだけに集中した。


どんなところを
どんなふうに走ったか覚えていない。

次に目に入ったのは
ここと決めていたセブン。

今、何時だ?

バイクの時計を見る。

17:00 !!

青い看板が見えた。
左折が2本書いてある。

2台前の車が奥の道を曲がった。
奥の道は『小山町』と書いてある。

目の前の車は、手前の道を左折した。

こっちだ!!

迷わず、わたしも前の車に続いて
手前の道を曲がった。


手前の道は『道志みち』
これから陽が暮れるまでに
峠道を抜ける。

スマホのマップでは
抜けるのに45分と書いてあった。

30分は残光が残るはず。
その光を頼りに走れるのでは?と思った。

暗い夜道を走る。峠道を。
心配そうな顔が、一瞬浮かんだ。

やめておけばよかったと思わないよう
最大限注意して走ろう。

田舎道を走り出した。


間に合った安堵感で、緊張がほぐれる。

周りはひなびた田舎の町といった風情で
人の気配はない。

さっき目薬をさしたので
目の痛みはましだ。

肩もダルいけど
怪我をした時と変わらないから
むしろ懐かしいくらいの感覚だ。

前の車を追おう。

道志みちに行こうと思ったのは
前の車が曲がったことも決め手の一つだった。

人気のない道、暗い道は
前に車が走っていた方がいい。

車の挙動で、先の様子がわかるから。


速いな。あの車。

前の車は
曲がった時は前にいたはずなのに
姿が見えない。

見ると、遠くに一台
曲がろうとしている車がある。

追いつこうと走っても走っても
先のカーブを曲がる後ろ姿しか見えない。

集落を抜け
グラウンドの横を走り抜ける。

平坦で緩やかな直線の後に
少し曲がってまた直線が続く。

スピードメーターを見ると
法定速度を超えている。

けっこうなスピードで飛ばしているなぁ。

離れると面倒なので、スピードを上げる。

徐々に近づいてきたなと思ったら
気づくと人里から離れていた。


周りの景色の色が変わった。
ワントーン、暗さが増した。

山に囲まれている。

山自体は炭で塗られたように
濃淡のない黒。

その稜線の上は
わたしの好きな夕方の空の色だ。

まだ、陽の光は残っている。

橙から藍色へ変わっていく空。
今はまだ橙色が強い。

この稜線が見えなくなる前に
峠道を抜けなければ。

今はまだはっきり見える
山と空の境目に
あと半時間が勝負だと心に決めて
前を向いた。


峠道に入る頃には
だいぶ前の車に追いついていた。

これは助かる。

前の車を目安に走る。

ブレーキランプが赤く光ると
その先にはカーブがある。

ヘッドライトの先を見れば
道の様子がわかる。

車のバウンド(上下の振動)で
路面の悪さがわかる。

獣が出てきた時も
車ならバイクより安全だ。

知らない道を走る時は
前に車がいた方がいい。

スピードを上げて
カーブに突っ込んでいく車を追いかける。

刺激しないように
でも置いていかれないように。

路面は悪くないようだ。
落ち葉や砂の心配はなさそう。

交通量が多いということだろう。

直線で加速して
カーブの前で減速する。

カーブでは慎重に。
アクセルを全閉しないよう気をつける。

右に左にカーブをクリアする。

もう少し明るいと、楽しかったな。


前の車のスピードがグッと落ちた。

距離が縮まってくる。
気の抜けたような流した走り方だ。

さっきは無理をしていたのかな?

カーブの突っ込み方が激しいので
おかしいなと思っていた。

余裕のある走りは
車体の挙動でわかるものなんだな。

そう思いながら
前の車が休めるように
刺激しない距離感を保って走る。


少し流していたら、また加速し始めた。

気合を入れ直したのか
どんどん遠ざかっていく。

このカーブで
あのスピードは相当がんばっている。

気合を入れないと走れないほど
疲れているのかな?

あまり離れない程度に
でも煽っているようには見えないくらいの距離で
少し離れてついていった。


しばらく走ったら
前の車が近づいてきた。

前に軽トラックが見える。
車の列に追いついたみたいだ。

列の最後に並ぶ。
前に遅い車がいるみたいだ。

少し息をついて
ゆっくり走る車の列について走る。

集中して追いかけていたので
また周りの景色はあまり覚えていない。

ただ、目の前のカーブを
安全にこなすことだけ考えて
ここまで走ってきた。

山の中だと路地が少ないので
前の車が曲がっていなくなる確率が少ない。

しばらくこんな感じだな。

疲れを癒すように
手足を伸ばしたり曲げたりしながら
走った。


気温が下がってくる。
暑かった上着もズボンもちょうどいい。

また少し暗さが増す。
まだ道は見えるけれど。

前の車のスピードが上がった。
遅い車がいなくなったらしい。

2台前の軽トラックが
素晴らしい速さで離れていく。

すぐ前の車はついていけない。
あんまり無理をして事故られても困るので
煽らないように車間に気をつける。

軽トラのスムーズな走りに感嘆する。
金沢からの帰り道を思い出した。


岐阜の高速道路を降りて
長野の松本までの下道は雨だった。

前にセダン。後ろに軽トラ。
3台で松本まで走った。

一緒になったのは
安房トンネルの後だったか。

雨の耐久レースのように
集中して走ったことを思い出す。

今は雨ではないけれど
暗くなりかけは見えにくい。

スムーズな加減速を意識して
前の車から少し離れて走った。


追いついてみんなでゆっくり走ったり
スピードを上げて走ったりしながら進む。

疲れを感じて時計を見た。

17:45

マップでは45分で峠道を抜けると
書いてあった。

そろそろ抜けるのかな?

そう思った次のカーブで
煌々と光る看板と明るい店内が見えた。

コンビニだ!

迷わず、駐車場に向かって
ハンドルを切っていた。


休もう。疲れた。

真っ暗な山の中にポツンとあるコンビニ。

「オアシスのようだな」とまたも思いながら
店の脇にバイクを停めた。





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