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九州ツーリング その16 佐田岬


愛媛県の八幡浜市にいる。

道の駅みなっとは川沿いにあった。
(実は川ではなく海だったのだが)

建物のひさしの下でスマホを見る。

どうやって佐田岬に行こうか。

《次の休憩所までしか覚えない》という
シンプルな方法で道を記憶する。

カーナビは使わないので
自分の頭で覚えておくしかない。

スマホを固定するホルダーはつけていない。
だから、走りながら地図は見られない。

海沿いを走りたいな。

八幡浜インターまで戻り
次の保内インターまでひと区間だけ
高速に乗る方法もあったが
それは選択肢にはなかった。

なるべく下道を走りたかった。

すぐ脇の川に沿って橋まで走り
コの字に戻りながら対岸を海沿いに走る。

北浜駐車場前

左折する信号の交差点名を頭に叩き込む。
曲がれば橋を渡れるはずだ。

渡ったら、またすぐ左。
そうすれば海沿いを走れるはずだから。


県道249からR197へ。
海沿いから離れたら、2ヶ所曲がり角があるが
県道の番号は変わらないので
看板を見ればわかるはず。

宮内でR197に入る。
この後は三崎港までずっと道なりだ。

三崎港までは、ここから40分ほど。
あと40km。少し遠回りしても大丈夫だろう。

バイクに近づく。
隣にバイクが停まった。1台だけだ。
ソロツーリングらしい。

隣でヘルメットを脱ぐのと反対に
ヘルメットを被り、グローブをつけた。

バイクの時計は9:09。
スマホの時計と見比べる。

12分遅い。本当は今、9:21。
三崎港まで40分。フェリーの受付は10時まで。

15分しか休んでいないことが気にはなったが
それよりも気持ちのたかぶりの方が大きかった。

いよいよ佐田岬だ。

19歳で西日本を一周した時に
一番感動した道。

夢にまで見た
もう一度来たかった道。

10時に佐田岬に着きたいけれど
まずは、目の前の道に集中しよう。

1,000km以上離れたこの地に
またバイクで来られるなんて。

こんな幸せがあっていいんだろうか。


空を見上げ、雲の様子を見る。
雨はまだ来ていない。

佐田岬を走り切るまでは…
雨は降らないでほしい。

祈るように、空を見つめる。
バイクのエンジンをかけ、ゆっくりと発進した。


道に出る。
みなっとに別れを告げ、川沿いを走る。

真っ直ぐで細めの道を走ると
すぐに目的の交差点まで来た。

赤で停まり、信号名を確認する。
合っている。ここを左折。
橋を渡ってまたすぐに左折。

海沿いを走る。
防波堤が高く、海はあまり見えない。

海沿いによくある漁港のような
そこに生活している人の息遣いを感じる。

こういう感じが好きなんだ。

遠回りをしても感じたいもの。
それは、その土地土地の空気感。

その地を思い出せば
街並みの様子からその土地の匂いまで
一瞬で呼び戻される。

そんな記憶を一つ一つ心の引き出しに
詰め込んでいくのが猛烈に楽しい。

それがきっと旅の醍醐味なんだと思う。


朝の町は静かで人の気配はあまりなく
真っ平らな道には少し砂が浮いていて
海と海抜が同じような気がしながら
緩いカーブを慎重に走り抜けた。


防波堤から離れ、街中に入る。

看板どおりに左、右と曲がりながら
国道との交差点まで来た。

国道197号線。
この道が走りたかった道だ。

信号が青になり、左折して合流。
三崎港を目指す。

すぐに『ようこそ佐田岬へ』
と書いた看板に出会う。

来たんだ。いよいよ佐田岬に。

そう思いながら、坂道を上っていく。
両脇に木々が並んで立っている。

その木々は淡く桃色で、花をつけている。

ハッと息を呑んだ。

桜並木だ!

その瞬間、風が吹いた。
一面が花吹雪に包まれた。


四国に入ってから
桜は見なくなっていた。

暖かいからだろう。仕方ない。
長野から実家まではあんなに満開だったけど。

散ってしまい
その存在も感じられなくなっていた桜が
今またここにあり、花を咲かせている。

こぼれ落ちそうなほど、満開だ。

桜並木の中を走る。
走っても走っても桜色に染まった木々が続く。

雨の前の気圧の変化か。
時折、風が強く吹く。

その風に合わせて、桜の花びらが散る。
視界が花びらでいっぱいになる。

桜吹雪の中、バイクを走らせる。

わたしを歓迎してくれているのかな?

花びらが雪のように舞い
桃色の吹雪の中、バイクで進む。

待っていてくれたのか。
そう思うと、涙が込み上げてきた。


ああ。なんて幸せなんだ。


バイクにもう一度乗ってよかった。
諦めずにここに来てよかった。

色んな思いが涙とともに渦巻く。

幸せ過ぎて
心がはち切れそうだった。

幸せを噛みしめながら
どんどん標高を上げていく。

あっという間に尾根まで上ってきた。

ここから見たかった景色が始まる。


そろそろだろうか。

あっ!見えた。

初めに見えたのは左側の海。
右カーブを走りながら眼下の海を眺める。

直線になり、両側に立ち並ぶ木々。
ここも桜だ。風が吹き、花びらが舞う。

胸いっぱいになり、息を大きく吸い込む。

次に左カーブ。
ここで右側の木々の間が開ける。

海だ!

右手からも海が見える。

この景色が見たかったんだ。ずっと。


佐田岬は細長い。
岬の幅が狭いので、両側から海が望める。

ここでしか見られない景色だと思う。
だから、もう一度来たかった。

夢によく出てきた風景。
19の時に見た景色と変わらない。

プラスして桜吹雪。

風が強く吹く。

散らずに待っていたかのように
満開の桜が一斉に枝から離れ
視界一面に花びらを舞わせている。

花吹雪を切り裂くように走る。
通り過ぎる瞬間、花びらの動きが変わった。

道路に舞い落ちた花びらは
わたしのタイヤでまた舞っているのだろう。

どこまで走っても桜桜桜。
そして今、まさに散りゆこうとしている。

夢の上書きをしているようだ。

どこまで走ってもわたし一人。

この景色は、一生忘れないだろう。

桜に染まった風を全身で受けながら
感極まってバイクを走らせていた。


風が変わってきた。
時折吹く風の強さが増す。

突風だ。
花びらも悲鳴をあげるかのように
吹き荒ぶ風に弄ばれている。

突然、視界の先で両側の木々が消え、
辺りが開けているのが見えた。

来るぞ。

ギアを下げ、ハンドルをしっかり持ち
タンクに伏せながら、風に突っ込む。

横風だ。バイクがあおられる。
ふらつく車体を必死でおさえる。

風がふっと緩み
すくわれるような感覚が消える。

車体がまたしっかりと
地面をつかみ、走り出す。

また、突風だ。
間髪入れず、風が襲ってくる。

なるべくアクセルを一定にし
足元をすくわれないように
速度を少し下げて、慎重に走った。


あの時の経験は今、このためにあったのか。

千葉の帰り道。
強風の中、帰ってきた時の記憶。

ギアを下げて走ると教えてもらったこと。
風に備えて走ること。

全てが今、ここで役立っている。

無駄なことなんて、ひとつもないんだな。

また、下り坂になる。
覚悟を決めて、突風に突っ込む。

ふわっと体が軽くなった気がしたが
そのまま風の中を下って行った。


雲行きが怪しくなってきた。

突風の中、下っていくと
先を自転車が二台走っている。

一人は女性だ。
2人とも肌が白く、女性は金髪だった。

こんな風の中
岬の先端に向かって走っているなんて。

同じくフェリーに乗るんだろうか。
間に合う気がしない。10時半に乗るんだろうか。

突然、人の世界に戻ってきたような
不思議な気持ちで横を走り抜ける。

ここからは、人が増えてくるんだろう。

独り占めしていたさっきまでの時間を
奇跡のように感じた。


パラパラッ。

突然、ヘルメットのシールドに雨粒が当たる。

雨だ!

ついに降ってきた。
まだ、濡れない程度の雨だ。

間に合うか。

バイクのメーターを見る。
あと6km。

港までもつか。
この先、降ってくるのか。

気づくと、桜は消え
ぐんぐんと下りながら
漁港に向かって
吸い込まれるように走っていった。






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